第163話 それぞれのライバル
「兄貴。お兄さんは、やっとテーマを決めて制作にとりかかったところだ。姉貴にも伝えてある」
電話から聞こえてくる弟の声に俺は相槌を打った。そうか、ついに琥珀君が動くか。これは俺もうかうかとしてられないな。
「わかった。ありがとう昴」
「それと……お兄さんはどうやらズミという人を意識しているらしい」
「それは良かったじゃないか。目標とする人物がいる方が人は伸びるからな」
琥珀君はズミさんをライバル視しているのか。ズミさんもビナーを作ったショコラを意識しているみたいだし……操はティファレトとバチバチにやりあっていたな。一方で、俺のライバルは……アイツになるのか? 別に俺はアイツをライバルだとは思ってないけど、一方的にライバル視してくるんだよなあ。
「なるほど。それじゃあ、そろそろ電話切るね」
「ああ、報告ありがとう」
そこで電話が切れた。昴と喋っていたら喉が渇いたな。丁度、今は事務所の休憩スペースにいるし、そこにある自販機で飲み物でも買おう。スマホの電子決済機能を使って、ジュースを買う。昔は、丁度小銭がなくてジュースが買えなくて残念な思いをすることがあったけど、電子マネーならそれはない。良い時代になったものだ。用が済んだスマホはポケットへとしまい、近くにあった椅子に座った。
「お、社長。休憩ですか?」
技術担当の青木さんが休憩スペースにやってきた。丁度休憩の時間が重なったようだ。
「ええ。適度な休憩を挟まないとパフォーマンスが上がりませんからね」
「全くですな」
青木さんも自販機へと向かいジュースを買おうとした、次の瞬間。またもや休憩スペースにずかずかと人が入ってきた。整髪料で固めたツンツンの銀髪で、耳にも舌にもピアスを付けているパンクな恰好をしている騒がしい少年。名は
「オイィ! 匠ィ! こんなとこにいたのかァ!」
「こてっちゃん。休憩スペースでは静かに頼む。俺1人ならともかく、今は青木さんもいる。余計な心労をかけて、仕事に支障をきたしたら責任取れるのか?」
「あ、すみません青木さん」
こてっちゃんは、青木さんの方を向き、頭を下げて謝罪した。それに対して、青木さんは苦笑しながら自販機の取り出し口から缶コーヒーを取った。
「後、匠。こてっちゃんは辞めろ。俺はもうそんな歳じゃねえ。今年で19だぞ」
19なんて社会全体から見たらまだまだガキの部類だ。でも、それを言ったら、またこてっちゃんが騒ぎ出すだろうから、黙っておこう。
「それで、こてっちゃん。何の用だ? キミの担当は俺じゃないだろ」
どれだけ優れたクリエイターでも作品を精査する人間は必要だ。琥珀君のビナーを俺が担当したように、こてっちゃんのケテルも他の担当者がいる。
「ああ、さっき。俺の担当様にケテルの新衣装を納品してきたところだ。俺は俺の仕事を終えてきたんだ。文句あるか!」
まあ、文句があるかどうかと言えば、納品して仕事を終えたんだから、さっさと事務所から出て行って欲しい。でも、あんまりクリエイターを邪険に扱うのもよくない。ここは1つ穏便に対応しよう。
「おお。流石こてっちゃん仕事が早いな。納期までまだ時間があるのに」
「俺をそこらのクリエイター崩れと一緒にするんじゃねえぞ!」
一応、技術面や進行・管理能力をきちんと買っているから、採用したんだけどな。それこそクリエイター崩れとは比較にならないほど高いレベルと判断した結果だ。
「匠ィ! 俺はな! 京都で修行してきたんだ!」
「修行……?」
こいつ何言ってるんだ。今のご時世、そんなバトル漫画みたいなことしてるのか?
