第162話 推しに貢げる幸せ

 カーテンの隙間から光が差し込んでくる。僕はその光に起こされるように目覚めた。腕を軽く上げて伸びをする。そして、机の上に一晩中充電させたスマホを手に取り、小説投稿サイトでの自分の反応を見る。どうせ、ロクに反応はないだろうと予想はできる。しかし、通知が来る可能性も決してゼロではない。僕は、感想の1つでも来てないかと淡い期待を抱きながらブラウザを立ち上げた。


 スマホを操作している僕の指が震えた。なんと通知が来ているのだ。僕は、その通知のメッセージを確認する。匿名希望の人が僕にダイレクトメッセージを送ってきた。その内容を見て僕は心が震えた。


 なんと、僕の小説を原作にしてアニメーションを作りたいと言ってくれたのだ。なんでも近々CGアニメーションのコンペがあるという。結構、注目されているコンペで、多くの人が作品を見ることになるらしい。そんな大事なコンペなのに、僕の作品を使ってくれるなんて、この人は良い人かもしれない。


 しかも、ちゃんと原作使用料を支払ってくれるという。ウェブ小説は公開しているだけでは中々お金がお稼げない。最近では、広告料の一部を作者に還元するサイトもあるが、それでも万単位の金額を稼げるのは一握りの作者しかいない。


 まだ詳細な金額は提示されてないけど、現状の気持ちとしては二つ返事で了承したいくらいだ。むしろ、報酬がなくてもいいくらい……と言うより、金銭が発生するとどうなるんだろう。契約書とか締結するのかな? 僕、まだ中学生でバイトすら出来ない年齢だし、保護者の許可とかいるのだろうか……その辺はバレなければ大丈夫か? でも、銀行口座は親が管理しているから、いきなりお金が振り込まれたら不審に思われるかも。面倒なことになりそうだなあ。


 まあ、報酬はなくてもいいか。とりあえず、僕は了承する旨を匿名希望さんに伝えた。


 今日は朝から良い日だ。こういう良いことがずっと続けばいいのにな。



 学校から帰宅した俺は、パソコンで色々と巡回した。SNSのチェック、Vtuber関連の話題も特に目立ったことはない様子だ。次は小説投稿サイトだな。ここでまた地獄のスコップ掘りが始まる。そう思っていたら、なんとSPさんからメッセージが来ていた。俺はわくわくしながら、そのメッセージを開封する。


 SPさんは原作を使用することを了承してくれた。しかも報酬はいらないとまで言ってくれた。その理由を見た時、かなり衝撃を受けた。なんと、SPさんはまだ中学生で、金銭的なやりとりはあんまりしたくないと言っているのだ。


 世の中に若い才能が溢れているとはいえ、俺より年下だったのには驚いた。中学生でここまでの筆力があるのは感嘆せざるを得ない。高校生の俺よりも明らかに文章が上手いし。


 でも、相手が中学生だからと言って、流石に無報酬なのは俺の流儀に反する。優れたクリエイターにはそれ相応の対価を与えられなければならない。でなければ、クリエイティブな業界はいずれ先細りして崩壊を迎えてしまう。


 世間的にはランキングに載ってない評価されてない作品だ。だけど、俺はこの作品が好きで、この作品だから原作として使用したいと思った。俺が価値を見出したものに、対価を払うのは惜しくない。


 しかし、このまま『報酬を払わせてください』と強引に迫っても押し問答にしかならないような気がする。でも、俺としては報酬を払いたい……あ、別に報酬は現金である必要はないのか。


 俺は通販サイトのアメイジングを開いた。そのサイトは、日用品から学術書までありとあらゆる商品が揃っている凄いサイトなのだ。米国の主要な4つのIT企業群の1つとして数えられているほどだ。


 そのサイトで買い物をすると購入代金に応じてポイントが溜まる。1ポイント1円で使えるのだ。そして、このポイントは直接現金でチャージすることもできるし、ギフトとして他者に渡すことも可能だ。誕生日や記念日の贈答品としても用いられることもある。


