第182話 最後の作品
ついに最後の作品。ズミさんの作品が公開された。一体どんな作品なんだろう。
「次は11作品目か。ということは、これが最後の作品か? 最後の締めくくりはどうなるんだ?」
「あ、あんまり期待しないで下さい……」
虎徹さんのプレッシャーに委縮してしまっているズミさん。彼は相当な実力者だし、よほど変なことをしない限りは大丈夫だと思う。
参加者の中で唯一、参考になるVtuberがいないズミさん。そのせいか下馬評では冷遇されていた。でも、俺はズミさんがそれをひっくり返せるほどの実力の持ち主だって信じている。
映像が始まった。青い光景。上空はゆらゆらと揺れている。ここは海中なのか。水の表現がハッキリ言ってえぐい。本物の海よりも綺麗なのかもしれない。
カメラワークでゆっくりと海全体を映し出す。優雅に泳ぐ見たこともない生物たち。巨大な魚や謎の節足動物が泳いでいる。海の底にはアンモナイトらしき生物が漂っていた。アンモナイトは現代絶滅している種だ。ということは、ここは太古の海を示しているのか。ということは、あの謎の魚や節足動物も古代生物ということか。 なるほど。メジャーなアンモナイトさえいれば、時代設定を語らずとも説明できる。他の生物は多少マイナーな古代生物を入れても問題はない。
出来の良いアクアリウムを見ている気分だ。生き物たちの営みを鑑賞しているだけで十分満足できる。仮にこのままストーリーがないまま終わったとしても、一定の評価は得られそうだ。少なくともマッチョには勝てると思う。海と砂浜。舞台は近しいのになぜこんなにも差が出るのか。
やがて、シーンが変わり、海の中から1匹の生物が地上に這い出てきた。生命の起源は海にあると言われている。正に海の生物が陸にあがる歴史的瞬間だ。その生物が歩いていく。両生類の形から爬虫類になり、爬虫類からネズミのような哺乳類に。その哺乳類が段々と大きくなり、4足歩行の猿になり、走り出した。ここから一気に2足歩行になり、原始人になり段々と現代人の形になった。
進化したのは、生物だけではなかった。周囲の背景も木々が生い茂ったものから、ビル街に変わり文明が発展していくのが手に取るようにわかった。これは、人類の進化の軌跡を表現したアニメーションか。
陸上で繁栄をした人類。だが、これでこの作品は終わらなかった。シーンはまた海へと移り変わった。その海は、汚れていた。恐らく、冒頭の原始の海と同じ場所ではあるのだけれど、砂浜は、ビンやビニールやその他のゴミだらけである。海も青く澄んでいた時とは違い、若干の濁りのようなものが感じられた。
海で釣りをしている釣り人。缶ジュースを飲みながら糸を垂らしている。釣果が振るわずに腕組みをして指をトントンとして苛立ちを表している。釣り人は糸を引き上げて、飲み終わった缶ジュースを海の中に投げ捨てた。
「ちっ、ひでーことしやがるな。海の資源を借りてんならよぉ! 人一倍、海を綺麗にしなきゃダメだろうが。マナーを守れねえんなら釣り人なんてやめちまえ」
虎徹さんとは今日初めて会ったけど、彼の人となりはなんとなくわかっている。彼は間違いなく環境を大切にするタイプなので、俺の中の解釈と一致した。
画面が暗転した後に、また釣り人が釣り竿を持って海へとやってきた。海の色はさきほどよりも汚れていた。釣り人が海を覗き込むと死んだ状態の魚が水面に浮いていた。
釣り人はそのまま釣竿を持って海を後にした。そしてカメラがずーっとズームアウトしていく演出が起きてやがて宇宙レベルにまで引いた。青い地球が映し出されているが、それは時間と主に段々と海の部分が黒ずんでいった。
それで映像は終了した。原始の海から、人類の誕生。そして、海の汚染までを描いたズミさんの作品。環境問題を提起しているんだ。俺たちは全員がほぼほぼ娯楽作品を目指して作品を作っていた。けれどズミさんは違っていた。目指しているのは娯楽ではなくて、環境問題への意識を高める作品。
正直言って、俺はズミさんに対して嫉妬の感情を抱いていた。なぜならば、俺の原点としてあるのは環境問題を題材にしたポスターだからだ。中学生時代の作った作品。俺はあの環境ポスターで賞を取った経験から、3Dデザイナーの道を目指したのだ。だからこそ、俺は環境に対する意識を高めなければいけなかったのに、最近ではそれを完全に忘れていた。
当時の俺にはできた発想が今の俺にはできなくなっていたことに俺は危機感を覚えた。このコンペのテーマは正に自由。いつしか俺は、作品は娯楽だという意識しか持てなくなっていた。夢を追い始めていた当初に持っていた価値観は、新しい情報を得る度に刷り込みや先入観で上書きされて、いつしか忘れてしまった。
でも、俺はズミさんの作品を見て思い出した。かつて、俺が抱いていた想いというものを。なるほど……匠さんが高く評価するわけだ。
「ズミさん!」
俺は思わず彼の名前を叫んでしまった。
「は、はい! なんでしょう!」
「良い作品を……ありがとうございました!」
俺は無意識の内に立ち上がり、頭を下げていた。それくらい、俺は彼に敬意を表していたのだ。
「え? あ、あの……こちらこそ褒めてくれてありがとう」
ズミさんは混乱しながらも、対応してくれた。
「むー。琥珀くぅん。私の作品にはそういうこと言ってくれなかったのにー。もう!」
隣でティファレトさんが口を尖らせていた。
「あ、もちろん。ティファレトさんの作品も良かったですよ。今後の作品作りの参考になりましたし」
「そう。それなら良かったー」
こうして、総勢11名のクリエイターによる作品の上映会は終わった。後は、プロの審査と視聴者投票に委ねるしかない。生放送はもう少し続いて、作品が終わった後に、マルクトさんとビナーが進行してきちんと締めまでやっていたけれど、内容は頭に入ってこなかった。それほどまでに、肩の荷が下りたことによる解放感は凄まじかった。
生放送終了後、虎徹さんとズミさんとサツキさんは真っ先に帰った。残ったのは、俺と師匠とティファレトさんだけだ。
「ねえ、琥珀君。この後暇?」
「いえ。やることがあるので忙しいです」
「そうなんだー……残念」
この後は久しぶりにショコラの活動を再開する予定がある。コンペ期間中は待たせてしまったので、一刻も早く元気な姿をリスナーに見せなければならないのだ。
「琥珀君が相手にしてくれないなら、私も帰ろーっと。それじゃあ、2人共お疲れ様ー!」
ティファレトさんも控え室を後にした。残っているのは俺と師匠だけだ。師匠と2人きり……別にこれまで何度も経験してきたことだ。特別、意識することでもないけれど……
「えっと……師匠はこれからどうするんですか?」
「ああ。私は兄貴を待つつもりだ」
「そうですか。匠さんも責任者の立場があるので、後片付けとか忙しそうですもんね」
なんとなく気まずい空気が流れる。師匠と会って話したかったことがあったのに、上手く言葉が出てこない。
「えっと……それじゃあ俺は用事があるので、これで失礼します」
「ああ。そうだな。お疲れ様」
「お疲れ様です」
こういう時、モテる男性ならもっとスマートに気を遣ったことが言えたのかもしれない。師匠と一緒に待つという選択もあったし、帰りは送っていくということもできたかもしれない。けれど、俺には無理だ。なんていうか……俺にはまだそういうのは早い。うん、まだ高校生だしな。
後ろ髪を引かれるを思いはあったが、俺も控え室を後にして自宅を目指した。
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