「ああ、そうだ。丁度、ケテルの新衣装のテーマを和装に決めたのは知ってるよな? だから、俺は日本の伝統文化を重んじる京都で己の感性を磨いた。京の文化や自然と一体と化して、ついに俺は自分のスタイルを見つけた! そして、そのスタイルは今後の俺のクリエイター人生の大きな武器になるだろう!」
「一応聞くけど……そのスタイルって?」
「気になるか? 気になるか? そこまで言うなら教えてやる!」
“そこまで”は言っていない。教えてくれないなら別にいい。
「それは、日本の伝統文化の【和】【わびさび】! 俺はその心と感性を手に入れたのだ!」
「ええ……」
最も和が似合わない人がなんか言ってる。和を学んだんならもう少し落ち着きを見せてくれてもいいのに。
「匠! 俺はお前に感謝しているんだぜ。お前がケテルのデザイナーに俺を選んでくれたから、そして新衣装の企画をくれたから、俺は和の心を手に入れることができた! だが、残念だったな匠! それが自分の首を絞めることになるんだ。今度のコンペ。俺は和をテーマにして戦う。そして、お前に勝つ!」
こてっちゃんがビシっと俺を指さす。というか、テーマをばらしちゃったよこの人。
「虎徹君。人を指さすものじゃないぞ。特に里瀬社長は、この会社で一番偉い人なんだから、お前呼びも失礼だ」
「あ、すみません青木さん」
なんで青木さんの言うことは素直に聞くんだよ。青木さんには、さん付けで、相変わらず俺には呼び捨てか。まあいいか。こてっちゃんは、俺が会社を立ち上げる前からの仲だからな。でも、事務所内ではきちんと大人の対応を身に付けてもらいたいものだ。
「匠。俺はいつもお前の後ろを歩いてきた。お前がいるから、俺は常に二番手だった」
いや、こてっちゃんの実力は評価しているけど、二番手ではないだろ。
「でも、お前が前にいてくれたから、俺がここまで成長できたのは事実だ。今度は俺が前に立つ番だ! 追い越し追い越され、お互いを高め合って強くなる。それがライバル関係ってものだろうが!」
相変わらず熱い男だ。正直、その熱さは嫌いじゃない。
「ケテルの新衣装の公開を楽しみにしていな。とんでもないことが起こるはずだ」
「ほう……そのとんでもないことって?」
「今回のコンペで誰が優勝するか、その予想がウェブ上で行われているのは知っているか?」
「ああ。エゴサをしてたら引っ掛かった。ありがたいことに俺が1位だったな」
「け、涼しい顔しやがって。取れて当然みたいな顔してんじゃねえ!」
そんな顔してたか。鏡がないから自分の顔見れないし、知らんけど。
「その下馬評で、俺は下位の方に沈んでいたけど、一気にそれを覆してやるよ!」
なるほど。それだけ、ケテルの新衣装に自信があるということか。まだ、見てないけどチェックするのが楽しみだな。
「なるほど……今日はそれを言いに来たと……」
「いや、違う。それはおまけだ」
「おまけ……?」
「京都土産を買って来た。いつも世話になっている礼だ。スタッフの分とVtuberの分もある。みんなで食ってくれ」
こてっちゃんは持っていた袋を俺に手渡した。
「ああ、それはどうもありがとう」
お土産を渡すために俺を探していたのか。さっきは、さっさと出て行って欲しいとか思ってごめん。
「まあ、まだまだ話したりないことはいっぱいある。京都で出されたお茶漬けは美味しかっただの、京都弁の女子ってなんかいいよね? みたいな話もしたかったけど、あんまり休憩時間を邪魔しても悪いしな。俺はそろそろ帰る」
ぶぶ漬け出されてんじゃねえか。そりゃあ、京都人もこんな騒がしいよそ者がきたら嫌だろうな。
「じゃあな。匠。今度のコンペ。2位以外は取るんじゃねえぞ。1位は俺が“獲る”!」
そう言い残して、こてっちゃんは去っていった。
「虎徹君は相変わらず、騒がしい子ですね。」
「まあ、でも実際彼は凄いよ。俺が19の時よりかは確実に実力は上だ。将来的に俺を食う可能性は十分ありえる。その将来が、次のコンペの可能性もね……」
若い世代の活躍は嬉しいものがある。俺はこてっちゃんをライバルだとは思っていない。だって、俺が負けることがあってもそれは悔しいというよりかは、ついに俺を超えたんだなという感情の方が強くなると思うからだ。言ってみれば、弟子だな。弟子。
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