第175話 孤独な花嫁

 虎徹さんのアニメーションが終わって、数秒の間が空いた後に次の動画が再生される。パイプオルガンで演奏された厳かな音楽。教会のステンドグラスのアップから入り、タイトルが表示された。【約束】これもまた剣戟と同様にシンプルなタイトルだ。昨今のウェブ小説にも見習って欲しいくらいのシンプルさである。


「これは誰の作品だ?」


 虎徹さんがそのセリフを言った後に周囲を見回す。俺の作品でもないし、周囲の人たちも全くの無反応だ。ということは、ここにいない人が作った作品か。


「なんだ。ここにいる連中のじゃねえのか。つまんねえの」


 それだけ言うと虎徹さんはまたソファに踏ん反り返る。そのタイミングで、今まで一言も声を発してなかった地雷系女子のサツキさんがゆっくりと挙手をした。


「私の作品です……」


 今にも消え入りそうな声だった。別に申告する義務はないのだけれど、素直に教えてくれた。


「おお、そうか! それじゃあ、お手並み拝見といこうか!」


 この控え室にいるメンバーの作品だとわかった虎徹さん。前のめりになって、モニターを凝視している。


「あの。ティファレトさん。サツキさんってどういうタイプのクリエイターなんですか?」


「なに? 琥珀君はああいう感じの女子が好みなのー? 他の女のことが気になるなんて、妬けちゃうなー」


「いや、違います。全然好みじゃありません」


 俺がそう言った時、サツキさんの方から視線を感じた。なぜか悲しそうな表情をしている。


「琥珀君。本人を前にして、そうキッパリ言うものじゃないの。それで傷つく女の子もいるんだからねー」


 ティファレトさんは自分の人差し指を俺の鼻と唇に軽く当てて、静かにのサインを送った。


「そういうものなんですか? 別に良くないですか? 初対面のどうでもいい相手に好かれようとどうしようが」


「琥珀君はそれでいいのかもしれないけど、好かれて悪い気にならない人もいるんだよー。そういう時は、ハッキリと明言しないで、はぐらかすものなんだよー」


「なるほど」


 なぜかティファレトさんの説教が始まった。確かに、俺はハッキリと物を言いすぎるところがあったかもしれない。答えを曖昧のままにしておくのも手か。うーん……会話術は奥が深いな。


 そんなことを話していると、タイトルの表示から場面が切り替わって本格的に本編が始まってしまった。こうなってしまっては作品に集中する他ない。サツキさんの情報を仕入れられなかったけれど仕方ない。口で得られなかった情報は、作品が語ってくれるはずだ。


 教会の赤い絨毯の上にウェディングドレスを着た花嫁が独り。膝をついて祈りを捧げている。花嫁の手のアップが映し出される。花嫁は明らかに安い造りの玩具の指輪を左手につけていた。下手なクリエイターが本格的な指輪を作ろうとしたけど、ちゃちい作りになって玩具にしか見えないという感じではない。意図的に玩具に寄せてるデザインだ。


 そこから、花嫁の横顔が映し出されて、右から左にカメラが動く。右側から徐々に別の背景がフェードインしていく。一目で花嫁の回想だとわかる演出だ。ベタだけど、基本的な手法は抑えている証拠だ。


 場面が転換したことでBGMも穏やかなものになる。そよ風が吹く村に合いそうなそんなBGMだ。


 背景はセピア色でぼかしが入っていてよく分からない。そこセピア色の空間にいるのは、1組の何の変哲もない少年少女。少年は少女の手を優しく引いて歩いていく。時々、後ろを見て少女の方を気にしながら歩き、2人の目があうと視線を逸らす。花嫁の回想だということは……多分、この少年が花婿になる相手でいいんだよな?


