第195話 ふわふわガチガチ堕天使

 とりあえず、ユノーさんの配信環境を確認したくて彼女に色々と確認してみた。そうした環境を把握してないと、きちんと動くものが作れるかどうかの保証ができないのだ。


 しかし、彼女は配信環境という概念がよくわかってなかったらしくて、同じVtuberの友人任せきりだったらしい。仕方がないので、友人に確認を取ってもらってなんとか彼女の配信環境を確認することができた。


 当人に知識がなくても、周囲の人がきっちりとサポートすればVtuberになれるのは良い時代になったと言えるのだろうか。個人的には、自分が普段扱うものはどういう仕組みで動いているのか気になるタイプなので、ユノーさんみたいな生き方は合わないなと思った。


 ユノーさんは現在Vtuberとして活動している。ビナーの時とは違って、実際にどういう人間が演じるのかというイメージを前もって知ることができる。もしかしたら、3Dモデル作成に何かしらの刺激になると思い、彼女の配信をちょっと覗いてみることにした。


 21:00に配信するとリマインダーが設定されている。現在の時刻は、20:50。後10分程で配信が開始される予定だ。10分程度じゃ作業しても中途半端になるだろうし、大人しく待つか。


 そして、10分後、ついに配信が……始まらなかった。既に待機しているリスナーたちのチャット欄もざわついてるんだろうなと思って、見てみたら……全く異変を感じている様子はない。確かに、時間通りに始まらないことなんて珍しいことではないな。配信の準備に手間取って、5分程度遅れることも全然ありえる。そうしたアクシデントに一々反応しないということか。電車が1分でも遅れたら苛立つ現代日本人メンタルで配信を見てはいけないな。


 30分後、配信画面に変化はない。ただ、チャットが流れているだけ……しかも、リスナーは全くユノーさんのことを心配していない。俺がおかしいのか? 普通、30分単位で配信者が来なかったら、なにかあったのではないかと心配するようなものだけど……誰1人、何1つ心配する素振りを見せない。


 流石に40分以上待つのは無理だ。そう思ってブラウザバックしようとした時、謎のオープニング映像が始まった。ユノーさんのデフォルメキャラが片翼でパタパタと飛んでいる映像だ。片翼の癖に飛べるんだ……


 そして、そのオープニング映像が終わったと思ったら、配信画面に移る。見覚えがある堕天使が画面に映ってぬるぬると動いている。住職から生まれた堕天使の配信。どういう感じか気になる。


「みんなーごめーん」


 今にも泣きそうな声で、開口一番に謝罪する堕天使。


「配信前に仮眠を取ろうとしたら、思いの外寝ちゃったんだよぉ~」


『起きれてえらい』

『夜は眠いからしょうがない』

『ううん。俺も今起きたとこ』


「俺も今起きたとこ……? 嘘じゃん。20分前に普通にコメントしてんじゃん」


 やめろぉ! 折角フォローしてくれた人の矛盾点を指摘するんじゃない。


『寝坊最短記録更新おめでとう』


 最短記録……? 40分が? 普段はどれだけ寝坊で配信遅れてるんだよ……予想以上にふわふわというか……いい加減だな。このいい加減さは、身内にいる奴を思い出す。


「みんな。ほんとうにごめんね。本当に次からは気を付けるよー。さてと……そろそろ今回の配信を始めるよ。今回もランクマ潜っていくよ」


 画面が移り変わり、ストレングスファイターズという格ゲーのタイトル画面が出た。このゲームはかなり長く続くシリーズだ。かつての格ゲーブームを作りだして、ゲームセンターではこの筐体きょうたいを置くだけで利益が数倍にまで跳ね上がるほどの勢いがあったという。と言っても、全盛期の頃には俺は生まれてないし、今は格ゲー自体が下火の状態だけれど。


「よぉーし、やるぞ」


 マッチングの待機画面が流れる。対戦相手はすぐに見つかり、キャラ選択画面になった。


 ユノーさんは、どのキャラを選ぶのだろうか。女性格ゲーマー自体珍しいけれど、やっぱり女性はイケメンか女の子キャラを選ぶのだろうか。そう思っていたら、ユノーさんは巨漢のプロレスラーキャラを秒で選んだ。