 これをアメイジングギフト、通称アメギフをチャージできるコードを送れば、現金ではないので抵抗感は薄まるかもしれない。


 俺は現金の代わりにアメギフを渡すから受け取って欲しいとSPさんにメッセージを送った。


 1時間くらい待ったけど、まだ返信は来ない。SPさんも忙しいのかな。とりあえず、受け取ってくれる前提で考えてみるか。俺が出せるのは10万円が限度ってところか。これ以上要求されたら……後数万程度なら搾り出せないこともないけど、また極貧生活に逆戻りだな。友人と一緒にダーツにもボウリングにもカラオケにも行けない。学校帰りにちょっとカフェに寄ってコーヒーを飲むこともできない。うーん。定期預金に多く入れ過ぎたかもしれない。



「今日は、女装子好き好き侍さんから頂いたワンピースを着て配信してます。へへ、この胸元のリボン可愛いでしょ。ちゃんと全身映ってるかな? え? 回って欲しい? うん、いいよ」


 ああ、いいなあ。好き好き侍さん。またヒカリちゃんにプレゼントした服を着てもらっている。僕もヒカリちゃんに僕の趣味の服を着て欲しい。


「え? 俺が贈ったショーツは付けてくれないのか……ちゃんと付けてるよピーターさん……いやいや、流石に配信で見せられないよ。全くえっちなんだから」


 はあ……やっぱり、報酬を断ったのはもったいなかったかな。原作使用料の相場はいくらか知らないけど、1万円くらい貰えたのかな。いや、それは流石に欲張りすぎか。書籍化もしてない素人の小説なんて5000円くらいで買い叩かれてもおかしくないかもしれない。5000円でも、僕の月のお小遣いより高いよなあ。そこそこ色んなものが買える値段だし、ヒカリちゃんの喜ぶものも買えたりするのだろうか。


 僕は憂鬱な気分になりながらも、ちゃんとヒカリちゃんの可愛いワンピース姿を目に焼き付けた。


 ヒカリちゃんの配信を終えると、例の匿名希望さんからメッセージが届いていた。どうしても報酬は受け取って欲しい匿名希望さんは、アメギフをくれるらしいのだ。アメイジングは僕も使っているし……ヒカリちゃんにギフトを送ることもできる。現金じゃないなら、そこまで抵抗はない。銀行口座は親が管理しているから、振り込まれた時に親に突っ込まれる可能性がある。けれど、アメギフなら親の監視外だから気兼ねなく受け取れるぞ。


 僕は匿名希望さんの機転に感謝しながらも、アメギフなら受け取れることを伝える。そうして、次のメッセージで、僕は衝撃的な金額を目にした。なんと、この匿名希望さんは僕の小説に10万円の価値を見出してくれたのだ。


 別に僕の小説の著作権を譲渡してくれという話ではない。著作権はそのままで、あくまでもアニメーションに使うだけだ。それだけの利用で、10万……? 凄い。これが大人の世界。大人の財力。万札をロクに触ったことすらない中坊には想像ができない。


 素人の駄文にここまでの価値を付けてくれたのは本当に嬉しい。これも全て、真珠ちゃんが僕に小説を公開するように言ってくれたお陰だ。もし、僕が小説を公開しないまま、ずっと自分の胸の内に秘めていたら起こらなかったことだ。僕は真珠ちゃんに感謝した。そうして、ますます彼女のことが好きになってしまった。


 さてと。10万円が手に入ったら何しようか……欲しかったゲームや本も買えるし……ヒカリちゃんに着て欲しい服を送ることだってできる。流石にどこぞの変態みたいにショーツは送らないけど、いつも配信で元気を貰ってるお礼はしたい。ヒカリちゃんがいるからこそ、僕は頑張れているんだ。その恩返しがやっとできる。


 僕は匿名希望さんから送られてきたギフトコードを見て1人でニヤニヤと今後のことを想像した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る