第165話 急展開やめろ

 よし、真珠の国の王女のモデリングは終わった。もう少しブラッシュアップをしたいところだけど、一旦はこれで仮置きしよう。モデリングの技術もある程度は評価の対象にはなるだろうけど、ショコラやビナー並の制作コストはかけられない。王女のモデルに値段をつけるとしたら、ショコラやビナーよりも低く見積もられるだろう。


 だが、それも仕方のないことだ。なにしろ期限があるわけだから、それに間に合わせなければならない。時間という制約がある中でのクオリティの取捨選択も重要になってくる。品質の高いものを期限過ぎた後に提出しました。これが通るような世界ではない。


 王女のモデリングはこれでいいにしても、王女の相手役となる使用人の少年については、あんまり描写がないからこちらは自由にやっていいのだろうか。男性用の骨格を流用して創り上げていくか。


 隣国の王子は……ストーリーでは重要キャラだけど、直接王女に会っているわけではない。だから、シルエットでの登場程度でいいか。それなら、コストは安く見積もれる。


 問題は背景だよなあ。真珠の国の城……多分、世界観的には西洋風の建物をイメージしているんだろう。ネットでそれっぽい西洋の城でも探そうか。でも、こういう写真って表紙で使う用の大抵見映えがいい角度でしか撮られてないからな。あらゆる角度から撮影した参考資料が欲しいけど、見つかるかな。


 とりあえず、王女のモデリングの制作を終えて一段落した俺は休憩を取ることにした。リビングまで行き、冷蔵庫から買い置きの缶ジュースを手に取り自分の部屋まで持っていく。缶ジュースを開けて、それをちびちびと飲みながら、ネットの巡回でもしよう。


 メッセージアプリを立ち上げると、ズミさんからメッセージが来ていた。初めて会った時に、お互いのIDを密かに交換していていたのだ。


Zumi:琥珀君。ケテルの新衣装見た? 虎徹君があんなに力を付けていたなんて思いもしなかった。元々は、全体的な実力は全部平均以上はあるけど、得意分野がない器用貧乏タイプな子だったのに、和風テイストという強力な武器を手に入れたから、一気に注目株になったよね


 ズミさんは虎徹さんのことを意識していたんだ。昴さんも言っていたけど、虎徹さんは元々がオールラウンダータイプだっただけに、和風だけでなく色々なところに対応できる力もあるってことか。


Amber:ええ。見ました。凄かったですよね。あれは優勝してもおかしくないと思います


Zumi:だよね。一方で僕はまだ優勝予想では最下位。まあ、期待されたらそれはそれでプレッシャーだから良いんだけどね……琥珀君はいいな。まだ高校生だし、こんな魔窟に放り込まれずに済んで


 確かに俺はまだ高校生だけど、既に魔窟に放り込まれている。ショコラの正体が俺であることは、里瀬家と青木さんを始めとした一部のスタッフしか知らないことだから仕方ないけど。


Amber:もちろん、ズミさんが優勝してもおかしくないと思ってますよ


Zumi:ありがとう。お世辞でもそう言ってくれると嬉しいよ


 俺もやるからには勝つつもり、優勝を目指しているが、正直誰が優勝したとしても、この人に負けるなら悔いはないと思えるような人ばかりだ。優勝賞金や賞品は一応用意されているものの、それ以外は何も賭けてない状態なので胸を借りるつもりで挑めている。


 さて、次は小説サイトの巡回に行くか。と言っても、現状チェックしているのは、例の原作小説だけど。お、丁度最新話が投稿されているな。ちょっと読んでみるか。前回は、王女が使用人の少年と駆け落ちをして、国境を抜けようってところまで話が進んだんだよな。だとすると、今回は国境を越えるところまで行くのか? 楽しみだな。


 そう思って読み進めてみる……そして、肝心のシーンに辿り着いた。


―———

「王女様。国境には警備兵がいます。このまま国を出るのは厳しいと思います」


「ええ。そうみたいね。出国証なら既に偽造したものを持ってきたけど、流石に私たちの顔は割れているはず」


 既に王女と少年は、国中から捜索されている。名目上は行方不明者の捜索だけど、実際の捜査体制はお尋ね者をひっ捕らえる時と同等の警戒網が敷かれているのだ。

―———


 行方不明者とお尋ね者。いつぞやのワードウルフを思い出すな。なんか、そう思うとこの王女がビナーに見えてきた。まあ、この王女は活発な性格だし、女性的な要素を盛ったビナーとは全く関連性はないわけだけど。


