第206話 焦土
レースが始まる前に、俺はライブ配信を開始した。リマインダーを設定していたので、既に人は集まっている。
「こほん……えー、バーチャルサキュバスメイドのショコラです。本日はマサカVtuber大会の放送をします」
『これって、ボム兵を投げるゲームなの?』
『爆発した方が勝つ特殊ルールなのでは?』
『3Dモデルの販売待ってます』
「残念ですが、予選突破するので3Dモデルの販売はありません。それでは、そろそろレースが始まるみたいなので集中していきますよ」
コース選択画面になった。明らかに異質なレインボー道路とかいうコース。このコースを引いたら恐らく勝てない。ここは無難にキノコ城を選択しよう。コースのセレクトが終了したら……11人が当然のようにレインボー道路を選んでいた。え、この人たち正気なん?
「レインボー道路だけは嫌だ……レインボー道路だけは嫌だ……」
『諦めが悪くて草』
『キノコ城でも勝てない定期』
コース選択のルーレットが開始した。12分の1の確率でキノコ城を引けばいい。そうすれば、まだ俺に勝ち目はある! そう思っていたけれど、そう簡単に低確率を引けるわけがなく、結局レインボー道路に決まった。
『草』
『落ちたらパンツ見せてくれるんですか?』
「パンツ民とか久しぶりに現れましたね。見たかったら、3Dモデルを買ってくださいと何度言えば……」
そんなことを言ってる場合ではない。ついにレース画面に移動した。レースに集中しなければ……負ける!
3、2、1……スタート! スタートダッシュが決まった。
「どうですか? 見ましたか? スタートダッシュが決まりましたよ?」
『スタートダッシュ決まった程度で喜んでいる程度の実力で勝てる相手じゃないんだよな』
スタートしてから10秒。カーブを曲がり切れずにそのまま落下してしまった。
『知ってた』
『予定調和』
『未来人だけどショコラは周回遅れになります』
「まだまだ、1回落ちたくらいでめげませんよ!」
崖底から回収されて、再びエンジンを起動してスタート。しかし、逆走のアラートが鳴る。1回落ちたことで方向感覚が狂ってしまった。
「え?」
慌ててハンドルを切る。しかし、また落下してしまう。そして、落下中にサンダーが降ってきた。
『落下でサンダーを避けるとか斬新すぎる回避方法ですね』
『まさか、サンダーを読んでいたのか!?』
『落下する方がタイムロス定期』
『信じられるか? みんなは2個目のアイテムを入手しているのに、ショコラちゃんはまだ最初のアイテムを手に入れてないんだぜ』
「え!? もうそんなに差がついているんですか?」
これはまずい。なんとしてでも最初のアイテムを回収しなければ。このゲームは1位と離れていればいるほど強力なアイテムが出ると言われている。今ならば良いアイテムが出る確率が高い。アイテム次第では逆転の目はまだまだある。
とは思うものの、一向に前に進まない。このコース……本当に苦手だ。
そんなことをしていたら、ショコラの後ろから誰かがショコラを抜き去った。
「あれ? 抜かされたってことは、さっきまで私の後ろに人がいたってことですか? 」
『今のは最下位ではない。1位だ』
『最初のアイテムを取る前から周回遅れは草』
『急募:ここから勝つ方法』
「まだです! ここで諦めるわけにはいきません!」
俺はゆっくりながらも確実に前に進んでいくチキン戦法を取ることにした。スピードを出すのはやめだ。安全運転ならば前に進むことができる。そうして、アイテムを取得するところまできた。このアイテム次第では状況が好転するかもしれない……頼む。いいアイテム来てくれ!
