第211話 同僚たちの雑談

 某日、私はセフィロトプロジェクトの演者の控え室にて待機していた。現在、私の他にいるのは先輩のマルクトさんと同期のケテルさんだ。私はこの“2人の組み合わせ”が苦手だ。1対1での関係性なら、彼女たちは私に良くしてくれている。面倒見のいいお姉さんという感じで好意的に想っているけど……


「謝って下さい」


 ケテルさんがマルクトさんに詰め寄る。マルクトさんは漫画を読んでいて、話しかけられてもそれを中断しようとしない。ページをめくり、ケテルさんに対して雑に対応する。


「謝るってなにを?」


「先日のマサオカートの大会のことです。あなたの執拗な妨害によって、私は大きく順位を落としました。本来なら予選突破していたのは私です」


「ふーん。そう」


 マルクトさんは我関せずを漫画を読んでいる。


「それ、犯人はピアニストの女です。今週号の本誌で判明しました」


「はぁ!?」


 ケテルさんの突然のネタバレにマルクトさんはついに漫画を置いて、憎き相手に視線を向けた。ちなみに私も同じ漫画を読んでいて、しかも単行本派なので流れ弾を食らってしまった。単行本では犯人の名前を指名する直前で次巻へと引っ張られていた。


「へい、ケテルちゃんよお。やっていいことと悪いことがあるんじゃあないですかねえ!」


 椅子に座っていたマルクトさんが立ち直り、ケテルさんを思いきり睨みつける。一触即発の空気。このピリピリとした空気はやっぱり苦手だな。


「あなたが漫画を読むのをやめないのが悪いんでしょ」


「なら、私からも言わせてもらうけど、私を集中狙いをしたのはアンタも同じでしょうが!」


 それは言えている。この2人はお互いを妨害しあっていたので、結果的に2人とも敗北を喫してしまった。ぶっちゃけ、どっちが悪いとかいう話ではないと思う。正直言ってどっちもどっちだ。


「つまり、ケテル。あんたは、私からの妨害がなければ予選突破していたと言いたいわけ?」


「ええ。私の実力ならばそれも可能でしたでしょう」


「優等生が随分と大きく出たもんだねえ。ガチでやりあえば私の方が強いのに」


「なに!」


 マルクトさんは完全にケテルさんを挑発している。私は流れ弾が飛んでこないように、ひたすら空気に徹するしかなかった。


「言ってくれますねえ。マルクト。ならば、今ここで私の方が上だということを証明してもいいんですよ」


「はいはい。ゲーム歴が私より浅い人間が何を言ってるんですかね。私に勝負を挑んだことを後悔させてやる」


 こうして、自然な流れで、2人はゲーム実況用の機材が整っている別室へと移動した。助かった。この場でキャットファイトを始められたら居たたまれなくなる。リスナーの中には2人のキャットファイトを楽しんでいる層もいるけど……私にはそういう嗜好はちょっと理解できない。


 2人の勝負の結果は私にはわからなかったけれど、次に会った時2人の仲はもっと悪くなっていたので、凄惨な光景だったことが容易に想像できる。別室に移動してくれて本当に助かった。



 また別のある日、今度は控え室にイェソドさんとダアトさんがいた。ダアトさんの身なりは小奇麗な印象を受けて、結構良いお家柄のような気がする。


「イェソド先輩。ちょっと見て欲しいチャートがあるんだけど……」


「何かな? 見せてみてよ」


 ダアトさんはプリントアウトされた紙をイェソドさんに渡した。


「チャートってなんですか?」


 私がそんな疑問をふと口にするとダアトさんがこちらに視線を映してくれた。


「ここで言うところのチャートはゲームの攻略手順を示した図のようなものかな」


「へー。ダアトさんってゲームが得意な印象がありましたけど、そういうの用意するんですね」


 なんか意外だった。ゲームが得意な人はそういった攻略情報を見なくてもクリアできるかと思っていたのに。


「普通にプレイする分にはいらないんだけどさ。俺がこれから挑戦することは、色々と制限を課したプレイ……縛りプレイとも呼ばれるものなんだ。だから、予めチャートを組むことによってクリア可能かどうかの検証も兼ねているんだ」


「制限プレイ……ですか?」


「具体的に言うとRPGだと低レベルクリアとか初期装備クリアとかそういうものが代表的かな」


「そういうのがあるんですね。私は普通にプレイしてもクリアできるかどうか怪しいのに」


 イメージ的には、重い足かせをつけて走るようなものか。ゲームを楽々クリアできる人にとっては、これくらいしないと満足しないのかな。


「ダアト君。ここ、エンシェントナーガ戦でスカーレットアーマーを装備してないのはなんで?」


「ん? この縛り条件だと店売りの装備は買えないから装備できなかったような。そこは確かに突破率が低い所だから防御を固めたいけど……」


「ミニゲームは縛ってないんだよね? だったら、宝探しイベントを先取りして、そのイベントを進めれば確率で入手できたはずだよ」


「あ、確かにその手があったか。なるほど完全に盲点だったな。イェソド先輩に相談して良かった」


「気になったのはそれくらいかな。ナーガ戦での戦闘開始前に予め毒状態のキャラを2人にしておく戦術は僕にはない発想だったかな。ナーガは毒状態のキャラが2人以上いると猛毒攻撃を使ってこなくなるからね。そうすれば、毒にしたくないキャラを毒から守れる。敵の行動パターンを逆手に取るのは流石だよ」


 どうしよう。2人の言っていることの10分の1も理解できない。とにかく、この2人は相性が良いってことはわかった。どこぞのキャットファイト勢もこれくらい相性が良かったらな……



 また別の日。今日はティファレトさんとスケジュールが被っていた。この人はショコラママと同じく、3Dデザイナー兼Vtuberだ。コンペの時も受賞を逃したけれど、活躍していて素直に凄いと思った。


「ねえ。ビナーちゃん。好きな男の子っているのー?」


「秘密です」


 社長には彼氏がいることは内密にしろと言われている。リスナーにはもちろんのこと、私の正体がビナーだと知っている人には極力知らせない方が良いらしい。情報はどこから漏洩するかわからない。情報を知っている人の多さとリスクの大きさは比例するのだ。


「そっかー。まあ、私もビナーちゃんくらいの年齢くらいの時には、恋愛を中心に生きてきたんだけどねー」


「クラスの女子も恋愛話で盛り上がっているので、そういうのは良くわかります」


 ティファレトさんは年下が好きであるとリスナーにも公言しているらしい。ティファレトさんの年齢は非公開であるため、リスナーの中には自分が恋愛対象かどうか気になって夜も眠れない人もいるとかいないとか。


「ティファレトさんってどれくらい年下が好きなんですか?」


「私、時々ショタコン疑惑とかかけられるけど、流石に小学生には手を出さないよー。だから全然ショタコンじゃない。まあ、ギリ中学生からかな」


 中学生でも犯罪だと思う。この人、その内捕まるんじゃないだろうか。ギリどころか完全なアウトである。


「そうそう。中学生と言えば最近気になっている配信者がいるんだ。結構見た目が中性的で格好いい男の子なんだけどね……画像があるから見る?」


「はい。ちょっとだけ興味あります」


 私は付き合っている彼氏がいるけど、やっぱり他人の好きなタイプには興味がある。そうワクワククマクマしながら待っていると、ティファレトさんのスマホに表示された画像を見て思わず絶句してしまった。


「はい。これ、トキヤって言う子なんだ。最近たまに配信に遊びに行ってるよー」


 どっからどう見ても私の彼氏の翔ちゃんである。活動ネームも一致している。


「え、ああ……そうですね」


 なにが「そうですね」なのかわからないけど、とりあえず相槌を打った。頭がどうにかなりそうだった。いや、配信者をやっている彼氏が人気になるのは嬉しいんだけど、身近な人間に応援されているのを直で見ると複雑で生々しい気持ちになった。このモヤモヤ感は1日中続いてしまうのであった。

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