第194話 ヨシ!
『初めまして。まだ枠は空いてますよ』
枠が空いているどころか、1件も入札が入っていないんだけどな。そんな悲しい自虐に想いを馳せながら、しばらく待っていると、またメッセージが来た。
『ありがとうございます。私は既に2DのVtuberとして活躍しています。活動も軌道に乗ってきたので、3D化をしたいと思い連絡をさせていただきました。可能でしたら入札したいのですが、よろしいでしょうか?』
なるほど。俺が1からデザインをするのではなく、既にあるキャラクターを3D化するのか。考えてみれば、ショコラもセサミもビナーもコンペも、全部デザインを俺がやってたな。師匠の演習で既存キャラの3D化はやったことがある。けれど、商業では初の試みか。新しいことに挑戦しているようでワクワクしてきた。
『既存キャラの3Dモデルの作成ですね。了解しました。可能ですので入札して頂けると幸いです』
そして、ついに初めての入札が入った。これにより、一旦契約は成立した。余程の
『ありがとうございます。Amberさん。私は、堕天使系Vtuberのユノー・ノックスです。私の画像を送りますね。これを3D化して欲しいのです』
そのメッセージと共にユノーさんの画像が送られてきた。銀髪で黒い瞳。左側だけに黒い翼が生えている。黒くて派手なドレスを身に纏っている女性キャラだ。絵は物凄く上手い。俺はあまりこういう言い方をしない方だけど、俗に言う【神絵師】の領域に達していると思う。その素晴らしいキャラクターの……正面図だけ送られてきた。
『ユノーさん。すみません。横や後ろから見た資料はありますか?』
流石にないということはないだろう。キャラクターをデザインする時に普通は描くはずだ。
『えっと、すみません。これは私がデザインしたキャラではないので、わかりません。納品されてきたのは、正面から動かせるやつだけです』
ないのかよ! 正面以外の資料! ないのかよ! それなら話がかなり変わってくるぞ。
『なるほど。キャラクターをデザインした人に問い合わせれば、わかる感じですか?』
『そのイラストレーターさんは、今活動休止してます』
マジかよ。活動休止中かよ。しょうがない。そのイラストレーターにも色々と都合があるかもしれないし。仕事だけが人生じゃないからな。
『活動休止中は一切の連絡を取れない感じですか?』
『難しいと思います。私がその人とやりとりをしたのは、SNSですけど……現在その人のアカウントは、過去の発言が原因の炎上からの凍結のコンボを食らってます』
なにしたんだよその人! 過去の発言が今更取り上げられて炎上するとか恐ろしいな。
『一応、訊きますけどこのキャラクターの著作権はあなたにある感じですか?』
『すみません。わかりません』
ええ……これ詰んでないか? そこすら曖昧とは恐れ入った。キャラクターの権利を持ってないなら勝手に3D化はできないぞ。下手したら、著作人格権に抵触する可能性がある。そんな危ない橋を渡るのは嫌だぞ。
『その人との契約の時に著作権の所在はどうするだとかの取り決めはありましたか?』
『「このキャラを改造したければ好きにしてくれて構わない」って書いてますね。原文ママです』
随分と砕けた感じだな。勝手に改造して良いって言ってるなら、俺が訴えられる可能性はないか。
『それじゃあ、足りない資料の分は僕の想像で補っても大丈夫な感じですか?』
『そうですね。でも、そのイラストレーターさんに連絡をとる方法を今思い付きました』
あるのかよ。連絡とる方法あるのかよ。
『そのイラストレーターさんは、京都にある有名なお寺の住職さんみたいなんですよ。SNSのプロフィールに書いてありました』
住職系イラストレーター……やべえ。住職に“神”絵師って言ってしまった。宗教観の違いで燃やされるかもしれない。
『私がそのお寺に連絡しましょうか?』
『いえ、僕が直接訊きます。クリエイター同士の方が話がスムーズに行きそうですし』
というか、この依頼人……なんか言動がふわふわしてて頼りない。この人に任せていたら、必要なパーツが集まらない気がしてきたぞ。
◇
俺は、早速教えてもらった電話番号に電話して連絡を取ることにした。数コールの後、お寺の人が出てくれた。俺は、住職と話したい旨を伝えると快く替わってくれた。
「はい。住職です」
「もしもし。お忙しいところすみません。僕は3Dデザイナーの賀藤です」
「3Dデザイナー? そんな職業の人が、寺に何の用で?」
住職の声色が変化した。元々、愛想が良さそうな感じの声ではなかったが、俺の職業を明かした瞬間、敵意が混ざったような気がした。3Dデザイナーに嫌な思い出でもあるんだろうか。
「ええ。実は確認したいことがあるんです。住職さんは、イラストレーターの仕事もされていますか?」
「あー……今は、イラストの仕事は受け付けてませんね。依頼なら他を当たって下さい」
「あ、いえ。依頼ではありません。過去に、Vtuberのキャラクターデザインを担当されたことはありますか?」
「まあ、いくつか担当しましたね」
あれほどのイラストを描ける実力の持ち主だ。そりゃあ、Vtuberに関する依頼が1件や2件では済まないか。
「その中で、堕天使系Vtuberのユノー・ノックスというキャラはいますか?」
「ユノー……ああ、いたいた。いましたね」
「そうですか。実は、僕はそのユノーの3Dモデル化を担当することになりまして……」
「そうか。良かったな。それじゃあ」
「あぁ! ちょっと、待って。電話切らないで下さい」
明らかに電話を切る流れになったので、慌てて止めた。
「なんだ。報告しにきたわけじぇねえのか」
そんな報告のためにわざわざ電話かけてくるかよ。
「実は……3Dモデル化にあたって、ユノーのキャラクターデザインの資料が欲しいのです。色々な角度を切り取った感じのやつが……」
「ん? おかしいな。そういう資料も送ったはずだけどな」
「え?」
あの依頼人……やりやがったな! なんか色々と抜けてると思ったら、そこまでとは。そんなんだから天界を追放されて堕天使になるんだよ。
「そ、そうですか?」
「まあ、今その資料が手元に残ってるはずだから、兄ちゃん……でいいんだよな? に添付ファイルを後日送る感じでいいかい?」
「はい。よろしくお願いします!」
俺は住職にメールアドレスを伝えた。
「ほい。じゃあ、仕事頑張ってな」
「はい! 失礼します」
住職の言った通り、添付ファイル付きのメールが来た。件名が……『ごめんなさい』。なんか件名からして、嫌な予感がする。まさか、資料が見つからなかったのか!?
『よく見たら、堕天使Vを納品した時のメールに資料集が添付されてなかった
本当に申し訳ない。1度に添付できる容量を超えていて、貼れてなかったみたい』
住職……何を見て『ヨシ!』って言ったんですか。そんな住職のウッカリミスのせいで、無駄に時間と手間を取ってしまったけれど、無事に3Dモデル化に必要な資料は揃った。
俺は住職にメールが届いたという旨の確認メールにお礼を添えて返信した。こういうマナーをきっちりするのは大切である。いくら、住職が活動停止中とはいえ、狭い業界だ。今後、また住職と関わらない可能性がないとは言い切れない。
依頼人のユノーさんにも、無事に資料を受け取れたことを伝えて、いざ作業開始! 開始前から色々と
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