第210話 書籍化不可能回

 命名センスが絶望的にない俺は熊の3Dモデルの名称を募集していた。その中から良さげなものを選んでついに熊の名前が決定した。そして、それを発表するためにライブ配信を行うことにした。


 画面に映る熊の3Dモデル。


「クマー」


 俺が発した声と共に熊の口が動く。テスト環境では問題なく動いたけど、本番でもきっちり動いてくれると安心する。


『熊はクマーって鳴かないんだよなあ』

『なにやってるのショコラちゃん?』

『ちょっと後ろのチャック見せて』


「違うクマー。クマはショコラじゃないクマー」


『この聞きなれた声は間違いなくサキュバスメイドである』

『着ぐるみの中って暑くない?』


 誰1人、俺が熊であることを信じてくれない。まあ、実際背中にチャックありのスキンを使ってるんだけど。配信画面からは見えないはずだ。


「本日の放送は、クマの名前を発表するクマー。みな様多数の応募ありがとうございますクマー」


『俺が送った“非常食”は採用されたかな?』


 確かに熊肉は食べられるけれど、非常食扱いされるとは。というか、そんな名前の候補来てないし、100パーセント今ここで考えただろ。とんでもない嘘松がいたもんだ。


「では、クマの名前を発表するクマー」


 元号が変わる時の記者会見で使われる額縁に入ってるを熊が見せる。そこには“アカシア”と書かれていた。熊と言えば蜂蜜。蜂蜜は蜂が採取する花によって、種類が変わる。その中でも代表的なものの1つにアカシア蜂蜜がある。多分そこから取られたんだと思う。


「クマの名前は、アカシアに決定しました。ありがとうございました」


『名前が美味しそうじゃないだと……』

『言うほどセサミの名前は美味しそうか?』

『はちみつは、レンゲ派です』


「さてと。名前の発表も終わったことだし、そろそろ正体を明かしましょうか」


 ジーと背中のチャックが開く効果音を入れた。抜け殻となった熊の中から、ショコラが出現した。


「ふふふ。実は、熊の中に私が入ってたんですよ。みな様騙されましたね?」


『知ってた』

『騙されたやつおりゅ?』

『おりゃん』


「引っ掛かりましたね! 一人称と語尾にクマにすることで、中にサキュバスである私が入ってないと思わせる高度な作戦だったんですよ」


『勢いが誤魔化そうとするな』


「バレました!?」


 このまま、騙してやった雰囲気で押し切ってやろうかと思ったけど、流される人間はいなかったか。ショコラブ手ごわいな。


「はい。折角配信の枠を取ったのにこのまま終わったらもったいないので、惜しくも不採用になった熊の名前の候補を見ていきましょうか」


『大喜利コーナー?』


「別に大喜利とか大袈裟なものではありませんよ。中にはネタのような名前もありますが、真面目に考えてくれたものもありますね。では、見ていきましょう」


 ショコラの背後にホワイトボードが出現する。ショコラをそれに被らないように移動させてホワイトボードに名前を表示させた。


【キボリー】


「最初はちょっと良さげな名前かと思いました。でも、よくよく考えてみたらこれは“木彫り”から取ってますね。熊の3Dモデルの材質は木ではないので、不採用になりました。あの熊は水やタンパク質が材質ですので」


『木彫りのスキンはないの?』


「木彫りのスキンは……無理ですね。質感を木に近づけたら関節部分を調整しないと違和感がある表現になりますからね。では、次行きましょう」


【ケイジ】


「はい。一見、普通の名前かと思いました。けれど、私はすぐにピンときましたよ。これを漢字に直すとどうせこうなるんでしょ」


【鮭児】


「幻の高級魚の鮭児ですね。熊と言えば鮭ですのでイメージとしては近いものがあります。でも、鮭児は私も食べたことがないぜいたく品なので、熊に食べさせたくありません。なのに不採用になりました」


