第164話 ケテルの新衣装
セフィロトプロジェクトの公式アカウントからお知らせがあった。所属しているVtuberの白石ケテルの新衣装が本日お披露目となる。新衣装の詳細はまだ発表されていないが、衣装をデザインしたのはケテルのデザインをした人と同じ。虎徹さんという人が彼女のママなのか。
コンペ開催期間ということもあってか、ケテルの新衣装の注目度は各段に上がっている。これがコンペの審査に直接影響を及ぼすというわけではない……が、優勝予想をしているファンの間では、虎徹さんの現在の実力を測るための試金石となりえるのだ。
俺もライバルの情報はチェックしておきたい。だから、今日のお披露目ライブはチェックしようと思っている。しかし、俺もコンペ参加者だ。待ち時間はきちんと自分の制作に充てよう。
作中の王女のデザインやモデリングも俺がやらなければならない。王女の容姿については、作中における描写を忠実に再現しようと箇条書きにしてみる。この箇条書きを元に自分のイメージを創り出せ。文章で不十分なところは、俺の想像で補完する。なにせ、ウェブ小説は多くの場合は挿絵がない。中には、絵師に依頼したり、自分で描いている人もいるけれど、そっちの方がレアケースだ。つまり、デザインは俺のイメージによるところが大きくて、元の画像イメージがないので下手なデザインになったら全て俺の責任である。いくらお金を払ったとはいえ、人様の原作を使用させてもらうのだ。失敗は許されない。
王女のイメージ……なにか参考になるものがあったのだろうか。そういえば、昔、家族で夢の国の遊園地に行った時に、真珠がプリンセスの恰好をしてたっけ。その時の写真はまだあるのだろうか。ちょっとアルバムを探してみるか。
物置と化している部屋に行くと、アルバムが棚に陳列されていた。アルバムは普段から見るようなものではないが、思い出が詰まった大切なものだ。ふとした時に見るだけで良い。それだけで十分価値がある。
俺はアルバムの1つを取り、めくった。懐かしいな。父さんも母さんもこの時はまだ若いな……お、あった。真珠がコスプレしている写真だ。当たり前だけど今の真珠と全然印象が違うな。
当時の真珠は髪が長かったし、今みたいに活発ではなかった。それこそ、大人しくてお淑やかなお姫様と言った感じだったな。知らない間に、髪をばっさり切ったし、男子顔負けの活発さを得たスポーツ少女になったな。人って変わるものだなと真珠を見て思うし、昔から変わらずの姉さんのアホ面を見ていると進歩しない人間もいるもんだなとも思う。
昔を懐かしんでしばらくアルバムを見てしまう。そうこうしている間にどんどん時間が経ち、ケテルのライブの時間が近づいてくる。しまった。ついつい、本来の目的から脱してしまった。とりあえず、真珠のプリンセスの写真をスマホで撮って保存しておこう。ケテルのお披露目が終わったら、SPさんの真珠の国の王女の文章イメージを元に、この写真を基点にデザインしよう。
◇
パソコンの画面の前で静かに待つ。まだライブ配信前だと言うのに既に同時接続数が1万人を超えている。それだけ、ケテルの新衣装に期待が集まっているのだ。そして、ライブ開始時刻になり数秒の後に、アニメーションが流れた。三味線の音、和風を基調にした落ち着いた感じの背景。俺は別にケテルの大ファンというわけではない。ただ、娘のビナーと同期だなという程度にしか思ってない。それでも、開始数秒で、一気に引き込まれた。
日本人が脈々と受け継いできたDNAに訴えかけるなにかが、この作品から感じられた。今まで和風な作風に関係なかった人間が急遽作った付け焼刃ではない。まるで何年もそうした伝統の世界に触れてきたような人間が織りなす世界が感じられたのだ。
画面に表示される障子。そしてそこに映し出される女性のシルエット。かんざしで髪を結い、着物を着ていることが一目でわかる。見たい。早く、この障子を開けてシルエットではない女性の本当の姿を拝みたい。そう言う風な期待感を煽る演出。そして、障子の戸が焦らすようにゆっくりと開けられて、そこにいたのは着物を少しセンシティブになりすぎない程度に着崩したケテルの姿だった。
新衣装のお披露目でここまでコストをかけるものなのか。専用のアニメーションを作って貰えるなんてケテルも凄い好待遇だな。外部の会社に作らせたのだろうか。
そして、画面が配信画面に移る。ケテルの3Dモデルが表示されて、彼女のマイクをテストする声が聞こえる。
