第176話 亡き王に捧げる五重奏

 暗転した画面にタイトルが映し出される。【王よ安らかに眠れ】。先程から続く2文字シリーズとは違ってそこそこ文字数はある。一体どんな内容なのか気になるところだ。これは誰の作品なんだろうか。もしかして、この中の誰かかもしれない。そう思って周囲を見ると、師匠は目を見開いて両手で口を押えていた。


「これは……兄貴の作品だ」


 一瞬で場の空気が変わった。このコンペで最も注目されている人物。それが社長である匠さんだ。虎徹さんは自身の左手の手のひらを右手の拳で音を立てて殴った。


「け、社長様が3番手かよ! お手並み拝見と行こうじゃねえか!」


 俺が知っている匠さんは、ビナーを作ってる時に助言をくれたアドバイザー的な立ち位置しか知らない。知っている実績と言えば、マルクトさんをモデリングしたことくらいだ。だからこそ、匠さんの実力を直に知れる機会に触れられるのは非常にワクワクするのだ。


 雲が覆う空の下。豪華な墓の周囲には、喪服を着た大勢の参列者がいた。彼らは胸の辺りで手を組んで祈りを捧げている。ここまで長いこと無音だ。もしかして、これは音声なしの動画か? そう思っていた矢先だった。カメラワークが切り替わり、喪服を着た5人の男女が映し出された。それぞれ楽器を持っていてその内訳は、ヴァイオリン、ヴィオラ、チェロ。彼らの視線の先には指揮者がいる。指揮者の合図と共に、弓を構えて楽器を弾き始めた。


 ここでようやく、クラシック調の音楽が流れる。なるほど。作中の登場人物が演奏すると同時に音楽を流す構成だったのか。中々に面白い試みだ。


「なるほどねー」


 俺の隣にいるティファレトさんが呟いた。もしかして、匠さんはここで何か仕掛けを施しているのか? しかし、俺には皆目見当もつかない。


「なるほど? 一体なにがなるほどなんですか?」


「楽器の弾いている人たちの手の動き方。完全にプロのそれだねー。私は小さい頃にヴァイオリンやってからわかるんだー。あれはただ、動かしているだけじゃないよー。それに、映像と音のリンクも完璧。調律された楽器で、彼らと同じ動きをしたら、大体同じ音が出るだろうねー」


「え! そんなことが可能なんですか?」


 それって多大なる制作コストがかかるやつなんじゃないのか? プロと同じ手つきで、映像の楽団の動きを再現すると同じ音が出る。それって、実際にプロの奏者の動きを真似たことになる。更に同じ音を出せているということは、わざわざ演奏を依頼したのか?


「まあ、並のクリエイターならここまで完璧なシンクロはしないだろうねー。匠君は私たちを本気で打ち負かすつもりでやってるだろうねー。それにしても、匠君が音楽を主体にした作品を作るなんてねー」


 確かに、匠さんが音楽で来るとは予想外だった。音楽を元にしたMV作成は師匠の得意分野だ。匠さんがそれを知らないはずがない。つまり、被せてきたのは意図的だ。師匠がいつも通りのスタイルで来ると予想していたからこそ、真っ向勝負をするつもりなんだ。


「それにしても、この短期間でこんな細部まで仕上げられるものなんですか? 参列者も楽団の人もかなりの人数いますし、それぞれをモデリングしてモーションを付けるとなったら莫大な時間が必要なはず」


「いや、Amber君。楽器で演奏している人や参列者は、兄貴の作風じゃない。兄貴はモデリングの大部分を他者に委託したんだ。多分、兄貴は指揮者以外モデリングしてない」


 師匠の分析をきいて、俺は戦慄した。最早、資金力からして違いすぎる。仮に俺が匠さんと同じ技術力があったとしても、金銭的にこの作品を作ることは不可能だ。いや、金銭だけで解決できる問題でもないかもしれない。信頼がおけて技術面も優れているクリエイターとのコネも依頼するのには必要だ。いくら、お金が沢山あったとしても、自分が求めるものを提供してくれる相手が見つからなければ宝の持ち腐れ。全く役に立たない紙束でしかない。技術、資金、コネ。匠さんは全てが俺の上を行っていることを完全に見せつけられてしまった。


「けっ。指揮者だけモデリングをしたってところが実に匠らしい考え方だなァ! 自分は他人を指揮する立場だってことを誇示してんのか!?」


 確かに指揮者がしっかりしてなかったら、全体の演奏はぐだぐだなものになってしまう。だからこそ、社長という自分の立場に指揮者を重ねたのか? 指揮者をモデリングしたのは……指揮だけは誰にも任せないという気持ちの表れなのだろうか。


「うーん。この作品点数が伸びるかどうかは微妙じゃない?」


 サツキさんが匠さんを称賛している流れに逆らった発言をした。これは、いい意味で空気を読まない発言なのか。それとも単なる逆張りしてるのか。サツキさんの見解を聞きたいところだけど。


「お? もしかして、あんたはバカか! この作品の凄さがわからねえのか? 楽団のモーションだけじゃねえ。参列者の表情を見てみろ。喪に服して涙を流している者。義理できたのか退屈そうにしている者。涙を流してはいるものの、口角が上がっている者。そうした表情で、送られている人物との関係性が想像の余地もある。単にモーションすげえってするだけの作品じゃねえんだぞ」


 確かに。泣いている人は死者を慕っていただろうし、特に弔おう意思のない者も引っ張ってくるほどの力のあった人物だとも思える。含み笑いをしている人は密かに恨みを持っていたとかそういうバックストーリーも考えると。より深い作品になる仕掛けもある。


「バカって言った……初対面の男の子にバカって言われた……」


 サツキさんは落ち込んでしまって、彼女の見解の解説を言いそうもない状況だ。またしても、虎徹さんはサツキさんの地雷を踏んでしまったようだ。


「あ、そ、その……バカって言ったのは悪かったよ。もう言わないから機嫌直してくれよ」


 自分で傷つけたサツキさんを必死で慰めている虎徹さん。そんな虎徹さんを尻目にズミさんが口を開く。


「えっと……確かにサツキさんの言うことは一理あると思います。このコンペの点数は加点方式。5人の審査員の点数と視聴者投票の点数で決められます。僕たちは、クリエイター目線で見ているから、この作品の凄さに気づきましたが……そうでない視聴者が全員気づくかどうかはわかりません」


 そういうことか。ズミさんの解説を聞いてこの作品の弱点に気づいた。


「匠さんの作品は、虎徹さんのような派手なシーンもなければ、サツキさんのようにわかりやすいストーリーラインもない。つまり、凄さに気づかなかった視聴者投票が伸び辛くなるんだ」


「そういうことです琥珀君。視聴者投票の点数は全体の6分の1を占めます。決して軽視できる数値ではありません」


 確かに、視聴者投票がある以上は、この作品を作ったのは悪手かもしれない。審査員の票で多めに獲得できても、視聴者票を獲得できなかったら一気に順位が下がる可能性は十分ありえる。これは、匠さんのミスなのか?


 映像の方は演奏が終了して、最後に埋葬者の王の名前が刻まれた墓が映し出されて終了した。サツキさんとズミさんが気づいた弱点を克服する何か仕掛けのようなものは最後まで見受けられなかった。


「兄貴……まさか!」


「師匠。なにか気づいたんですか?」


「あ、いや。なんでもない」


 なんでもないって言う人は大体なんでもなくない。師匠は匠さんの狙いに気づいたようだけど、俺に教える気はないようだ。その状態で無理に訊くのも、空気読めてない感じがするし……ここは大人しくしておこう。

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