『アカシアの鮭児代を投げ銭しようと思ったけど、できなかった』


「ああ、すみません。名前を発表するだけの放送なので、投げ銭の設定をしてないんですよ。自分で考えた名前ではないですし、他の人のアイディアを紹介する配信でお金をもらうのは気が引けるので」


 今回の動画に関しては、俺は何の労力も割いていない。選挙管理委員気の仕事の方がまだ労力がかかっている。


「さて、次の名前を紹介しましょう」


【孫悟空】


「いや、これ無理があるでしょ。猿でもないし、難だったら天竺に行くメンバーの中にすら熊はいませんよ。これに関連する名前もあったので併せて見ましょう」


【アッ熊ン】


「孫悟空からのこれは権利的に危ないので当然不採用です。クマだから悪魔って着想はまだわかりますが、着地点が無法地帯すぎます。そして、この流れならこれもアウトですね」


【マーク】


「熊を反対から読んで人名っぽくなって良い感じの名前かと思いましたが……この流れならアウトの可能性が高いので不採用にしました」


『とばっちりを受けるマークは草』

『この流れでマークがアウトな理由知ってる人は少ないからセーフでしょ』


「そして……この動画はアーカイブには残しません。というよりも、次の名前に触れてしまうので残せないと言った方が正しいでしょう。では、覚悟してご覧ください」


【無職さん】


『アウト』

『チャンネルBAN不可避』

『グッバイショコラちゃん』

『推しは推せる時に推せの意味を理解する放送』

『ハランデイイ』


「はい。解説はいりませんね? これ以上触れたらまずいので……」


 ピンポーンとチャイムの効果音を鳴らした。予定調和のできごとなのだが、ショコラがインターホンに不意をつかれた仕草を見せる。


「あれ? 放送中に誰でしょうか。お屋敷にお客様が見えたようですので、ちょっと見てきますね」


『あーあ』

『消されたな』


「というわけで、本日の放送はこれにて終了します。では、みな様。また会える日まで」


 こうしてオチもつけたことだし、放送を終了させた。宣言通りアーカイブは残さなかった。これでは、熊の名前がアカシアになったことを放送を見ていた人以外は知れない。なので、SNSの呟き機能にてきっちりと、そのことを告知しておいた。



「はあ……」


 昼休み兼昼食の時間。友人の優姫と一緒にお弁当を食べている時に、昨日のことを思い出した私は不意にため息をついた。


「どしたん? 夏帆」


 優姫が心配そうな顔をして私の顔を覗き込んだ。優姫を心配させる意図はなかったけれど、結果的にそうなってしまって彼女に申し訳がない。


「ごめん。優姫。ほら、私が推しているVtuberの話覚えてる?」


「あー……なんだっけ? ガトーっぽい名前のやつ?」


「なんでそこで賀藤君が出てくるの。一切関係ないからね。ショコラちゃんだよ」


「そっかー。ガトーショコラで覚えた。あは」


「そのショコラちゃんの昨日の放送を見たんだ。ショコラちゃんが作った3Dモデルの熊の名前を募集して発表する放送だったんだけど……私の名前が採用されなかったんだ」


「ん-。まあ、そう言うこともあるんじゃないの? 採用される名前は1つだしー、応募者がいっぱいいるなら採用されない方が普通だって」


「その放送では、不採用になった名前も紹介コーナーがあったんだけど……そのコーナーにすら紹介されなかった」


 私も採用は無理でも、せめてショコラちゃんに弄って欲しかった。


「へー。そうなんだ。夏帆はどんな名前をつけたの?」


「グレゴリウス大帝」


「うーん……夏帆。それじゃあ不採用になるのも無理ないかなー」


「えー。そうかな」


「大帝の部分を教皇に変えてたらいけたかも」


「あ! そっちかー」


 流石は優姫だ。教皇は候補にすら上がってなかった。確かに大帝よりも教皇の方がしっくりきそうだ。思いの外、教皇がしっくり来たので私のもやもやとした気持ちは完全に吹き飛んだ。


「ありがとう優姫。お陰でなんか元気出た」


「そだねー。元気が1番だよねー」

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