第174話 先陣を切る刃

 真っ暗な画面に静かに吹く風の音が聞こえる。画面に和風のフォントで、剣戟けんげきとデカデカとタイトルが表示された。余計なものを一切削ぎ落したシンプルなタイトル。なんとなくこの作品の作者は予想できた。


「よっしゃ! 一番手はこの俺だ!」


 当然、参加者には投票権がない。だから、この場においては自分の作品を申告しても問題はない。もちろん、その情報はコンペが終了するまでは漏らしてはいけない。


 虎徹さんの作品。どんなものなのかしかと目に焼き付けておきたい。下馬評では、キャラ人気で担がれていたショコラを、実力で下した虎徹さん。きっと物凄いアニメーションに違いない。


 雲1つない晴天の空。風に揺られて草たちがざわめきだしている。背の高い草の揺れている感じがリアリティがあり、細部にまで拘っていることが感じ取れた。この時点でわかる。これはとんでもない快作だと。


 相対するとは2人の剣豪。着物の質感や皺などの再現性もえげつない。2人とも鍛え上げているのか筋肉もがっちりとついていて、正に屈強という言葉に相応しい侍だ。


 カメラワークが代わり、手前の剣豪のアップに映る。剣豪は足に踏ん張り、腰の刀に手を当てる。そして、ゆっくりと刀を抜き取る。この時、刀のアップが映り、抜かれていく刀の造型の美しさに目が行く。光の反射、実際に重さを感じる金属感。まだ戦いが始まっていない段階なのにこっちまで緊張してきた。


 剣豪が刀を傾けると刀身が消えた。それを見て隣にいたティファレトさんは「おー」と感嘆の声をあげた。


「なるほどねー。刀身の光の反射で背景と同化して見えなくなる。そういうところもきちんと考慮されてるんだねー」


 虎徹さんはティファレトさんの方をドヤ顔でチラリと見るも、ティファレトさんは画面に集中している様子で虎徹さんには全く気付いていない。


「あの日本刀の造型は美しいなー。私の技術では再現できないかも」


 誰にも真似できない領域。それは、クリエイターのオリジナリティに繋がる。虎徹さんのそれは、正に付け焼刃ではない。正真正銘の名刀だ。


 互いの剣豪が間合いを測っている。BGMがない静寂だ。その静寂を際立たせる、風の音や草の揺れる音、剣豪たちの息遣い、すり足の音。無音より静かな環境音が緊張感を高める。


 この状況は、視聴者の緊張感を高める効果はあるが、実のところ諸刃の剣なのだ。こうした膠着こうちゃく状態が長く続くと作中の当人たちは真剣にやっているものの、見ている方としては退屈、単調に思えてしまう。長くやりすぎるのも悪手だし、短すぎるのも駆け引きや緊張感を削がれる。その丁度いいタイミングを見極めるのもクリエイターの手腕の1つだ。


 風の勢いが増して草が騒ぎ出した時に剣豪たちがざっと動いた。上手い。急に動きを加えるよりかは、何らかの予備動作やフラグのようなものがあった方が見ている方としてはすんなりと受け入れられる。そのフラグのような役割をするのが、風の勢いによる変化。視聴者が小さな変化を受けれいたところで次に大きな変化を加えることで、その落差を埋めたのだ。


 お互いの間合いに入った剣豪たち。この時から、和風テイストの戦闘BGMが流れた。さっきまでの緊張感を高める無音とは打って変わって、興奮を高めるBGMを流すという手法。俺がイチ視聴者の立場ならば、純粋に楽しめたかもしれない。けれど、俺は虎徹さんと勝負している立場だ。あまり出来がいい作品だと俺の立場が危うくなるだけなのだ。しかし、悔しいかな。俺は虎徹さんの作品の虜になっていた。


 剣豪は自身の全身を使って刀を振るう。出来の悪いモーションならば、腕の動きだけで刀を振るうという刀の重さが全く感じられないものになる。だが、虎徹さんが作ったモーションは、足の踏ん張り、腰の入り具合で刀の重さを表現し、風を切る音で剣豪たちの力強さを表現した。


