第173話 生放送開始

 俺たちが少し騒がしくしてしまった一方で、地雷メイクをしている女子は静かに座っている。彼女の方を見ると目が合ってしまい、彼女が会釈をしたので俺もつられて会釈をした。


「ズミさん。あの人は誰ですか?」


「あの人は、サツキさん。コクマーさんのママだよ」


「そうなんですか」


 俺たちが盛り上がっている一方で。彼女は実に落ち着いている。なんとなくだけど、大物の風格を感じる。コクマーさんも落ち着いた男性というイメージがあるが、そのママであるサツキさんも落ち着いた女性ということだろうか。


「ねえ、琥珀君。生放送が始まるまでの間、お姉さんと一緒にお話ししない?」


 ティファレトさんが少し前屈みになって、俺に近づいてきた。特段断る理由もないし、折角プロのクリエイターと話せる機会なんだから話してみたい。


「ええ。いいですよ」


「ありがとー。それじゃあ、こっちに一緒に座りましょー」


 俺は案内されるがまま、えんじ色の2人掛けのソファに座った。ティファレトさんが足を組んで姿勢を崩した。


「琥珀君は今いくつなのかなー?」


「16歳です」


「へえ。じゃあ、まだ高校生なんだ。若いねー。その若さで里瀬社長に才能を見出されているなんて流石。将来有望だねー」


「そうですね。いつかティファレトさんも追い抜いてみせますよ」


 そのいつかは、近い未来にやってくるかもしれない。今回のコンペの結果次第だけど。


「あはは。頼もしいねー。でも、そう簡単には追い抜かせないかもよ。だって、私はまだまだキミに追われたいからねー」


 ティファレトさんはウインクをして見せた。大人の余裕というやつを感じる。


「ティファレトさんは今回のコンペはどういう作品を作ったんですか? テーマというか、方向性と言うか……」


「そうだねー。まあ、言ってみれば美の追求かな。美しいものだけが芸術ではないけれど、至高の芸術はやっぱり美を極めた先にある。私はそう信じて、美しさだけを追求してきたんだよー。今回もテーマが自由だから当然、私が最も美しいと思えるものをテーマにしたんだ」


「その美しいものって何ですか?」


「そ・れ・は……見てのお楽しみ」


 ティファレトさんは人差し指を立てて、左右に振りイタズラっぽく笑った。


「そうですね。作品公開前のネタバレは良くないですよね。すみません。無神経でした」


「いいのいいの。気にしないで。若い子が遠慮なんてするもんじゃないのー」


「あはは。若い子って言い方がおばさんみたいですね」


「こら、そこは少しは遠慮しなさい!」


 俺はティファレトさんに軽く小突かれてしまった。


「ミサちゃん。そろそろ生放送が始まる。俺たちも座って待とうぜ」


「あ、ああ……そうだな。虎徹君」


 師匠が虎徹さんに連れられて別のソファに座った。師匠がこちらをちらりと見た時、なんか睨まれたような気がした。俺の隣のティファレトさんを睨んだのか? 相当仲が悪いんだな。


 隅っこの方にズミさんが1人、そこから少し離れたところに虎徹さんと師匠が隣り合って座り、そこから少し間隔を開けて、俺とティファレトさんが座っている。そして、かなり離れたところにサツキさんが1人で髪を弄っていた。


 そんな謎の空間で変な時間を過ごしていると部屋にあったモニターに映像が映し出された。ついに生放送が始まったのだ。


 画面に映っているのは、マルクトさんとビナーだ。この2人が進行役ということか。マルクトさんは1期生からいる古株だし、こういうのは慣れているからいいけど、ビナーは大丈夫だろうか? 血の繋がりはないけれど、俺の娘みたいなものだ。やはり、ちゃんとできるか心配だ。


「はい。みなさん。こんにちは。司会進行役のマルクト・テラーです。よろしくお願いします」


「こんにちは。アシスタントのビナー・スピアです。よろしくお願いします」


 画面に向かってお辞儀をする2人。しかし、優勝候補の匠さんが作ったモデルと自作のモデルが並んでいると……なんかこう、同じ空間にいていいのかどうか不安になる。俺も少なくとも金は取れる実力だと師匠にお墨付きを貰っているが……その少なくとも程度じゃ通用しない世界がある。俺はこのコンペを通じて、それを学んだのだ。上には上がいる。その上もいつまでも留まってくれない。ウカウカしてたら同格以下の相手にだって抜かされてしまう。クリエイター業界は常に研鑽けんさんする者しか生き残れないのだ。


「それでは、改めて確認するよ。今回の生放送はコンペ動画の先行公開という立ち位置です。公開される動画は作者不明の状態でランダムに流されます。その中で、最も優れていると思った作品に1人1票入れる方式だね。投票開始は生放送が終了してから、しばらく経った後に開催されます。正確な時刻を公表してないのは、アクセス集中による負荷を避けるためなのでご了承ください。投票は早い者勝ちではないので、焦らずにゆっくりと投票してね」


 マルクトさんが基本的な解説をする。続いてそれを補助するようにビナーが追加の説明を行おうとする。


「投票数によって票数が変動しないように、結果が出るまでは得票率の公開は行われません。誰に何票入っているかは、コンペの結果が発表されるまでは非公開情報ですのでご了承ください。この生放送終了後に、それぞれ個別に動画が公開されます。生放送は見逃した人や、もう1度視聴して判断したい人は、そちらもご覧頂けると幸いです。また、動画の再生回数、高評価数は評価には一切影響を及ぼしません。また、コメントによる扇動を防ぐために、コメント自体も禁止されてます。そこもご了承ください」


 確かにコメント欄で、『これが最高』だとか『これに投票した』というコメントが溢れかえれば、それに引っ張られる人もいるかもしれない。そうしたものが評価に影響しないように考えられているのだ。個人的には割と公平な仕様だと思っている。


 その後も、マルクトさんとビナーが得票率とポイントの関係性を説明してくれた。それは俺が伝え聞いていたものと同じだ。


「ええい。まどろっこしいな。早く俺の動画を再生しやがれってんだ! 度肝を抜いてやるからよ!」


「落ち着きなよ虎徹君。いずれ再生されるんだから、今慌てても仕方ない」


「まあ、そうだな。ミサちゃん」


 なんか、師匠と虎徹さんは姉と弟といった感じだ。まあ、俺の最も身近なそういう関係は姉がアレなせいでかなり歪なことになっているけれど……俺だってもう少しまともな姉が欲しかった。


「それでは、そろそろ前置きもこれくらいにして……動画を流していきましょうか!」


 マルクトさんの合図で画面が暗転する。正直緊張する。今、この瞬間に俺の作ったアニメーションが全世界に公開されるかもしれないし、他のライバルたちの凄いものが見れるかもしれない。


「ふふふ。緊張してるのー? かーわいい!」


 ティファレトさんが俺の頬を指でツンツンと突いた。


「琥珀君は参加者じゃないんだから、もっとリラックスしなよー。まあ、私の作品で魅了されちゃうかもしれないけどね。あはは」


「そうですね……」


 そう言われても、俺は当事者なんだから緊張するに決まっている。高校受験の合格発表の時よりも緊張しているかもしれない。俺は無様な結果を残すわけにはいかない。サポートしてくれた昴さんのためにも。この場を提供してくれた匠さんのためにも。ついでに。原作を提供してくれたSPさんのためにも。そして、なにより、俺をここまで育ててくれた師匠のためにも。俺はプロの集団の中でも戦えるということを見せなければならないのだ!

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