第181話 師匠、まさかの失策

 10作品目が公開された。次の作品は、師匠かズミさんかどっちだろう。ワクワクしながら待っていると不安を煽るようなBGMが流れてきた。このBGMはホラーゲームでありそうな感じがする。その瞬間、ズミさんが俯いて頭を抱えてしまった。なるほど。ズミさんの作品ではないな。これは。


「これは私の作品だ」


 師匠が答え合わせをしてくれた。ということはトリはズミさんで決定だ。ズミさんはトリのプレッシャーからか顔面蒼白の状態だ。こんなメンタルで良くクリエイターやれてるなこの人は。


「おい、ミサちゃん。まさか、ホラー作品で攻めるつもりか?」


「それは見てのお楽しみだ」


 虎徹さんの問いかけに師匠が含み笑いで返す。先程の先品も吸血鬼やらゾンビやらが出てきたホラー寄りの作品であった。と言うことは、作品の方向性が被っている可能性がある。師匠は音楽に合わせたMV作りを得意としている。と言うことは、BGMがホラーならば、作品もそれに合わせて来るはずだ。このBGMで、流石にコメディはないだろう。


 森の中を進むピクニック中の女性。その手には地図が握られていた。女性がコンパスを見ると、その針は何度も回転を繰り返している。どうやら磁場が乱れているようだ。


 それを見てため息をつく動作をする女性。不安を煽っているBGMが女性の道に迷っている状況とマッチしている。


 ここでBGMが転換を迎える。今度は少し、暖かみのある感じで落ち着いた曲調に変わった。それと同時に女性が森を抜けて、古びた洋館を見つけた。洋館は古くなってはいるものの手入れ自体はされているようだ。窓ガラスも割れてないし、壁もヒビ1つ入っていない。洋館を見つけた女性は安堵した表情を見せて、洋館に駆け寄る。


 曲の緩急が付いている部分でアニメーションの展開にも変化を加えている。その相乗効果も相まってか、自然と映像が頭に入って記憶に焼き付いていく。


 洋館のドアノッカーを叩いて中の住人を呼ぼうとする女性。しかし、反応がない。女性が首を傾げてもう1回ドアノッカーに手をかけた瞬間、扉が開いた。この時、丁度BGMが軋むような音が挿入されていたので、映像とのシンクロ率はかなり高かった。流石師匠だ。BGMに完全に合わせてきている。


 扉から白い左手が出てきて女性を手招きしている。薬指にはエンゲージリングが付けられていて、手の持ち主は既婚者のようだ。女性は特になんの疑問も持たないまま、洋館へと足を踏み入れた。そして、ここで衝撃的な映像と共に激しいサビに入った。女性を手招きした左手の先……そこには何もなかった。左手だけが宙に浮いていている明らかな怪奇現象。女性の顔が恐怖に引きつる。


 慌てて洋館から出ようとする女性だが、扉が勝手にしまり閉じ込められてしまった。ドアノブをどれだけ動かしても扉は開かない。激しいドラムのBGMに合わせて女性が扉をガンガンと叩くがなんの反応もない。


 その場に崩れ落ちる女性。そんな女性の肩に先程の左手が乗る。女性は大慌てで左手を振り落として、洋館の奥へと逃げていった。


 薄々感づいていた。これはガチホラーだ。先程の怪物とかのホラー要素をコメディで緩和しているタイプではない。


 その時だった。映像とは全く関係ない異変が俺の体に発生した。俺の手の甲に柔らかい手の平が恐る恐る乗っかってきた。


「ティファレトさん?」


「あ、ご、ごめん。琥珀君。私、怖いのダメなんだ」


 確かにティファレトさんの手は少し震えていて、手に汗が滲んでいる。結構、無理して見ているようだ。


「なら、無理して見なくてもいいぞ。私の映像が終わったら、連絡してやるから控え室の外にでも出ればいい」


 師匠が不機嫌そうに言い捨てた。そりゃそうか。自分の渾身の一作を見てもらえないんだから。


「ううん。私がんばるよ。だって、リゼさんが一生懸命作った作品なんだもん。怖いけど頑張る」


 映像の方は女性がダイニングルームに逃げ込むとナイフやフォークが宙に浮くポルターガイスト現象が発生した。そのまま、食器たちは女性の体を目掛けて飛んでくる。女性はかがんでなんとか攻撃を回避した。


