第192話 筋断の力
ゲームオーバーからの再開地点は……モニカと戦う週の始めだ。俺はたった今気づいたことがある。このゲームは週の始めのスケジュールを実行する前にセーブすることができる。俺は今までセーブしてなかった。そして、その通常セーブとは別に復帰用のオートセーブがあるが、そのオートセーブは週の始めに勝手にされるようである。つまり……俺は月曜日からのスケジュールを調整して木曜日までにモニカを倒せるステータスにしなければならない。
「えっと……とにかく、まずは勉強をして知力を上げましょう」
『勉強してえらい』
『まるで受験前日に慌てて勉強する俺みたいだ』
『受験前でも勉強したことないぞ。名前書ければ合格できる高校だったし』
『名前書けてえらい!』
「訓練はもう十分しましたね。月曜日から木曜日まで全部勉強。これで間に合いますかね」
必死で勉強するディアナ。そして、モニカと再戦の時が来た。既にみたイベントなので、スキップ機能を使って飛ばし、モニカがフェイントを使ってくる段階まで戻した。
モニカが構える。エクスクラメーションマークが出現。これはフェイント! 待機だ!
「おお! 見切れました! 流石ディアナです! 勉強の成果が出てます! 行ける! 行けますね! これ!」
モニカの構えが解かれたと同時にディアナの攻撃が炸裂する。よし、有利を取った。このまま、敵を倒すんだ。それこそが、乙女ゲーム!
ダウンから復帰すると再びモニカが構えた。今度はエクスクラメーションマークが出てない! 普通の技が飛んでくるぞ。
「えっと……これは攻撃していいんですね」
ディアナの打撃が飛ぶ。しかし、モニカはそれをガードした。
「え?」
炸裂するカウンター。吹き飛ばされるディアナ。考えてみれば、知力を上げても見切れるかどうかは確率で決まる。エクスクラメーションマークが出れば、確実にフェイントだとわかる。しかし、出なければフェイントか技の区別がつかない。つまり、相手の技を潰そうと攻撃すると常にフェイントのリスクがあるのだ。
しかし、相手が技を構えていた場合、それを潰さなければガードを崩されて技による大ダメージを受ける。
「なんですか。この択ゲーは」
『知力を鍛えてない内は択ゲーなんだよなあ』
『プレイヤーの
『一夜漬けで簡単に見切れるほどフェイントは甘くありませんでしたね』
「これ……序盤に出ていい敵なんですかね?」
『体と頭をバランス良く鍛える方がいいことを教えてくれる神ゲー』
その後も戦いを続けた……フェイントを見切れる確率は上がってはいたものの、やはり択ゲーを迫られる程度の知力しかない。何度か択ゲーを制してモニカを追いつめたけれど、最後の最後で2連続で択ゲーに負けた。
「これ無理ゾ」
『ショコラちゃん。制作者はどうして木曜日にイベントを用意したんだと思う?』
「え? どうしてって……それは、オートセーブで詰まないようにスケジュールを変えられるように……あ!」
そう、俺は気づいてしまった。月曜日、火曜日、水曜日、木曜日……モニカと戦うイベントが発生するまでに4回も鍛えることができる。そして、先程のコメント……!
