第215話 師匠と作戦会議(デート)

 父さんが海外出張で不在の今、どうやって保護者の承認を得ればいいのか。自分でも色々と考えてみたけれど、いい案はなにも浮かばない。


 まず、正攻法としては母さんを説得してサインをしてもらうことだ。これができれば何の問題もない。しかし、母さんは俺がクリエイターの道を志していないものだと思っている。学校公認のコンクール程度ならば、口を出さない。実際、中学生時代の時にはコンクール入賞実績があれば高校受験に有利なるからとむしろ背中を押されたくらいだ。


 だけど、俺が今度受けるコンペは社会人向けのものだ。その辺の高校生が物見遊山で突っ込んでいい領域ではない。プロかそれに準ずる実力を示す必要がある世界だ。これに参加するということは、母さんにクリエイターの道を目指していると伝えるようなものだ。それ相応の実力は片手間で身に付くものではない。これに入賞するということは、本気でクリエイターを目指している証左になるのだ。


 中学生の時は、相手が同年代ということもあり勝ち目がある程度あったから母さんも許してくれた。しかし、今回はプロが紛れていてもおかしくないコンペ。思い出作りで参加したいという言い訳を考えても、母さんならば「プロが参加するなら入賞の見込みはない。そんなものに参加する時間があるなら勉強しな」と一言で否定されてしまうだろう。


 自分1人では妙案を思い浮かばない時……俺には頼りになる人がいる。その人を呼び出してファミレスで作戦会議をする流れとなった。


「さて、Amber君。キミの気持ちを確認したいんだけど……」


「俺の気持ちですか? もちろん師匠のことをクリエイターとして尊敬してますし、恋人としても好きですよ」


「んな!」


 師匠が変な声をあげて顔を伏せる。俺なにかおかしいことを言ったのだろうか。


「そ、そういうことではなくてな! コンペのことに関しての心積もりを訊きたいんだ!」


「あ、そういうことでしたか。てっきり、恋人同士が気持ちを確かめる例のやつかと思いました。違うんだったら、さっきの言葉は取り消します」


「別にそれは取り消さなくても良いから! 全くもう……」


 師匠はコーヒーにミルクを入れてかき混ぜている。師匠は甘いものが苦手らしいのでコーヒーに砂糖は加えないタイプらしい。


「俺としては、やっぱりコンペには参加したいです。そのためだったら母さんと直接対決する覚悟だってあります!」


「おお、随分と言い切るじゃないか。キミや真鈴の話を聞く限りだとお義母さんは、クリエイターを虚業とみなして反対しているんだろ?」


「そうですね。趣味としてやる分には反対をするような人ではないんですが、それ1本で生活していくとなると……親子喧嘩に発展しそうですね」


「まあ、真鈴も普段は飲食店で仕事をしているからな。『ちゃんとしたところで働かないとママにバンド活動を許してもらえない』とか愚痴をこぼしているし」


 21歳にもなってバンドの活動に親の許可を求めてるのか……流石に本人の自由にさせてやれとは思う……けど、姉さんならある程度の監視をしないと親としては不安なのかもしれない。


「趣味の延長ということで参加を認めさせることはできないのか?」


「それはどうでしょうかね。俺は小さい頃は画家になりたいと言って母さんに反対されましたからね。その一言の後は俺が絵を描くだけで嫌な顔をするようになりましたし。今はその夢を諦めたと言ってあるから、趣味程度で絵を描いている分には文句は言われませんね」


 趣味の延長の路線は1つの手としては有りだと思う。けれど……


「懸念材料が1つあるんですよ。母さんは異様に勘が鋭いというか……演出家をやっているせいか細かいところに気づくんですよね。俺が今回参加するコンペはプロのクリエイターも出るようなものです。つまり、普通は趣味としてやってる程度の人が参加するようなものじゃないんです。そこから、俺が3Dデザイナーを目指していると感づかれる可能性があります」


「なるほどな。真鈴は以前『ママは勘が鋭いから悪いことをしてもすぐ見つかる』とか言ってたな。それは、ただ単に真鈴がボロを出しているだけかと思っていたけれど、お義母さんが鋭いことも原因だったんだな」


「ですね。俺も3D制作用のクリエイターパソコンを母さんの目をかいくぐって買うのにかなり苦労しました。普通の高校生が買わないようなスペックのパソコンを手に入れなかったら、仕事ができませんからね。一緒にやたらと光るマウスやキーボード、ゲームパッド等を買ったことにして、ゲームをするために高いスペックのパソコンを買ったという偽装工作をしました。友人と一緒にゲームするんだと言ったら、あっさり許してくれました。母さんもコミュニケーションツールとしてゲームをプレイするのは認めてくれますし」


「それはそれでプロゲーマーを目指していると思われたりしないのか?」


「その辺は大丈夫です。母さんは俺がプロゲーマーになれるほど、ゲームが上手くないの知ってますから」


 自分で言っていて悲しくなるが、俺にはゲームの才能はないらしい。勇海さんやイェソドさんみたいな化け物を見ていると努力では埋められない才能の差を痛感してしまう。


「うーむ。話を聞く限りでは、お義母さんの説得は難しそうだな。ん? お義母さんの説得……? ふふふ」


 師匠がいきなりニヤつきだした。もしかして……


「師匠、なにかいい案を思いついたんですか?」


「いや、なんでもない」


 なんでもないと言いつつ何かがツボったのか師匠はずっとニヤニヤしている。


「それでは、お義母さんの説得……ふふ。とは別に他の手立てを考えてみようか。まずはもう1人の保護者。海外にいるお義父さんとどうにかコンタクトを取って、許可を貰うのはどうだ?」


「んー。厳しいですね。昨日も父さんに連絡してましたが、既読すらつきません。父さんはフィールドワーク中はプライベートな通信機器には触らないって言ってましたし。ずっと、フィールドワークをしているわけではないと思います。が、それが終わっても他の仕事もあってスマホに触る暇がない可能性があります。父さんが俺からのメッセージに気づくのを待っていたら1週間の期限を過ぎていた……ってなりそうです」


「そうか。あんまり現実的な話ではないか。ならば、他の成人しているご家族の方にお願いするのはどうだ? コンペの運営者に問い合わせてみたが、親権者でなくても同一世帯の成人ならば問題ないそうだ」


 ここで明かされるルールの抜け道。全く考えもしなかった。保護者イコール親という思い込みはあったが、親でなくても良いのであれば母さんに頼る必要はないのかもしれない。


「ということは、兄さんに頼ることになりそうですね。爺さんと婆さんは世帯が違いますし、他に俺の家族に“大人”はいませんからね」


「お兄さんは協力してくれそうか?」


「そうですね。兄弟仲は悪くないので、頼めばサインしてくれそうです。ありがとうございます師匠。お陰で道は見えた気がします」


 流石は師匠だ。俺が困った時はいつも助けてくれる。本当に師匠がいてくれて良かった。俺1人だったら、絶対ここまで来れなかった。


「同一世帯かあ……もし、師匠と一緒に暮らしていたら、師匠も同一世帯扱いになるんですかね? そうしたらここまで苦労することはなかったのかも」


「Amber君と同棲……? さ、流石にそれはまだ早い! せめてそういうのは高校を卒業してからだな!」


 ちょっとした冗談なのになんで本気になってるのこの人。


 一先ず、兄さんに許可をもらいにいく方向で話は固まった。多分成功するだろうけど、失敗したら母さんの説得か。そっちの方が無理ゲーだな。実質ラストチャンスのつもりで行こう。

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