第183話 コンペ後の雑談生

「ただいま」


 多くのママたちと会ってきてようやく帰宅できた。玄関に辿り着くや否や、安心したと同時に疲れがドっと出た。玄関の靴は、兄さんの分しかないな。真珠はまだ帰って来てないのか。中学生だし、あんまり遅くならない内に帰ってきて欲しいものだ。


「おかえり琥珀」


 兄さんはリビングにいて、スマホを見ながら何やら考え事をしているようだ。誰かに送るメッセージを考えているのか、それとも新しいアプリのテストをしているのかわからない。邪魔したら悪いし、そっとしておくか。冷蔵庫の中から買い置きのペットボトルの水を取り、俺はリビングを後にした。


 自室に戻った俺はパソコンの電源を起動する。そして、すぐに声の調子を整えて、すぐに飲める位置に水を置いた。そして、ライブ配信の諸々の設定を済ませて、心の準備を整えた。久しぶりの配信だし、声が変になってないか少し心配だ。別に声を作っているわけではないけど。


 そして、久しぶりの配信がスタートした。


「みな様おはようございます。バーチャルサキュバスメイドのショコラです」


 ショコラが挨拶をする。しかし、それに対する反応が全くない。どういうことだ?


『ん? 今なんか言った?』

『唇動いたけど声聞こえてないね』

『声ないなった』

『ミュート助からない』


 コメントの様子で俺は自分のミスを察した。マイクの設定がミュートになっていて、聞こえるはずがなかった。危なかった。早い段階で気づけて良かった。誰も聞いてないのに1人で喋るのはいくらなんでも不毛すぎる。


「あーあー。すみません。今度こそ聞こえますか?」


『聞こえるよ』

『きちゃああああああ』


「それでは、改めてご挨拶しますね。みな様おはようございます。バーチャルサキュバスメイドのショコラです。なんか、久しぶりに配信するから変な感じですね。長い間触ってなかったせいで、ミュートの設定とかミスってしまいましたし」


『配信慣れしているライバーもたまにやらかすからセーフ』

『嘘つけ。しょっちゅうやらかすやつもいるぞ』


「まあ、それは置いといて、みな様はコンペの動画を見ましたか? 凄い作品が多かったですね。やっぱり、集められたママたちって凄い人ばかりなんですね」


『正直、どれに投票するか悩む』

『ショコラちゃんに投票したいから、俺にだけこっそりどの作品だったか教えて?』 


「そうですねー。実は私の作品はー……って、言えるわけありませんね。残念ですけど、投票権を持っている人には作品は教えられないんですよ」


 参加者は投票権を持っていないから、誰がどの作品かの答え合わせをすることができた。一般視聴者は当然投票権があるので、教えることはできない。


『じゃあ、マッチョかどうかだけでも教えて?』

『マッチョ? ショコラちゃんマッチョフェチだったの? ちょっとジム行ってくる』


「だから、マッチョかどうかすら私は答えられないんですよ。肯定したら確定しますし、否定しても別の作品だってヒントになっちゃうじゃないですか」


『じゃあ、ショコラちゃんがマッチョを作ったってことで』

『ショコラちゃんマッチョ説』


 なんでこんなにマッチョが人気なんだよ。マッチョの作者扱いされてるけど、立場上それを否定することはできない。というか、これだけマッチョが話題になるってことは、もしかしたらマッチョが視聴者投票でかなり有利じゃないのか?


『ショコラちゃんの動画に投票するために、どれが正解かを推理していたら、ショコラちゃんの配信始まってた。悩んでる場合じゃねえ!』


「えっと。みな様。私を応援してくれるのは嬉しいんですけど、これはあくまでも優れたアニメーションに対しての投票ですよ? ママの人気投票ではないので、自分が1番良いと思った作品を素直に投票してくださいね」


『おーけー。マッチョに入れて来る!』

『じゃあ、僕はツチノコ!』


 まーたショコラブの悪ノリが始まった。Vtuberファンのこういう団結力はどこから来るんだよ。


『ショコラちゃんは、今回のコンペ勝てると思う?』


「あー。勝てるかどうかですか? かなり厳しいと思いますね。作品名は挙げられませんが、これには勝てないなと思った作品もかなりありましたから」


 この場で公言することはできないけど、恐らく優勝争いをする人物は大体想像できる。それは、匠さんと師匠。この2人は鉄板だ。そして、もう1人は……ズミさんだ。俺が審査員なら、この3人に高い点数を配分する。ただ、匠さんは万人に凄さが伝わる作品かと言えば、そうではないと評されていた。その分を差し引いたら、勝つのは師匠かズミさんか?


『ショコラちゃんが3位以内に入らなかったら罰ゲームをするって本当ですか?』


「罰ゲームはありません。誰ですか? そんなしょうもないデマを流している人は?」


『ビナーちゃんが「ウチのママが入賞できないのはあり得ない。もし、3位以内に入らなかったら罰ゲームをしてくれても構わないよ。ショコラママが」って言ってた』


「なんてことを言うんですか。あの親不孝な娘は!」


『娘の期待を裏切ったら、罰は受けないといけませんねえ(ニチャア)』

『罰ゲームはASMRでいいよ』


「あの……私、ASMRを録音できる環境がないんですけど……」


 この前、師匠にも提案されたことがあったけれど、機材や環境を整える気はないのだ。俺の本業はVtuberではなくて、CGデザイナーだ。CGデザイナーに必要以上に高いマイクは必要ない。


ビナー『里瀬社長に確認したら、ASMRの機材を貸してくれる許可が下りました』

『ビナーちゃんが来てる』

『本人で草』

『ビナーちゃんもよう見とる』


 なにしてくれてんだ。あの社長は。自社の貴重な設備を部外者に使わせるんじゃない……ギリ部外者判定受けるよな? 俺?


『じゃあ、罰ゲームの内容のシチュエーションを決める?』


「決めません。地味に、シチュエーションを決めるかどうかの2択を迫って、罰ゲームをするかどうかの判断を削ぐ高等テクニックを使わないんで下さい」


 やり手の営業マンのような選択の誘導には騙されんぞ。例え、どんなに外堀を埋められようが、俺はやらないと言ったらやらないぞ。


『勝てばよくね?』


 その勝てる見込みがないから、引き受けたくないのだ。俺の中で3位までの枠は既に埋まっている。残念だけど……そこに俺が入れる余地はないのだ。しかし、このまま罰ゲームを受け入れないのもなんかチキンハートな気がしてならない。ここで逃げるのは男らしくはない。


「わかりました。ASMRはやりませんが、罰ゲームはやりましょう。もし、3位以内に入れなかったら、壺の耐久配信でもしてやりましょう!」


『壺きちゃあああああああ』

『言ったな? 言っちゃったな?』


「ええ。サキュバスに二言はありません」


 ASMRを録音するよりマシだ。そんなものが電子の海に永遠に残り続けたら、末代までの恥になりかねない。デジタルタトゥーは恐ろしいのだ。


 ASMRとほぼ同等の人気を博する壺配信のお陰で、配信は盛り下がらないまま終わった。ありがとう壺。今日ほどお前に感謝した日はない。そして2度と感謝をすることもない。


 配信終了後、SNSをチェックしてたらティファレトさんの投稿が目に入った。


【ショコラちゃんはASMR配信しなかったけど、私は3位以内に入れなかったらするよー。まあ、罰ゲームじゃなくてもやりたいんだけどねー。リクエストあったら言ってねー】


 ショコラを踏み台にして自分の人気を獲得しようとしてきた。というか、本人が間違いなく乗り気だし、罰ゲームになってすらいない。強い。

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