「みんなーケテル見てる? セフィロトプロジェクト三期生の白石ケテルです」
V特有の変な挨拶と共に配信がスタートした。俺は和装に関してはズブの素人なので詳しいことは言えないけど……この着物は全体的な生地は淡い色ながらも、仕上がりは鮮やかで綺麗だ。けれど、決して派手すぎるということはない。ケテルは落ち着いた大人の感じをイメージしたキャラである故に着物も少し落ち着いたデザインにしたのだろうか。決して着物に着られているわけではない。着こなしている感じがする。着る対象に合わせてデザインしたと俺は勝手に推測している。
「オープニングムービーを見ましたか? 凄かったですよね。あれは全部、虎徹ママが作ったんですよ」
なんだと……! あのアニメーションを作ったのが虎徹さんなのか。コンペ前にとんでもないものを披露してくれたものだ。ケテルの新衣装作成決定のタイミングから逆算すると、衣装のデザインや実装。アニメーションの作成はコンペより少し前辺りか? 虎徹さんは1年ほど前から活動を始めたクリエイターっぽいし、目立った情報が全然なかった。だから、優勝予想の順位では下位の方に沈んでいたけれど……この配信をきっかけに跳ねる可能性は十分ある。
その後も、ケテルが新衣装を褒めちぎって全身図を見せた後にいつもの雑談配信をする流れになった。
その配信が終わった後、昴さんからコンタクトが来た。
「お兄さん。ケテルの新衣装見た?」
「ええ。見ました……全くのノーマークだったところから、とんでもない逸材が出ましたね」
「兄貴の情報によると、ケテルのママは平均的な地力は高かったけれど、突出した何かがないからずっと伸び悩んでいた。けれど、今年になって和のテイストを取り入れたらそれが嵌って爆発的に伸びた……と言う感じらしい」
「今年に入ってから!? 何の冗談ですかそれ。あの味は一朝一夕で出せるものじゃないはずです」
「そうみたいだね。兄貴もかなり驚いていた。それだけ、彼が真剣に取り組んでモノにしたってことだね」
なんということだ。努力か才能かあるいはその両方かわからない。けれど、とんでもないクリエイターがまだまだいるなんて……面白くなってきた。
「まあ、ここだけの話、ちょっと複雑な想いもあるんだ。俺はお兄さんを支持する立場だけど、兄貴と姉貴だけでなく……幼馴染まで敵対することになるなんて」
「え? 幼馴染?」
「そう。ケテルのママの虎徹は俺の幼馴染。学年は俺より1個下だけどね。同じ町内に住んでいたから、町内会で仲良くなって家族ぐるみの付き合いをしているんだ」
「そうだったんですか……」
ん? 大学生の昴さんより1個下? ってことは、結構若いのか。年齢的には、まだ未成年か?
「虎徹は昔から、なぜか兄貴をライバル視していてね。多分クリエイターの世界を目指したのも兄貴の影響が強いんじゃないかな」
「なるほど……」
「まあ、俺や姉貴とは普通に仲がいいから、そこまで悪い奴じゃないよ。見た目は厳ついけどね」
昴さんが厳ついと評する見た目。どんなものか気になるな。
「ところでお兄さん。例の下馬評の最新情報はチェックした?」
「いえ。まだです」
「虎徹が大幅な伸びを見せていて、ショコラの順位をついに抜かしたんだ」
「そこまで伸びたんですか?」
「ショコラの得票率は8パーセントにまで下落。と言うより、虎徹が伸びた分、全体の得票率は下げられたんだけどね」
ついに1つの基準である9パーセントを下回ってしまったか。まあ、俺の実力を考えれば8パーセントでも貰いすぎな気はするけど。
「お兄さんも成長しているし、テーマも決まっていい感じにことが運んでいるようだけど……ライバルたちも凄まじい成長を遂げている。このコンペは相当厳しいものになると思う」
「ええ。最初からそれは覚悟の上です。だから、怯まずに全力で挑みます!」
「流石お兄さん。中々に強いハートを持ってる。俺はここで落ちるけど、また何かあったら連絡するし、困ったことがあったら相談してくれ」
「はい、わかりました。いつもありがとうございます」
昴さんとのビデオ通話が切れた。寂しくなったディスプレイを見て、俺はため息をついた。
俺だって成長している。でも、それ相応の時間は支払っているし、時間の流れはみんなに平等だ。俺が成長した分、周りも成長しているし……中々追いつけないなこれは。
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