第185話 勝敗の分け目

「さて……そろそろ、2位を発表しましょうか」


「虎徹ママが入賞する可能性はありますか?」


 ケテルさんが虎徹さんの心配をしている。虎徹さんが入賞するとしたら、現実的には3位が限界だろう。視聴者投票では師匠が1位だったし、匠さんは2人の審査員から1位を貰っている。それに対して、虎徹さんを最も評価した審査員はいないのだ。


「まあ、可能性はあるんじゃないんですか?」


 ビナーがケテルさんを適当にあしらった。2位発表か。俺はもう呼ばれる可能性はないけど、師匠と匠さんどっちが勝つか興味がある。俺としては、師匠を応援したい。


「第2位は……リゼさん!」


 師匠は2位だったか。1位ではなかったけど、2位は凄い順位だ。やはり、師匠にはまだ勝てない。師匠越えを果たす時はまだまだ先になりそうだ。と言うことは1位は……


「みな様も予想している通り、優勝したのは、里瀬 匠さんです! おめでとうございます!」


 クラッカーの破裂音が鳴り、映像では紙吹雪が飛び交った。


「さて、入賞者がわかったところで、作品の答え合わせをしましょうか。作品と作者名の一覧はこちらです。どうぞ」


 ビナーの合図と共に、画面に作品のタイトルと作者名が順不同でずらりと並んだ。マッチョの作者の名前は【侍宗寺院 秀明】。なんだこれ。なんて読むんだ。わからないから、ヒデアキ(仮称)さんでいいや。そして、ツチノコの作者は……【pear】? 洋ナシ? 俺の経験則では、自身の名前に食べ物の名前を付ける奴の9割は適当につけてる。


 残りの判明してない作者の名前を確認しようとしたら、画面が切り替わって名前の表示は消えた。しまった。マッチョとツチノコの気を取られ過ぎた。ヒデアキさんは名前もインパクトがありすぎる。インパクトがあるのは作品だけにして欲しい。


 その後は、ビナーとケテルさんがエンディングトークをしてライブ配信は終了した。俺は、すぐさま、師匠に電話をした。1コール……2コール……3コール。と鳴って、電話に出たかと思ったのは繋がったのは留守番電話サービス。師匠は今忙しいのか? 電話に出られないくらい忙しいということは、ライブ配信を見てなかったのだろうか。



 世の中には、試合に勝って勝負に負けたという言葉がある。俺はコンペで優勝して名誉を手にした。しかし、それと同時に大切なものを失ってしまった気がする。


「なんでだよ!」


 誰もいない男子トイレで鏡に向かって叫ぶ。TPOを弁えずに叫ぶのは明らかな不審者ムーブではあるが、許して欲しい。いや、俺は勝手に自分で自分を許す。それ程までにこの結果がショックだったのだ。


 俺はこのコンペを優勝するつもりで参加してない。操が優勝したら、琥珀君に告白すると聞いた時、俺は素早く負けるための算段を思考した。操には手加減するなと釘を刺されたし、それがなくても、クリエイターとして作品を半端な覚悟で作るつもりはない。だからこそ、本気でやって負ける必要があった。


 そこで俺が考え付いたのは、本気でやったけど負けてしまったという状況を成立させるために、視聴者投票を利用しようとした。その作戦とは、一般の視聴者層には退屈に見える映像を作る。けれど、細かいところまで見るプロの批評家やクリエイターには凄さが伝わるという作品を作れば、手加減しつつポイントを抑えることが可能だと判断したのだ。


 この作戦で気を付けなければならないのは、操が凄さに気づかなければ俺が手加減したと思われることだ。だから、あえて音楽を題材にして、実際の音楽と演奏の映像をシンクロさせるという手法を取った。音楽は操の得意分野だ。気づかないはずがない。


 作戦は……大成功とは言わないが、そこそこの効果はあったはずだ。ここで最初の予想外の事態が起きた。それは、投票期間内にシンクロしていることに気づいた視聴者がいて検証動画をあげたことだ。そして、その検証をした人物が界隈ではそこそこ有名な考察系の投稿者だったことだ。それが、勝ちの追い風となり負けの向かい風となった。


 なぜならば、その人の固定ファンはVtuberファンとは限らない。つまり、この企画そのものを知らない人が概要欄のURLから俺の動画に飛んできたのだ。そして、まだ投票期間中であることを知ったその人たちは……恐らく、他の動画を見ずに俺の動画に投票した可能性がある。これは全く嬉しくない誤算だ。


 これはいけないと思った俺は、次の一手を打った。俺の動画に票が入るのを止められないのなら、操の票が増えればいい。そこで、俺は社長の特権と交渉力を使うことにした。ホラーゲームのメーカーと交渉して、本来なら配信が許されてないホラーゲームを期間限定で配信する許可をもらったのだ。


 期間限定、本来なら許可されてないホラーゲーム。それに食いついたホラーが平気どころか、むしろ好きな層を新規ファンにした。担当ライバーに、コンペのことをさりげなく宣伝させて誘導した。誘導された人たちはホラー系統の作品を好むから操に票が流れるはずだと踏んだ。


 元々、うちの箱はホラーゲーム配信もしているので、ホラー耐性が高いファンが多い。だから、人を選びやすいホラーでも票がそこまで低減されるとは考えてなかった。けれど、打てる手は打っておきたかった。流石に特定の作品に入れてくれと依頼する行為は違反なのでしなかったし、させなかったけど……それを言わなければセーフだ。実際、誘導された人が操の作品に投票するとは限らない。若干の下心があったとはいえ、新規ファンの獲得やコンペへの誘導は通常業務の範囲内ということにしておこう。


 それが一因になったかは知らないけど、視聴者投票では操が勝った。そう、俺はホラーの人を選ぶ問題は解決したと思って、操の勝ちを確信した。だからこそ、この結果は全く予想できなかった。


 コンペの結果発表後に見た審査員のプロフィール……! それが全ての番狂わせだった。そう、その中に紛れていたんだ。ホラーが大の苦手の審査員が!


 高校卒業と共に、同人の世界に入り、男の娘モノの同人を描き続けて今も第一線で活躍している花園はなぞの 美桜みお。彼女の存在がこのコンペを大きく動かした。


 『女の骨格を持つ男は男の娘にあらず』という謎の格言を持っている彼女は、ホラー作品が苦手過ぎて炎上した事件がある。それは、ホラーゲームに登場する男の娘キャラの二次創作を描いた時に、原作とあまりにも違いすぎて原作ファンから解釈違いだと突撃されたことがあったのだ。美桜女史は、原作は未プレイだと発言したところで炎上。ホラーゲームはプレイする気になれないと更に火に油を注いだ事件は、まとめサイトで取り上げられるほどだった。


 審査員の好みで上振れも下振れもする。そればかりは防ぎようがないことだった。審査員が誰か明かされてないのだから、媚びを売ることもできない。審査員の1人に、花園 美桜がいた時点でホラー作品の優勝の目は薄かったのだ。正直、この一件がなければ操が優勝していたはずだ。いや、たらればの話はやめよう。勝負の世界は結果が全て。運を味方につけるのも実力の内だ。


 そういう意味では、琥珀君は本当に面白いな。琥珀君には悪いけど、俺は彼が入賞するとは思ってなかった。だけど、審査員に男の娘好きがいたことで、運に助けられて点数が跳ね上がり、入賞を果たした。彼は色んな意味で運命に翻弄された存在だと思う。一緒にいて退屈しそうにないな。


 さて……これからどうしよう。もう、俺が操にしてられることは何もない。操の恋愛を協力してやりたかった。ここまで来たら、もう操が自力でなんとかするしかない。けど……操になんとかできるか……兄貴としては心配だ。

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