 お互いが刀を振るい、お互いがそれを躱す。正に一進一退の攻防を繰り広げる。一撃でも当たれば勝負が決まる。そうした気を抜けない戦いに俺の目は釘付けになっていた。


 俺はこの2人の剣豪の関係性を知らなければ、どういった人格なのか、家族構成は、戦っている理由も知らない。しかし、そうした舞台背景は語られずとも想像が補ってくれる。この2人が熟練の剣豪で、命の取り合いをしている関係性。このアニメーションを楽しむのに必要な情報はそれだけでいい。正に必要なのは“剣戟”のシーンだけ。虎徹さんは全ての評価をこのアクションの委ねたのだ。


 そして、もっとこの剣戟のシーンを見てみたい。そう思っていたけれど、決着の時はやってきた。片方の剣豪が足を崩してバランスを崩す。その隙にもう片方の剣豪が袈裟斬りを決める。カメラが移り変わって、2人を影でしか判別できないほどの遠目で映す。斬られた剣豪がその場に倒れて決着はついた。


 凄い。本当にその一言しか出なかった。俺が目指している道はCGのデザインを主にするクリエイターだ。アニメーションは専門から少し外れるけれど、この作品を見てしまったら……この作品を上回るアクションを作ってみたい。そう思わざるを得ない。本当にこういうのはクリエイターのさがというか……良い作品に出会ってしまったら創作意欲が刺激されてしまう。そう思ってしまう生き物なんだ。


 その後のアニメーションはシメに入り、倒れた剣豪を尻目に勝利した剣豪は静かにその場を去っていった。数分程度の動画なのに、まるで1時間半の手に汗握る映画を観たようなそんな爽やかな気分になれた。


「あ、あわわ……虎徹君凄すぎます……」


 ズミさんは顔面蒼白でぶるぶると震えていた。一発目の動画がこんなに凄いものだったせいで、彼にプレッシャーがかかっているのだろう。


「まあな。ここまで辿り着くのにも苦労してんだ。なにせ実際の古武術を参考にしているからな。色々な流派を見て回ったけど、実戦的すぎて、映像として映えない流派とか普通にあったからな。かといって型の美しさを重視して、映えを狙いすぎると実戦でそんな綺麗な動きはできないとリアリティは下がる。中々に苦労した点だ」


 俺より遥か高見にいる虎徹さん。その彼でさえ、ここまでのクオリティを出すのに試行錯誤という労力を払っている。正に魂と執念が籠った作品。頭ではわかっていたけれど、こうして作品を見せつけられたことで、このコンペのレベルの高さを改めて思い知らされてしまう。


 俺が冷や汗をかいている一方で、隣のティファレトさんは涼しい顔をしていた。


「ティファレトさん。虎徹さんの作品は凄かったですね」


「そうだねー。でも、私の作品も負けてないよ?」


「凄い自信ですね」


「うん。だって、ワンチャン優勝狙えるかもって思ってるからねー」


 ティファレトさんは全く動じずにそう言い放った。心の底から自分の言葉を疑ってない。そういった声色だった。


「それは聞き捨てならないな。ティファレト。優勝するのは私だ」


 師匠が語気を強めて俺とティファレトさんの会話に入ってきた。師匠は普段からここまで熱くなるような性格ではない。それだけこのコンペに情熱を注いでいるんだろう。


「リゼさん。熱血キャラに鞍替えしたのー? いつも澄ましているリゼさんらしくないねー」


 確かに色々といつもの師匠らしくない。それが良い方に向かうのか、悪い方に転がるのか。俺には検討もつかない。


「さーてと。俺はもう肩の荷はおりた。後はゆっくりと他のみんなの作品を鑑賞すんぜ」


 虎徹さんが頭の後ろで手を組みソファに踏ん反り返った。まるで自宅のような寛ぎ方だ。一応、ここは取引先の会社なんだけどなあ。

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