 だとすると、このセピア色でぼかしがかけられた背景にも納得がいく。一説によると人は好きな相手とのデート中は、その相手以外の視界の情報が簡略化されて入ってくると言う。俺は経験したことがないからわからないけれど、要は背景に意識がいかない状態ということだ。それをぼかしを入れることで表現している。


 ただ単にセピア単色空間で手を抜いているというわけではなく、演出でそうしていると十分伝わってくる。ぼかしがあるとはいえ、きちんと背景も用意している。演出と評すればいくらでも手抜きをできたのにしなかった。そこに拘りを感じた。


 シーンは変わり、少年と少女の周囲にあるのは花畑。周囲は横に長い楕円形で囲まれていて楕円の外は例によってぼやけている。鮮明な楕円の中央に視線が集まるようにしているのだ。


 少年が小指を立てて少女に突きつける。少女もそれに応えて指切りを交わす。ここでタイトルの約束が回収されたということか。セリフがないから2人が何の約束を交わしたのかは視聴者にはわからない。それは各々おのおのが想像に任せるということか?


 少年がポケットから指輪を取り出した。その指輪はどう見ても安っぽい玩具の指輪だ。なるほど。冒頭の玩具の指輪はここに繋がってくるのか。


 少女は少年に対して微笑みかけて首を少し傾ける。そこで回想は終わり、再び大人になった花嫁がいる教会のシーンへと戻った。


 目を閉じていた花嫁はゆっくりと目を開けた。そして、視線を自身の左手に落とす。花嫁の視線に合わせてカメラワークが薬指のアップに映っていき、花嫁の右手の指がカメラ内に入り、指輪をそっと抜き取った。


 花嫁は指輪を胸の辺りで抱きしめてから、その指輪を空高くへと投げ捨てた。宙を舞う指輪を背に花嫁が教会を後にして動画は終了した。


 先程の虎徹さんほどの激しいアクションはない。けれど、ストーリーは十分伝わってくるし、そのストーリーを伝える演出もしっかりと練られて作られている。なぜ花嫁が独りだったのか。少年と交わした約束は何だったのか。そうした考察の余地は十分ある考えさせられる内容だった。


「おお、中々いいもん作るじゃねえか。サツキさん。今のところ、暫定2位だな。1位が誰か知りてえか?」


「虎徹君。今は2作品しか出てないし、2位はむしろ最下位だ。というか、必然的に1位はキミの作品以外にないだろ」


「あ、そうか」


 虎徹さんが変なことを言い始めて、師匠がツッコミを入れた。それに対して、サツキさんがクスクスと笑った。


「面白い人……」


 サツキさんは笑ってはいるけれど、どこか寂し気な表情をしている。自分の作った作品になにか思うところがあったのか。思い入れが強すぎて、作中の登場人物に感情移入したとか? 作品に愛を持つタイプのクリエイターなのだろうか。


 今のところ2作品しか出てないけど、どちらも甲乙つけがたい。方向性が一緒の作品ならどちらが優れているかの比較はしやすい。けれど、違ったアプローチをしているなら、審査員の好みによるところも大きくなる。テーマや採点基準が決められていない以上は仕方のないことだ。


 でも、俺にとっては悪いことではない。審査員の好みという運要素のウェイトが大きいのならば、下剋上は十分ありえる。実力が下位の俺にとっては、そうしたブレが大きくなければ勝てる見込みがないからな。


「なあなあ、サツキさん。あんた、この作品の解説とかってないのか?」


「ない」


 虎徹さんの質問を即答するサツキさん。会話を広げる気を全く感じさせない陰キャムーブだ。


「ないってわけないだろ。【約束】って結局なんなんだよ」


「それは……プライベートなことだから答えたくない」


「え? まさかこれ、実体験を元にしてんのか?」


 サツキさんは俯いてしまった。虎徹さんはバツが悪そうに頭を掻く。なんか地雷を踏んだような雰囲気を控え室が包む。


「あ、あー……そのなんか悪かった。そこまでセンシティブな話題だとは思わなかった」


 虎徹さんのはしょうがない気がする。まさか、実体験を元にしたストーリー展開だとは中々に察することはできない。彼が積極的に他の人に絡んでなかったら、俺が地雷を踏んでいたのかもしれない。そう思うとなんか……地雷系女子ってめんどくさ……

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