第214話 ショコラへの挑戦状

 アカシアと名付けられた熊の3Dモデルの初動の売上も落ち着いてきた頃、匠さんからメッセージからメッセージが届いた。


『琥珀君。突然で悪いんだけど、キミ宛て……というよりショコラ宛ての挑戦状を預かっているんだ』


 いや、本当に突然だな。挑戦状ってなんだ? 全くもって身に覚えがない。ショコラをライバル視する人間なんているのだろうか。まあ、最近では色々と悪目立ちをしているからな。心当たりと言えば、マサカの大会やセフィロトプロジェクトのコンペ辺りか?


『送り主の名前は稲成いなり。前回のコンペに参加したクリエイターの1人で、ウチに所属しているVtuberゲブラーのママだ』


 稲成さん……えっと作品は確か、狐の嫁入りの作品だったか? マッチョやツチノコの影に隠れてしまったけど、あれも良い作品だったな。


『その挑戦状をこのメッセージに添付してある。稲成氏が言うには、1人で読むのも配信で面白おかしく読むのもどっちでも良いと言ってるんだ。「1人で読んで欲しいけど、どうしても配信で読みたかったら読んでも良い。どうしてもというのならばしょうがない」って何度も念を押されたよ』


 配信で読んで欲しいのか……まあ、今日は配信を行う予定がなかったから予定が空いてるし、挑戦状を読む配信の枠を取るのもいいかもしれない。


 そんなわけで、俺は匠さんから【稲成からの挑戦状.pdf】を受け取った。



「みな様おはようございます。バーチャルサキュバスメイドのショコラです。本日は、私宛てに挑戦状が届いているのでそれを読みたいと思います」


『挑戦状は草』

『ショコラちゃん何したの?』


「私は特に何かをした覚えはないんですが……まあ、この挑戦状を配信で読んで欲しそうだったので朗読配信を急遽始めたわけです。送り主は、この前のコンペで一緒に争った相手、稲成さんですね」


『狐の嫁入りのやつか。俺はあの作品に投票したな』


 稲成……いなり……? もしかして、狐の嫁入りってそこから来ているのか? それともただ単に狐が好きなだけか?


「では、読み上げますね……拝啓、ショコラ殿。私は、3Dデザイナーの稲成と言います。突然の挑戦状を失礼します。私は、主に動物や獣系の3Dモデルを得意とするタイプのクリエイターです。そのことを念頭に入れて以下の内容を読み進めて頂きたい所存です」


 まあ、コンペで狐を題材にした作品を作るくらいだから、得意分野はそっち系なんだと予想はしていた。それにしても獣系か。いつぞやの獣系の18禁集団を思い出すな。


「ショコラ殿の活躍を常々拝見させて頂いてます。先日のコンペでは3位入賞おめでとうございました……」


 素直に褒められてしまった。それに対して、ショコラは「いえいえ、ありがとうございます」と返答した。


「実は私はそれ以前からショコラ殿の活躍に目を付けていたのです。具体的に言えば、セサミを販売した辺りからですね。ショコラ殿の動物をデザインするセンスはズバ抜けていると私は思います」


 その時から、プロのクリエイターに注目されていたのか。後から判明した事実だけど、なんだか嬉しいな。ここまで続けて活動を続けてこれて本当に良かったと思う。


「さて、ここからが本題なのですが……私はショコラ殿ともう1度勝負したいと思い、今回このような挑戦状を送らせて頂きました。もちろん、勝負の内容はお互いの得意分野フィールドである動物系のモデリングです」


 勝手に動物を得意分野にされてしまった。まあ、自称よりかは他人からの評価の方が正確なんだろうけど、特に動物系路線で売っていないだけに複雑な気分である。俺はオールラウンダータイプを目指しているのに。


「常々注目していたショコラ殿にコンペの結果では大敗し、そこからアカシアという大人気の動物モデルを更に作られた。そのショコラ殿ともう1度、別の舞台で勝負したいのです」


