第193話 新しい収入の柱

 コンペが終了した後、しばらくの間3Dのモデリングの作業をしていなかった。いわゆる充電期間というやつだ。しかし、いつまでも充電しているわけにはいかない。若い期間の充電は過充電になりやすいのだ。


 しかし、そろそろ新しい3Dモデルの販売に踏み切りたい。贅沢な悩みながら、Vtuber活動での収入も伸びてきて、こちらの収入がメインになると本業と副業が逆転しかねない。


 けれど、肝心のアイディアが完全に枯渇してしまっている。匠さん指導の元でビナーを制作したり、コンペでの経験で確実に技術力は向上しているはずなのに、形にしたいイメージがないのだ。


 いくら技術力を鍛えたところで、創作活動は結局のところアイディアがベースなのだ。どんなに優れた寿司職人でもシャリとネタがなければ寿司を握れないのと一緒だ。


 というわけで、俺は師匠に相談してみることにした。師匠は聡明な女性だ。俺が困った時はいつも導いてくれる本当に頼りになる。


 俺は師匠に事情を話した。師匠のメッセージを待っていると、数分後に返信がきた。


Rize:私はAmber君の作る3Dモデルなら、どんなアイディアが元になっていたとしても受け入れられる。だって、キミの作る作品は全部好きだから


 そういうことを訊いてるんじゃねえ!


Rize:でも、1番好きなのは作ってるAmber君本人だ


 なにこの人……不意打ちで好きとか言ってきたんだけど。俺に告白するために数ヶ月かけていた人と同一人物なの?


Amber:ありがとうございます。俺も師匠のこと好きですよ


 とりあえず恋人への返しはこれであっているはずだよな……?


Amber:好きな師匠と一緒に問題を解決したいから、良いアイディアを出してくれると嬉しいです


 返信が帰ってこないな。もしかして、送るメッセージはこれじゃなかったか? 変な返しをしたから、師匠が機嫌を悪くしてしまったかも……難しい。恋人兼師匠に送るメッセージってどうすればいいんだよ。



「~~!!」


 Amber君が! Amber君が! 私を好きって! 私を好きって言ってくれた。ああ~!


 鈍い音と共に、私の足の甲に鈍痛が走った。あまりの衝撃の出来事に、悶えて足をバタバタさせていたら、机に私の足をぶつけてしまった。痛い。けれど、その痛みで冷静になれた。


 さてと。師匠として弟子のためにしっかりと考えてやらなければな。……あれ? 私とAmber君は今は恋人同士。つまり、彼女として彼氏のために何かをするってことで~~! あぁ~!



 よし、落ち着いてきた。冷静になるんだ。今、Amber君は困っているんだぞ。悶えている場合じゃない。いつものように、なにかアドバイスを……アドバイスを……


 いくら考えても何のアイディアも浮かんでこない。浮かんでくるのは、Amber君の顔だけ。


 私はスマホを取り出して、兄貴の電話番号にかけた。


「もしもし? 兄貴。ごめん。ちょっといい?」


「どうした?」


 私は兄貴に全てを話した。Amber君に相談されたことを。そして、その解決策を思い浮かばない自分の不甲斐なさを。兄貴は私の話を笑って聞いていた。何が面白いんだと文句言ってやりたかったけど、相談している手前強く出ることはできなかった。


 兄貴は少し考えた後に、解決策を提示してくれた。私は兄貴に感謝の言葉を述べて電話を切った。早速、Amber君に伝えてやらなければ。



 俺が適当に動画を漁っていたころ、師匠からの返信が来た。俺は動画を止めて、師匠のメッセージを確認した。


Rize:クラウドソーシングにクリエイター登録してみるのはどうだ? 上手く行けば企業から案件を貰えるぞ


Amber:なるほど……案件なら、ある程度イメージが固まっているのを条件にすれば、原案を考える必要はありませんね。流石、師匠です


Rize:そうしたサイトは検索すれば出てくる。キミは既に制作実績があるから、ライバルと差をつけられるかもな


 俺は既に企業との取引をしたことがあるから、勝手は大体わかっている。確かに、自分が販売経路を持つことに拘る必要はないな。


Rize:ただ、やはり場を提供しているサイト側にいくらか手数料は取られる、だから、それを計算に入れて価格設定した方がいいな


Amber:そうですね


 その辺の設定も、ショコラやセサミを売っているサイトで経験済みだ。だから大丈夫だと思う。


 師匠のお陰で進むべき道が見えた。道が見えるだけで、万能感というか高揚感みたいなものを感じる。希望を抱いて、俺はクラウドソーシングのサイトに登録して、プロフィールを整えることにした。


 とりあえず販売するものの方向性は、3Dモデルの制作だ。既にデザインがあるものの3D化と、キャラクター設定を元にこちらがデザインをするのも込みでモデリングするのと、2種類のコースを用意するか。後は、入札件数も設定しないとな。当たり前だけど、俺の体は1つしかないし、従業員を抱えている組織でもない。際限なく依頼を受けたら確実にパンクしてしまう。


 既にデザインがある奴は……少し安めに設定しよう。後は、こちらがデザインする場合のキャラクターのテンプレートみたいなものも作るか。髪型や髪色、瞳の色や服装の指定とかも必要か? 身長や体格……そうだな。体格の指定は重要だな。それとどういう方向性のキャラ設定かもきちんとヒアリングしないと。後から、このキャラは女装しますとか言われても困る。


 後は……経歴もきちんと書かないとな。コンペで入賞経験ありだけど……これ名前出したら、俺がショコラだって特定されるよな。書かないでおこう。活動年数……これはどの数字を入力すればいいんだ? 企業から報酬をもらったプロとしての歴なら、1年に満たないけど……俺は中学の時からCG制作はやってたからな。うーん……よくわかんねえし、入力必須じゃないし未記入でいいか。


 よし、結果なんの経歴もない奴が誕生したぞ。一応、ポートフォリオは載せられるから、それで実力を判断してもらうか。


 登録と設定が完了した。後は、依頼が来るのを待つだけだ。何日くらいで依頼が来るかな。こういうのは再現性が低いから、成功者の体験とか聞いてもアテにならないんだよな。



 翌日、俺は学校が終わると真っ先に家に帰った。そして、サイトをチェックして、依頼が来てないかを確認する。来ていない。今日はこれから来るかもしれない。すぐに対応できるように、しっかりチェックしておこう。


 夕食後にチェック。来てない。風呂上りにチェック。来てない。就寝前にチェック。来てない。


 今日の日記を書くとしたら「今日は何もない1日だった」以外書くことがない。何の充実もない1日だった。


 更に翌日。今日も来ていない。3Dモデルを作りたい欲求は日に日に高まっていく。しかし、キャラクターのアイディアが全くでなければ形にならない。仕方がないので、最近ブームが来ている熊とマッチョを合成させた3Dモデルを作ろうとした。しかし、熊は元々マッチョなので合成する必要がなかった。


 3日目。今日も依頼は来ない。昨日作った熊の3Dモデルの原型にリアルな毛を生やしてレンダリングしてたら1日が終わった。


 そんな日々が1週間ほど続いたある日、案件を募集していることを忘れて、熊と戯れているとついにメッセージが来た!


『初めまして。Vtuber用の3Dモデルを制作して欲しいのですが、まだ枠が空いてますか?』


 ついに待ちに待っていたはずのメッセージが来た。けれど、今の俺は熊の制作がノリに乗っている状態だった。熊に最高のパフォーマンスを発揮できると思っていたけれど、断念せざるを得ない。さらば熊。

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