―———

「まずい。兵士がこっちに来てる。裏路地に逃げ込もう」


 王女は少年の手を引いて裏路地へと掛けていった。裏路地の建物の影に隠れて息を潜める。兵士が通り過ぎるのを待つが……兵士はなにを思ったのか裏路地へと入ってきた。


 まずいと2人は思うも、裏路地の奥は行き止まりになっている。正に袋小路で捕まるのも時間の問題。王女は近くに会った建物のドアのドアノブに手を振れる。ガチャガチャを動かしてみるとカギがかかっていない。


 知らない人の家に勝手に入るのは気が引けると言っている場合ではない。逃げた先で住人に鉢合わせする可能性もあったが、背に腹はかえられない。王女はドアを開けて、少年と一緒に静かに家の中に入った。


 家の中はカーテンが閉め切っているのか薄暗かった。奥に人の気配がする。相手も王女たちの侵入に気づいたのか、ガサゴソと音を立てる。その後に、蝋燭の灯りがぽっと付き、醜悪な顔をしたすきっ歯の男が生気のない目で王女たちを見つめた。


「ヒカリ生まれる場所……」


 すきっ歯の男は、王女たちを指さしてそう呟いた。王女たちは、この男が何を言おうとしているのか全く分からなかった。意図の読めない謎の言葉にただ困惑して黙るしかなかった。


「ヒカリ生まれる場所……」


 すきっ歯の男はやや苛立ちながらも再び同じ言葉を呪詛のように呟く。


「あ、あの……勝手に入ったことは申し訳ありません。ですが、私たちは今追われているのです。匿ってくれないでしょうか?」


 使用人の少年が男の話しかける。それに対して、男はため息をついた。


「はあ……アンタら、この店の合言葉を知らないのか。なら、表の世界の住人だな。帰りな。ここはガキの来る場所じゃない」


 すきっ歯の男は、出ていけとジェスチャーで語る。しかし、この場から出ていくわけにはいかないと王女は食い下がろうとする。


「待って! 私はこの真珠の国の王女。財宝なら、国からある程度持ち出してある。これを上げるから匿って欲しいの」


 王女が黄金のネックレスを見せると、生気がなかった男の目が輝いた。


「これは独り言だが……光は空からやってくるらしい。だから、【ヒカリ生まれる場所】と問われたら、【ソラ】と答えるのが俺たちの仲間の証だ」


 男はそう言った後に、最初に発言した通り、もう1度「ヒカリ生まれる場所……」と呟いた。


「ソラ……」


 王女が答えると、男はすきっ歯を見せるように大きく笑った。


「いらっしゃい。ここは。非合法な仕立て屋さ。表じゃ言えないような仕事をしている者が、足がつかないように変装するための店。あんたら追われてるんだろ? なら、丁度いい。金さえ払えば、どんな姿にもしてやる」


「変装専門の仕立て屋ね……正に渡りに船。ありがたく使わせてもらうよ」


「おっと、そっちの王女様は問題ないけど、そこの少年。悪いけど、男性用サイズは大きい目のサイズしかない。詳しく採寸しないことには何とも言えないが、お前が着れるサイズは……女性ものしかないだろう」


「え? それってどういう」


「まあ、お前は可愛い顔つきだからな、案外女装が似合うかもな。化粧品も取り扱っているから、男だとバレないように仕立て上げてやるよ」


「ええぇ~!」


―———


 え、なにこの急展開……使用人の少年が女装するなんて聞いてないんだけど。これはアレだよな。結局女装はしないって流れだよな? って思いながらも読み進めるが、少年が初めての女装でドキドキしたりするシーンや、王女に可愛いと愛でられるシーンがあって……まあ、女装するのは確定路線になってしまった。


 原作に忠実にモデリングするなら、少年を女装が似合うような造形にデザインしないといけないわけで……? 俺の当初の少年のイメージ像が崩れ去る音が聞こえる。まだ、モデリングをする前で良かったと思うけど……割ととんでもないことになったぞ。

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