第205話 匿名希望とヨハンの正体

「第3レースが終わりましたね。第2レースで散っていった仲間の仇をとったティファレトさんが印象的でしたねー」


 ヨハンさんはセフィロトプロジェクトの面々に触れている回数が多いな。もしかして、箱推しでもしているのだろうか。Vtuberに憧れて、Vtuberを始める人もいるから、特段珍しいことではないけれど。


「さて……第4レースが始まる前に少し休憩も兼ねて雑談でもしましょうかね。大会の応募規定を覚えてますか? 告知のツイートがされている前よりも、Vtuberとしての活動実績があれば参加資格があると……あの告知ツイートで大会の存在を知った方も多いと思いますが、実はその数分前に私ヨハン・セバスティアンが映っている告知動画が投稿されていたんですよ」


 そんなものがあったのか。俺は動画の方は見ていない。でも、どうしてヨハンさんは急にそんなことを言い出したんだ?


「まあ、私もVtuberなり立てのズブの素人ですから動画の方はあんまり伸びてなかったんですけど……ツイートの方は私の先輩たちが拡散してくれたお陰で、大会の告知ツイートは多くの人に知られたわけです」


『まさか……』

『ざわ……』

『え? 待って。最初の方にあのツイートに反応したのって?』


 なんだ? コメント欄がざわついている。最初にあのツイートに反応したのは誰だ? 俺はかなり後から存在を知ったから、誰が拡散元かは知らない。


「まあ、残念ながらその先輩方は既に2人散ってますけどね。そして、第4レースで先輩の1人とこれから戦わせてもらいます。その前に、着替えしても良いですかね? 執事服といういのも堅苦しいからねえ」


 試着室にあるようなカーテンの画像が急に出てきて、ヨハンさんを覆う。そして、しばらく経つとそのカーテンが開く演出と共に、3Dモデルの男性Vtuberが現れた。そのVtuberは、黒髪をベースに、前髪が触角のようになってる。その触角状の部分だけ銀色という割と奇抜な髪型だった。黒いライダースーツを身に纏っていて、これからレースを走る気満々のようだ。


「大会運営の総責任者。ヨハン・セバスティアン改めて、セフィロトプロジェクト最後のVtuber。隠されたセフィラを司るダアト・シーカー。本日、初お披露目させて頂く」


『!?』

『え?』

『な、なんだってー!』

『くそ、これも全て匠の仕業か』


 コメント欄が混乱している。俺もわけがわからない。確かに、ダアトはズミさんが作っている最中だった。時期的に考えれば、そろそろ公開されても良い頃かなと思っていたけれどこの場で出るか? 普通。


「自己紹介動画も用意せずに申し訳ないとは思うけれど、こういう形で登場したかったのには理由がある。それは、ただ単に俺がサプライズが好きなだけだ!」


 言い切った。大した理由がないと言い切った!


「社長に、初登場はこういう感じでやりたいと申し出たところ。あっさり了承してもらえた。社長が了承したんだから、この大会の全責任は社長が負う」


『草』

『匠社長が全部悪い』

『さっき、総責任者と言ったばかりなのに』

『質問がありますけどいいですか? ダアトさんは今回が初登場なんですよね? Vtuberとしての実績があるのはヨハンさんの方で、ダアトさんはないのでは?』


「おっと。いい質問ですねえ。この大会は、普段活動している名前とは別で登録できるし、使用しているアバターも普段使いのものでなくても良いというルールだ。だから、この大会で新モデルをお披露目したり、大会中に改名することに関しては一切の問題がない。条件は、1年以内にVtuberとしての活動実績があるチャンネルの所有権を持っていること。その持ち主であれば、参加は認められている。そして、当然運営側の人間が参加してはいけないという規定もない」


 なんか、主催者側に都合がいいルールな気がする。最初からルールの穴を突く前提のガバガバルールだったのか。


「では、匿名希望改めて、このダアト・シーカーが次のレースで優勝してみせる!」


 ダアトさんは堂々と宣言してみせた。それだけ大口を叩くということは、余程の自信があるのだろう。


「俺がレースに参加している間、実況役はいなくなってしまう。だから、臨時の運営スタッフが代理を務めてくれる。お願いします……先輩!」


 ダアトさんがそう言うと、今度は画面にコクマーさんが表示された。そういえば、この人は参加してなかったな。


「みな様。コクマーです。よろしくお願いします。さて、本日は後輩のダアト君の大会に付き合って頂きありがとうございます。初っ端からお騒がせをしましたが、彼は悪い子ではないのでどうか許してやってください」


『なんだか知らないけど、盛り上がったからヨシ!』

『マサカの大会を見に来たと思ったら、いきなり新Vtuberの紹介になってびっくりした』


「では、第4レースの準備を始めます。レース再開までもうしばらくお待ちください」


「準備期間中はコクマー先輩が大爆笑場繋ぎトークをしてくれるらしいっすよ」


「ダアト君。場繋ぎトークは聞いていたけど、大爆笑までは聞いてないぞ」


「ふひひ。ちょっと調子に乗りすぎましたね。すみません。では、スピードの世界に行ってきます」


「ああ、いってらっしゃい。第4レース参加者の人は準備をお願いします」


 来たか。ちょっとしたハプニングはあったけれど、関係ない。俺は俺の走りをするだけだ。ソフトを立ち上げて、指定されたロビーに入る。既に何人か集まっていて、その中には、ダアトさんの姿もあった。まだ全員集まるまで時間があるから雑談をしている様子だ。


エディ:イェソド。キミは匿名希望の正体を知っていたな?


イェソド:いや、僕も詳しいことは知らなかった。ただ、社長からの指示でこの大会の拡散と参加をしてくれと頼まれただけ


エディ:本当でござるか?


イェソド:本当でござる


ダアト:イェソド先輩の言っていることは本当でござる。事情を知っているのは、コクマー先輩だけでござる


 なぜかござる口調が感染している。


エディ:ダアト君。キミはどれくらいの実力があるんだ?


ダアト:イェソド先輩に負けたことないくらいかな?


エディ:なんだと!


 あのイェソドさんに負けたことがない……!? レースゲームの実力は直接見たことはないけれど、イェソドさんはかなりのゲーマーだ。あのホームランダービーを苦もなくクリアした程の実力者だからな。


イェソド:勝ったこともないだろ


ダアト:あ、ネタバラシされた。イェソド先輩とは、まだ直接会ったことないんだよね


 そもそも勝負すらしてないオチか。確かに“負けた”ことはないな。それを言うなら、俺もイェソドさんには負けたことないし。


ダアト:まあ、冗談は置いといて……俺は運営側の人間だから、予選から参加することが確定してたんだ。シードが確定した時に仕込んだとかどうとか言われたら面倒だし。レートの順位的にはシード権貰える可能性があったけどね。だから、俺抜きの上位10人が抽選対象になるはずだった。イェソド先輩が放棄さえしなければね


イェソド:そりゃあ、あの抽選方法だってわかっていたら、僕だって参加したさ。事前に言ってくれれば良かったのに


ダアト:それは本当に申し訳ない。イェソド先輩にも正体を明かすわけにはいかなかったからね


 そうした会話を続けている内に、12人全員が揃った。なんか、また強敵が追加されたような気がした。でも、これだけの相手に勝てたのなら、ショコラの評価も“うなぎ上り”になるだろう。物事は前向きに考えないといけないな。


―———


次回、マサカVtuber大会編 完結!

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