 評価してくれるのは非常にありがたい。でも、俺はコンペではまぐれで勝っただけだし、実力では稲成さんの方が圧倒的に高いはずだ。なんだか過大評価されているような気がして申し訳ない。だが、心の奥底では、もう1度プロのクリエイターとぶつかれる機会を与えられて、ワクワクの感情がくすぶっているのを感じた。


「対戦するフィールドは、とある企業が開催している動物系のゆるキャラ3Dモデル制作のコンペ。社内外、プロアマ問わず。参加条件はなし。ただし、18歳未満は保護者の同意書が必要という条件です。もしよろしければ、対戦お願いします。 敬具」


 稲成さんからの挑戦状を読み終わった。


「はい。なんだかとても面白そうなことが起こりましたね。この場で参加表明は申し上げられませんが、後日きっちりお返事させて頂きますね」


 残念ながら俺は18歳未満だ。保護者の同意書がなければそもそもコンペに参加する資格すらない。だから、ここで安易に出場できるとか言えないのだ。まあ、父さんに頼み込めば大丈夫だとは思う。


『このコンペは先にエントリーする方式で、そのエントリーの締め切りが1週間後だから参加するなら早く決めた方が良いと思う』


「1週間後!? それはまた急ですね。作品提出の期限ではないのですよね?」


『作品提出はもう少し余裕があるみたいだね』


「そうなんですね。それなら良かったです」


 コメント欄に有能リスナーがいたお陰で助かった。これで、参加を表明しておいてエントリーできてませんでしたとか恥ずかしいにも程がある。


「もう遅い時間ですので、本日はここで配信を締めさせてもらいますね」


 明日も学校だから早く寝ないと学校生活に支障が出る。さっさと寝よう。



 朝起きると、いつもより遅く起きてしまった。遅刻するほどではないが、学校に行く準備をいつもより早めに整えないといけない程度の時間帯だ。


 自室から出ると、父さんが荷物をいそいそとまとめているのを発見した。


「あれ? 父さんどうしたの? その荷物」


「ああ、今日から2週間程、また海外に行くことになってな」


「えー。そんなの聞いてないな」


「すまんな。なぜか、ここ数日琥珀と家の中で会う機会がなかったから言いそびれていたな」


 確かに、ここ数日は奇跡的に家庭内で父さんに遭遇してなかった。同じ家にいるのに不思議なこともあるもんだ。


「まあ、前回みたいにそこまで長期の出張じゃないからすぐに帰って来れるさ」


 俺も高校生だし親が海外出張で家を空ける程度で一々騒いだりしない。特に深い関心を持つこともなく、俺は朝食を摂り、身支度を整え、制服を着て学校へと向かった。準備は万端なはずなのに何か忘れているような気がする。遅い時間に起きたことでバタバタしていて、いつものルーティンじゃないからそう感じるだけか?


 学校に行き、普通に授業を受けて休み時間になった頃……俺はとんでもないことに気づいてしまった。コンペの参加資格と締め切り。そして、父さんの出張の日程。これらが意味することは……俺コンペに参加できねえじゃん。


 参加する気満々だっただけに、このことは非常にショックが大きい。俺はどうして、今朝無理してでも父さんに同意書を書いてもらわなかったのか。指定の書類をプリントアウトして、父さんに書いてもらう程度のことだったらギリギリ間に合ったのかもしれない。


 どうしても、朝はバタバタして色んな事を忘れがちだけど、これは手痛い失敗だ。俺はその場でため息をついてしまった。


「どうしたの賀藤君?」


 政井さんが俺に話しかけてきた。俺のため息を聞いて心配してくれたのか。


「ああ、政井さん。実は……保護者の同意が必要な書類を父さんに書いてもらおうと思ったんだけどね。その父さんが、今日から海外出張で帰ってこないんだ」


「そうなんだ。賀藤君の家ってお母さんいないの?」


「え? ああ、いるけど」


「じゃあ、お母さんに書いてもらえばいいじゃん」


「はあ……」


「なんでまたため息!?」


「それができたら苦労はしないんだよなあ……」

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