>『ムキトレはどうしても詰んだ時の切り札として取っておくとよろし。3回までは、見た目に影響がない』
言い換えれば、4回目以降はディアナの見た目が変わる。やろうと思えば、最強のムキムキマッチョなディアナでモニカと戦うことができるのだ。
「えっと……ムキトレを月曜日から水曜日にして、木曜日は勉強しますね」
『なんで4回にしないの?』
『制作者が用意した救済使ってもろて』
「ははは。まだマッチョに助けてもらう段階ではありません。マッチョ手前で十分ですよ。さあ、3度目の正直です! 行きますよ!」
こうして、モニカと3回目の戦いが始まった。最初の択ゲーを制してモニカにダメージを与えた。そのダメージ量は2倍に跳ね上がっていた。
「うぇ! なんて強さですか! たった3回のムキトレで火力が2倍ですよ! 与えるダメージ量が2倍なら択ゲーに勝つ回数も半分で済みますね」
だが、現実は甘くなかった。確かに火力は上がって有利にはなったが、勉強の回数が減ってフェイントを見切れる確率も減少。先程と同様、惜しいところまで追い詰めたが、勝つことはできなかった。
『2度あることは3度ある定期』
『さあ、禁断の力を使うのです』
『マッチョだから、筋断なんだよなあ』
コメント欄にいる熱いマッチョ推し。このまま運ゲーを続けていても、視聴者が退屈な想いをするだけだ。ライブ配信で試行錯誤をするのは悪手だ。確実に突破できる方法があるなら……それを使うべきだ。
俺は無言で木曜日のスケジュールもムキトレに変更した。コメント欄の流れが早くなる。彼らのテンションも急上昇した。
木曜日……4回目のムキトレを終えたディアナの戦闘グラフィックは、しれっとマッチョになっていた。筋肉が肥大化して、着用している制服がぱっつんぱっつんになっている。ちょっと体を動かすだけで、はちきれそうだ。
モニカはディアナの変化に言及することなく、しれっと戦闘を始めた。多分、ムキムキになれば、ルートが変わるらしいけど、全部に分岐シナリオを用意するのが面倒だから、セリフを差し替えてないんだと思う。
モニカが構える。ディアナが攻撃して、それが無事にヒットする。ムキトレをする前の8倍のダメージがモニカを襲った。モニカはその一発で倒れた。
『草』
『強すぎ』
『マッチョ度が最重要ステータス説』
『マッチョなら択ゲーを1回制するだけで勝てる』
モニカ:く……わたくしのフェイントが通用しないなんて。
まあ、通用しまくってたけど。そのフェイントが厄介すぎて、マッチョになったけど。
ディアナ:漢女は頭脳も鍛えるものよ。勉学に励んで入れば、その程度のフェイント見切れない道理がないわ。
勝因は頭脳じゃなくて、脳筋なんだよなあ。
モニカ:今日は貴女の勝ちにして差し上げますわ。でも、覚えておきなさい。ディアナ! わたくしは、貴女をどんな手を使ってでも倒しますわ!
こうして、木曜日の厄介なイベントを終わらすことができた。こうした時間経過で強制戦闘イベントが入るのはシミュレーション乙女ゲームの厄介なところだなあ。
「おっと……そろそろ良い時間ですね。モニカを倒してキリがいいですし、今日の配信はここまでにしましょうか。思いの外、モニカに手間取ったせいであんまり進めませんでしたが……このゲーム、楽しいですね!」
『乙』
『ショコラちゃんのマッチョスキンはまだですか?』
『配信終わったから正直に言うね。ディアナを戻して(´;ω;`)』
たった一撃で敵を倒せるほどの圧倒的火力。8倍のダメージを叩き出せる実感を得られるトレーニング。この快楽を1度知ってしまったら、もう戻ることはできないのかもしれない。
◇
Amber:師匠。女の人って大変なんですね
Rize:どうした? 急に
Amber:だって、同級生同士で手の内や腹の内を探りあったりするんでしょ? 師匠もそういう経験ありますか?
Rize:そうだな。まあ、あると言えばあるか……?
やっぱり、女子は相手の攻撃がフェイントかどうかの探り合いをするらしい。こええ。女子こええ。
Rize:女同士の喧嘩は長引くことが多いからな。どちらかがムキになったら、仲直りは難しいし
ムキに!? やっぱり、女子は喧嘩でムキムキになることがあるんだ。そうして、ムキムキになった人がアスリートになったりするのか。
―—
続きは番外編の『バーチャルサキュバスメイドのショコラの観測所』の方にて、投稿するかもしれません。その時はよろしくお願いします 作者より
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