 完全にイメージと違う。なんかダークな感じのある堕天使かと思ったら、中身はふわふわした感じの天然の女子っぽいと思ったら、使用キャラは巨漢……ギャップの高低差が激しすぎる。


 対戦相手が選んだのは、これまた巨漢の相撲を主体にしたキャラ。ゲーム画面が暑苦しすぎる。


「はい、それではお相手さん。対戦よろしくお願いします」


 戦う相手にきっちりと挨拶をするユノーさん。レートの数値的には相手の方が少し格上か? この数値が高いのか低いのか、このゲームをやってない俺にはわからないけど。


 巨漢2人が戦闘フィールドに降り立ち、対戦が始まった。ユノーさんは息を大きく吸い込んだ。


「っしゃあ、おら!」


 さっきまでのふわふわした感じとは打って変わって、掛け声から物凄い気迫が感じられた。


『っしゃあ、おら! 助かる』

『これを聞きに来た』

『本人確認』


 なんだ。この配信では日常茶飯事のことか。Vtuber界隈ではよくあることだな。


 配信画面の隅っこにいるユノーさんの顔が真剣そのものになっている。コントローラーがガチャガチャ言ってる音と共に、激しい攻防を繰り広げる巨漢2人。繰り出される張り手! パンチ! キック! 投げ技! 地上戦では飽き足らず、ジャンプしての空中戦を交えながら最初の決着がついた。


「ッ! しゃあ!」


 プロレスラーの投げ技で吹き飛ばされる相撲取り。体力バーがなくなり、断末魔の叫びをあげる。まずは、ユノーさんが1勝した。このゲームは先に2勝した方が最終的な勝者となる。今は所謂リーチがかかっている状態だ。


「ふう……お相手さんは中々強かったですねー。次も油断せずに行きましょう」


 先程の気迫が嘘のように、またふわふわとした感じに戻るユノーさん。そうして、2回戦目が始まった時に、また気迫を取り戻して雄たけびを上げる。


『がんばえー』


「うぐ……痛っ!」


 キャラクターの被弾に合わせて痛いと言うユノーさん。絶対、本人は痛くないのに言ってしまうのはゲーマーあるあるなんだろうか。


「ぐ……おい! それは反則だって」


 体力バーは拮抗しているはずなのに、ユノーさんが押されている雰囲気を出している。きっと、俺みたいな素人にはわからない壮絶な戦いを繰り広げているんだろう。なんて呑気なことを考えていたら、本当にユノーさんの体力バーがゴリゴリと減り始めた。そうして、そのまま押し切られてユノーさんは敗北してしまった。


「あぁー! ……今のノーカン! ……ノーカンにならないかな?」


 無意味に慈悲を求めるユノーさんだけど、コンピュータは平等である。可愛い女の子でも贔屓にしないのだ。


「よし……最終戦がんばるぞ!」


 こうして、最終戦が始まった。相撲取りがレスラーに張り手で先手を取る。プロレスラーが反撃しようとするも、相撲取りはそれを躱す。


「逃げるなァアアア!」


 そして、そのまま終始相撲取りが有利なまま試合は運んだ。結果は……ユノーさんの負けである。


「ねえ! 見た? 見たよね? みんな。最終戦……あれ、完全に逃げ回ってたよね?」


『逃げる相手に対処できない方が悪い』


「確かに……後でアーカイブ見返してみよ。うーん……やっぱり、最初の弱Pのにガードできなかったのが敗因かもね。あの一撃で色々と崩されたし。打ち出してくるタイミングは読めてるんだけど、指が追い付かないな」


 カチカチっとユノーさんが高速でコントローラーのボタンを連打している音が聞こえた。凄い。負けた時の反省の仕方がガチ勢のそれだ。このゲームは詳しくないけど、多分ユノーさんは強いと思う。何だかんだで40分も遅刻するポカをやらかしても、リスナーが離れないのはガチ勢の配信が見たいっていうのもあるかもしれない。

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