祈りが天に通じたのかミサイルを手に入れた。すぐさまにそれを使用する。驀進するミサイル。先程、ショコラを抜かしたレーサーをミサイルの突進で仕留める。天誅! 因果応報! この勢いは誰にも止められない……制限時間を過ぎるまでは。
『ミサイル引いて逆転できない人初めて見た』
「まだまだ。ここから逆転しますよ!」
次のアイテムを取得した。このアイテムは、ファイアフラワー。前方に火の玉を飛ばせる炎上系アイテム。しかし、前方にいるレーサーが遥かに遠い。近くに相手がいなければ使い物にならない。この状況では明らかなハズレ枠である。
そんなことをしていると、次々にショコラを抜く面々。ファイアフラワーで確実に撃墜するも、何事もなかったかのように復帰して走り出す一同。ファイアフラワーの弾も尽き、気づいたら、全員に1周遅れにさせられていた。最早、この状況では1位はおろか、11位ですら絶望的である。コースが俺の1番苦手なレインボー道路でさえなければ……と思うと悔しい気持ちで胸がいっぱいになった。
そして、手に入れた3つ目のアイテム……ボム兵だ。しかし、この爆弾1つで逆転などできるはずもなかった。
気づいたら2周遅れまで秒読みの状態。手に持っているのはボム兵のみ。絶望的な状況に追い込まれていた。
『3Dモデル楽しみにしてるやでー!』
『え? この状態からでも入れる保険があるんですか?』
コメントでは煽り一色になっている。ライブ配信で大口を叩いた結果がこれである。予選突破を賭けの対象にするんじゃなかったと後悔の念が押し寄せてきた。
「こうなったら、せめて1周だけは……1周だけは到達してみせます!」
『がんばえー!』
『1周できたらショコラちゃんの優勝でいいよもう』
『実質優勝』
もはや、訳の分からない優勝条件。大会運営でもない人間が勝手に言ってるだけである。
着実に前に進んでいき、ついにゴールを視界にとらえた。後は真っすぐ進むだけ。そう思っていた。背後から3人のレーサーが見えた。彼らはもうアイテムは使い切っていて後は地力の勝負というところまで来ているのだろう。でも、流石に2周遅れは許容できない。
「抜かせません!」
ショコラがボム兵を投げた。ボム兵は勢いよく爆発して、広範囲の爆発が上位3人のレーサーを巻き込んだ。
『草』
『ドカーン!』
『これを観に来た』
3人のレーサーを抜かす、別の3人のレーサー。このレーサーには負けたくない。この人たちがゴールする前に1ラップを切るんだ!
その執念が実を結んだのか、ショコラが1周をクリアしてから、上位3人がゴールをした。ショコラの爆発で吹き飛ばされたイェソドさん、エディさん、ダアトさんは、4~6位となり予選落ちという結果に終わってしまった。
『あの3人も、まさか周回遅れだったサキュバスメイドにやられるとは思いもしなかっただろうな』
ショコラのウイニングラン(2周目)は11位がゴールしたと同時に終わり、最下位になったけれど、どこか清々しい気持ちになれた。
「ふう……なんとか2周遅れは防げましたね」
『なんか勝ったような雰囲気出しているけど、3Dモデルの販売は確定してるんだよなあ』
コメントで一気に現実に引き戻される。もう少し爆殺の余韻に浸らせて欲しかった。
◇
第4レースが終わって、ヨハン改めてダアトさんが運営放送に戻ってきた。
「あー……負けた。悔しいな」
「お疲れダアト君」
「コクマー先輩。場を繋いでくれてありがとうございます。後は……このヨハン・セバスティアンが運営進行を務めさせてもらいます」
ダアトさんの姿が、再びヨハンの姿に変わった。どうやら、大会の進行はこっちの姿でやりたいようだ。
こうして、ショコラのマサカVtuber大会は終わった。残りの予選レースを消化して本日の部は終了となった。後日、決勝に残った面々が再集結して戦うらしい。この予選で多くの優勝候補者が散った。特にリスナー目線では、イェソドさんとエディさんが消えたのを残念に思う声や番狂わせが起きて面白いと言うものがあり、その原因を作ったショコラは良い意味でも悪い意味でも注目されるのであった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます