第186話 2位じゃダメなんだよなあ

 コンペの結果発表が終わった日の翌日。俺は完全に浮かれていた。実力的には最下位に近いところにいたはずなのに、3位に入賞する大金星をあげることができた。更に俺の尊敬する師匠も2位という好成績で、正に言うことはなかった。


 しかし、今回入賞できたのは完全に運に助けられた面もある。もう1度、彼らと勝負する機会があったら、勝てるかどうかわからない。と言うより、高確率で負けるだろう。いつまでも浮かれている場合じゃないな。より精進して、技術やセンスを磨き上げなければならない。


 ついでに、自分の日頃の言動も見直すいい機会かもしれない。コンペで入賞を果たしたのは事実だし、それに見合う言動をしなきゃな。もう失礼な発言は封印しよう。1度言葉に出す前に、それを本当に言っていいのか考える。そうすれば抑えられるはずだ。


 学校が終わって、下校時刻になった。世の高校生は大体部活動をやっている時刻。帰宅部の俺は今日も寂しく1人で帰宅する。下校途中に俺のスマホが振動した。この振動の仕方は単なる通知がきたとかではない。電話がきた感じだ。


 俺は電話を手に取り誰からかかってきたのかチェックした。師匠からだ。着信履歴を見て折り返しの電話をかけてくれたのだろうか。


「もしもし、師匠。おめでとうございます」


「え? あ、ああ……?」


 師匠はなにやら困惑している様子だ。おめでとうで通じない? もしかして、昨日のライブ配信を見ていないのか?


「師匠。昨日のライブ配信見てないんですか? コンペで2位だったじゃないですか」


「あ、ああ。そうだな……確かに2位だったな。Amber君は3位だったな。良く頑張った偉いぞ。流石は私の弟子だ」


「ありがとうございます師匠!」


 師匠に褒めてもらえて、認めてもらえて心が温かくなった。師匠が褒めてくれるのは珍しいことではないが、なぜか今日は今までにない特別な想いを感じた。


 でも、今の会話の中で少し違和感を覚えた。俺が師匠が2位だったという話題を振ったのに対して、師匠はそれほど広げようとせずに、すぐに俺の話題の方に変えた。もしかして、師匠はこのことに触れられたくないのか?


「ごめんなAmber君。本当は、真っ先にキミにお祝いの電話を送りたかったんだけど……色々あってな」


「いえ。大丈夫ですよ師匠。今こうしてお祝いの言葉を頂けただけで十分です」


 なんだ。真っ先に俺にお祝いの言葉を贈りたかったから、自分の順位のことを後回しにしただけか。


「師匠。確かに俺は3位を取りました。でも、実力的には3番目の実力だったとは思いません。もし、俺を1番高く評価した審査員がいなければ、俺は3位にはなれませんでした。審査員が1人変わるだけで、得られないほどのか細い勝利だったんです。だから、俺はもっと上達したいんです」


「流石だなAmber君は。もう先のことまで考えてるのか。少しくらい浮かれてもいいんだぞ」


「いえ。もう十分浮かれました。今日は自販機からジュースを2本買う贅沢をしましたし」


「あはは。確かに自販機で買うジュースは普通1本だからな。そりゃ、贅沢だ」


「ただ、そのせいで授業中にトイレに行きたくなって大変でしたけどね」


 師匠は心なしか元気がない感じだったけれど、会話をしていく内に段々と笑い声が聞こえてきて元気が出てきたようだ。


「師匠! これからもよろしくお願いします!」


「ああ。任せろ。キミを一人前に育てるのが私の役目だからな」


「ありがとうございます! コンペで2位だった師匠に師事できて嬉しいです」


「2位か……Amber君……私は所詮、2番目の女なんだよ」


「え?」


 なに、急に彼女持ちの男に手を出した癖に、ヘラりだした女みたいなこと言い出したんだ?


「ごめん。Amber君。Amber君は1位の兄貴に弟子入りした方がいいかもしれない。兄貴の方が私よりも何倍も凄いんだ」


「そんなことは……」


 ないって言おうとしたけど、それはそれで匠さんに失礼か? いや、でも今は師匠を落ち着かせる方が先だし。え? この場合って何を言うのが正解なんだ? ダメだ。言葉を引っ込めたはいいけど、代わりの言葉が思い浮かばない。


「兄貴は……勝つつもりで参加してなかった。けれど、兄貴が勝った。私は本気で勝つために挑んだ。でも、勝てなかった。それだけ私と兄貴には実力差があったんだ」


「師匠! えっと……その……」


 審査員の見る目がなかった。これは違うな。審査員にも失礼だし、優勝した匠さんにも失礼。とんでもない範囲攻撃になるな。審査員も折角、仕事を引き受けてくれたんだし、瑕疵かしがない限りは批判をするのは違うだろう。


「Amber君もそう思うんだろ? いつもはスラスラと言葉が出ているキミだけど、今日はやけに詰まってるじゃないか」


「そ、その……今日は心が沈んでるというか」


「さっきは浮かれてたって言ってなかったか?」


 食い気味に論破された。はい、すみません。俺は嘘つきました。


「ごめんAmber君。私が実力及ばないばかりに……私はもうキミの師匠でいられない……」


「それは嫌です! 俺は……師匠以外の人は考えられません!」


「え、あ、Amber君!? キ、キミは急に何を言い出すんだ!」


「師匠! 今どこですか?」


「家だけど」


「引っ越してないですよね?」


「ああ。前にAmber君が訪ねてきてくれたところだ」


「じゃあ、今から行きます!」


「あ、はい。待ってます」


 俺は家への道を引き返して、駅へと走った。無我夢中で走った。しかし、駅に辿り着く前に疲れて途中から歩いた。帰宅部は体力がないからしょうがない。そもそも、走ったところで、電車が来る時刻は決まっている。駅までの距離と次の電車が来るまでの時間を考えると走る意味は全くなかった。この疲労感を返して欲しい。


 電車に乗っている最中、俺はずっと師匠のことを考えていた。師匠は電話の最初は元気なかったけれど、途中から声が明るくなった。これは自惚れかもしれないけど、俺と話せて嬉しかった……ってことでいいんだよな? あんまりそういうの自信ないけど。


 でも、話の途中で師匠はまた落ち込んでしまった。俺が無意識の内に師匠の地雷を踏んでしまったのかもしれない。俺は師匠を傷つけるつもりなんてなかった。でも、実際、俺の言葉のせいで師匠は……俺はどうしていつも余計なことを言ってしまうんだろうか。


 というか、急に女性の家に押し掛けるって迷惑じゃないのか? 冷静に考えると俺とんでもないことをしている気がする。でも、師匠は待ってるって言ってくれたしなあ。でも、俺の勢いに押されて仕方なく了承した可能性もあるし……会ったらまずはそのことを謝った方が良いかな。


 自責の念にかられていると、俺のスマホが振動した。もしかして、師匠からのメッセージかと思った俺は素早くスマホのロックを解除した。そして、届いたメッセージは……


真鈴『リゼがコンペで1位を取れなくて落ち込んでるから残念パーティでもしようよ。会費はもちろんリゼ持ちね』


 こいつ……なぜ、その情報をもっと早くよこさないんだ。師匠は1位をどうしても取りたかったのか。それがわかっていたら、もっと良い話の持って行き方があったのに。というか、残念パーティってなんだよ。しかも、慰めてる対象から金取るな。


真鈴『ごめん。メッセージ送る相手間違えた』


 おい、こいつ。誰に今のメッセージ送ろうとしたんだ? まさか師匠じゃないよな? やめろよ。絶対に師匠にあのメッセージ送るなよ。


 そんなこんなで電車は師匠の家の最寄り駅に辿り着いた。すぐに師匠に会いに行かなきゃ。走って……まではいかなくていいか。汗だくだくで息切らした相手が家にやってきても師匠は迷惑だろう。常識的に考えて。俺は早歩きで師匠の家へと向かった。

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