第212話 既視感
自分の書いている小説がアニメーションになる。物書きならば、1度は夢見たことはあるだろう願望を僕は叶えてしまった。しかも、原作使用料ももらったし、そのアニメーション動画が実力者揃いのコンペで3位に入賞したという夢のような出来事が起こった。
そのことをきっかけに僕の原作小説の
だけど、僕はまだ
しかし、それでも……自分の心血注いだ作品が他人の手に委ねられた事実は変わらない。悪気がなかったとしても、僕のイメージとキャラデザが違っているかもしれない。それは逆に悪意があって改変されるよりも辛いことかもしれない。怒りや恨みの矛先を向ける相手がいなくなってしまえば、ただただ悲しいだけである。
僕も小学生の頃からずっと好きだった真珠ちゃんを後から来た時光に取られたけれど、時光に心の中で怒りのエネルギーをぶつけることでなんとか心を保ってられる。もし、時光の方が先に真珠ちゃんと出会っていたなんて幼馴染展開がきたら……出会って一緒に過ごした期間でも負けていたら、僕はどうすればいいのかわからない。
正直、時光を逆恨みして申し訳ない気持ちもある。あいつは真珠ちゃんを奪ったこと以外は別に悪いやつではない。クラスでも目立たない存在の僕にもフラットに接してくれるから、真珠ちゃんとの交際が発覚する前までは、逆に良い感情を持っていたくらいだ。
さて……いつまでもこうして、動画を観ないわけにはいかない。ショコラさんから感想は求められていないけれど、原作者として何かしらのコメントは伝えておかなければならない。そのためには、動画の視聴は絶対条件である。
コンペで入賞したから動画のクオリティは保証されている。しかし、世の中には大多数の人からの評価は高いけれど、原作者から黒歴史扱いされているメディアミックスも確かに存在する。今回のケースがそれにならないように祈りながら、僕はゆっくりとマウスを押し込んだ。
動画を観た瞬間に一気に引き込まれた。実際にありそうな造形の城。真珠国の城については、漠然としたイメージでしか持ってなかった。けれど、この動画を観た瞬間に確信した。真珠国のイメージは間違いなくこれだ。というか、もうこれ以外に考えられない。
そして、王女が出てきた時にも衝撃を受けた。小学生の頃、初めて真珠ちゃんに出会った時と似たような感覚だ。元々、ヒロインの王女は真珠ちゃんをイメージしてキャラクターを作った。僕が妄想の中で作り出していた【もしボーイッシュな真珠ちゃんが女の子っぽい恰好をしたら】のイメージと完全に一致している。
原作者の解釈通り……いや、それ以上にクオリティが高いかもしれない。この作者の表現力には嫉妬せざるを得ない。あの短時間でここまで僕のイメージ通りに作れるとは思いもしなかった。
むしろ、この作者は僕以上に王女について詳しいんじゃないかと思い始めた。流石にそれはないか。
従者の少年のデザインは顔立ちが中性的に寄せられてはいるものの、体格を見れば少年だとわかるソレだ。骨格レベルで男で女装が似合うかどうか不安になる。ちゃんとショコラさんは、女装展開を把握していたはずだ。もしかして、女装するところまで表現しないから、完全な少年としてデザインしたのか?
そんな杞憂を覚えて、不安でドキドキしながらも動画は進んでいく。王女と従者の少年の駆け落ち。そして、裏路地に入る2人。
そして、行われる少年の女装。少年の女装した姿を見た時、僕は2度目の衝撃を受けた。これは完全に僕の推しであるヒカリちゃんと似通っている。特に衣装や仕草で上手いこと骨格が男である部分を誤魔化しているのが完全に一致している。
これに関しては、僕が参考資料としてヒカリちゃんを紹介したから、そうなっていても不思議ではない。ただ、あの少年のデザインから、ここまで女装を似合わせてくるなんて思いもしなかった。
僕は動画を観て後悔した……こんなに素晴らしい動画をなぜもっと早く視聴しなかったのだろうと。なんで、僕はクリエイターのショコラさんを疑ってしまったのだろうと。
動画が終了した後、僕はもう1度動画を最初から再生させた。この動画は何回だって観られる。正に僕が文字媒体で表現していた【推し×推し】が映像として見られるのだ。
大好きな真珠ちゃんとヒカリちゃん。彼女たちをイメージしたキャラクターが動いているだけで尊い。それ以上の言葉は出なかった。もう1度言いたい。尊い。
これは早速、ショコラさんにお礼と感想のメッセージを送らなければならない。こんな素敵な動画を作ってくれた上に、ギフトマネーまでくれる神のような人物。きちんと想いを伝えなければバチが当たるというものだ。
僕はショコラさんにメッセージを送るために、文章を考えた。しかし、余りにも尊い映像を見過ぎてしまったせいで語彙力が幼稚園児レベルにまで低下してしまったようだ。【面白かったです】以外の感想が書けなくなってしまった。
いけない。アマチュアとはいえ作家がこの文章で済ませてしまっては、寿司屋が寿司を握らずに魚だけを捌いて終わるものだ……いや、それは別に良いのか。刺身に盛り合わせとかお造りとかあるし。
今の僕の状態は尊いというプラスの力によって脳が弱体化している状態だと思う、それを治すには脳が破壊される覚悟でマイナスの力を働かせるしかない。僕は、真珠ちゃんと時光が寄り添っている光景を思い浮かべた。その瞬間、脳の破壊が裏返って正常な状態に戻った。
これなら感想が書ける。できるだけ簡潔に。でも、気持ちが伝わるように書くんだ。
【ショコラさんへ 動画を拝見させてもらいました。王女と少年のデザインが正に僕のイメージする通りで正直驚いています。2人の可愛さが十分に伝わるいいアニメーションに仕上げてくれて本当にありがとうございます。ショコラさんに我が子を預けて良かったです。これからも、また何かあればよろしくお願いします】
◇
ショコラさんにメッセージを送ってから数分後、僕宛てにメッセージが来たという通知が来た。いくらなんでも返信が早い。早すぎる。
と思ったけど、送り主はショコラさんではなくて、【花園 美桜】という人だった。
【初めましてSPさん。私は、同人作家の花園 美桜と言います。突然メッセージを送ってしまって申し訳ありません。不躾ながらお願いがあって、今回はメッセージを送らせて頂きました。
あなたの作品の二次創作漫画を描いてもよろしいでしょうか?】
二次創作!? まさか僕の作品にそこまでの労力を割いてくれる人がまた現れるとは思いもしなかった。とにかく、続きを読もう。
【私はこれまで男の娘系の同人を多数描いてきました。その中には18禁のものもあります】
ん? 18禁? あれ、僕は今何歳だっけ?
【二次創作は可能でしょうか? また、18禁のものを描いても大丈夫でしょうか? お忙しいとは思いますが、回答を頂けると幸いです】
二次創作は……まあ、許可してもいいけど……18禁はダメだ! 僕はまだ中学生だし、万一の時が起こったら対処しきれない。申し訳ないけど、18禁の部分については断るしかなかった。
僕は美桜さんに二次創作は可能だけど、18禁は勘弁してくださいという旨のメッセージを送った。せっかく、僕の作品に二次創作をするほどの興味を持ってくれたのに罪悪感を覚えてしまった。
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