「ひ、ひい!」


 今度はボディタッチの度を明らかに超えた感触が俺の体に伝わってきた。


「あ、ご、ごめん。つい」


 ティファレトさんは心底申し訳なさそうな顔をして、すぐに俺から離れた。そこまでホラーが苦手なら師匠の言う通りに控え室から出ればいいのに。


「苦手なものがあるのは仕方ないですよ」


「ありがとう。琥珀君は優しいんだね」


 別に体に触れられたからと言って減るものではない。悪意のある接触ではないし、恐怖からくる防衛的行動を咎めるほど、俺は鬼ではない。


「失敗した……」


 師匠がそう呟いた。失敗? 師匠の作品にそう言った要素は全く見当たらない。俺がなにか見落としたのだろうか。


「ん? ミサちゃん失敗って何が? ミサちゃんの作品は俺に匹敵するレベルでクオリティ高いぞ」


 虎徹さんも俺と同じ意見のようだ。虎徹さんも気づいていないということは、実力があるプロの目でしか見抜けない失態があったというわけでもなさそうだ。


 師匠の言う失敗が気になるけど、映像はまだ続いている。女性は、洋館の出口を求めて探索した。中身のない鎧の騎士に襲われたり、包丁を持ったメイドの幽霊から逃げたりと散々な目に遭いながらも、なんとか非常脱出用の地下通路を発見した。


 女性はその薄暗くて狭い通路を不安そうな顔で進んでいく。そして、曲も終わりに差し掛かってきたところで地下通路を抜けて地上へと出た。


 女性は安堵して、そのまま洋館を一瞥した後に再び森へと入っていった。


「ふう……やっと終わった」


 隣にいるティファレトさんも落ち着いたようだ。しかし、俺には嫌な予感がした。ホラー系統の作品がこんなに綺麗に終わるわけがない。そう思っていたら、本当に予感が的中した。


 なんと、女性が抜けてきた地下通路の入口から、手招きした左手、空っぽの鎧の騎士、メイドの幽霊が続々と出てきた。そして、ホラー特有の嫌な後味を残したままアニメーションは終了した。


「な、なにあのラスト! 酷いよー。リゼさん! 今日、眠れなくなるかもしれないじゃない!」


「だから、見なくてもいいと言っただろ」


「怖いもの見たさって言葉知らないのー!? 1度見ちゃったら、途中で止められるわけないじゃないのー! リゼさんの作品は面白いんだから」


「そ、そうか……楽しんでもらえたなら良かった」


 口論かと思いきや、なぜか最後には褒められて照れる師匠。丸く収まったようで良かった。


「ああ、俺も十分楽しんだぜ。ミサちゃん。もしかしたら、俺に勝てんじゃねえのか!」


 あの自信満々だった虎徹さんが認めているほどの実力だ。確かに、ホラーが苦手な人もいるけれど、それを差し引いても師匠の作品は良かった。ただ、視聴者選考もあるこのコンペ。そのホラー苦手な人からの支持を得られないのが響く可能性も十分ある。


「あの……1つ聞かせて」


 サツキさんが師匠に話しかけた。


「決して万人受けするとは限らないホラーをどうして題材にしたの?」


「ああ。そうだな。確かに、万人受けする作品の方が有利になるのは間違いないな。しかし、私のスタイルは曲のイメージをそのまま映像にすることだ。この曲は、私が作曲だけなら最も信頼している人物が作ったものだ。だから、その曲のイメージを最大限まで引き出せば、多少の不利は覆せる。私はそう信じたんだ。逆にコンペで勝ちたいというスケベ心で曲のイメージを損なったら、それこそ敗北に繋がると判断した。なにより、そんな失態を犯したらアイツに申し訳が立たない」


「なるほど……そういう考え方もあるんだ」


 アイツって姉さんのことだよな。師匠から、そこまで信頼されているなんて姉さんもそれほどの人間だったのか。16年の人生の中で、姉を尊敬したのは初めてかもしれない。そして、これが最後かもしれない。

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