第161話 線で繋がる点と点

 もう何本のスコップを折ったかわからない。まあ、良作はあるにはあった。緻密な心理描写や頭脳戦がウリのデスゲームものだけど。この小説の面白さは、人間の心の機微にある。心理描写をキャラクターの所作で表す方法はあるが、詳細な思考は文字か音声で伝えなければならない。3Dグラフィックの技術を競うコンペ。当然、文字や音声が加点要素になるわけがない。この小説はグラフィッカーの腕を見せつける用途で原作として使用するのは不向きだ。


 他にもあった。カフェでマスターと客が会話する文芸寄りの作品。文字にすると面白い。でも映像にしたところで、派手さもなければ、ほとんど動きもない。評価点はグラフィックの美麗さのみになりそうだ。わざわざ、アニメーションのコンペを開くくらいだから、なにかしらのアニメ特有のギミックが欲しいところだ。しかし、この作品でそれを表現するのは難しいだろう。少なくても俺の現在の技術と表現力では扱えそうにもない。


 面白い作品でかつ、映像化に向いている。そういうものを探すのは中々に骨とスコップが折れる。ランキングを掘ってみても、書籍化作品や書籍化決定済みのものが多いし、されてなくても映像化が難しいのもある。それに、トラックと交尾するつまらないものもある。ランキングの小説が全滅した時は泣きそうになった。


 新作小説はランキング以上に魔境だ。藤井が言っていたけれど、ウェブ小説界隈にはランキングがゴミばかりだとケチをつける層がなぜか一定数いるようだ。俺はそいつに言いたい。ランキング以外はもっと酷いぞ……と。正直、トラック交尾が面白い作品に思えてるほどの錯覚を起こしそうになる。工業高校に行った中学生時代の友人。彼が送ってきたクラスでモテている女子の写真を見せてもらったことがある。その写真を見た時、そのクラスの正気を疑ったけど、今ならわかる。人間の価値観は簡単にぶっ壊れる。だから、定期的に良質なものに触れる必要がある。


 しかし、新作小説での掘りにもいいところはある。それは頻繁に入れ替わるので、多くの作品に触れる機会が訪れること。もう1つは、作品が確実に生きていることがわかること。これもまた藤井が言っていたウェブ小説あるあるだけど、続きが更新されなくなるエターナルという現象が頻繁に起こるらしい。まあ、Vtuberも気づいたらサイレント引退していた人もいるみたいだし、どこの界隈でも十分起こりえることなんだけどウェブ小説は特に多いらしいのだ。


 新着に載っている作品は作者が更新する意欲がある可能性が高い。そういう作品でなければ、作者そのもののアカウントが死んでいてコンタクトが取れない事態にも発展しかねない。だから、生きている小説が好ましい。


 さて、そろそろ新作小説をまたチェックするか。いいのが流れているといいなあ。



「みんなー。こんばんはー。今日もみんなに会えて嬉しいな。えへへ」


 僕は画面に向かって、思わずため息をついてしまった。ヒカリちゃんはどうして男なのにこんなに可愛いんだろうか。可愛さで言えば、真珠ちゃんにも匹敵するくらいだ。今日起こった嫌なこともヒカリちゃんの笑顔を見れば忘れられる。時光の野郎と真珠ちゃんが2人並んで仲良く歩いていたのを見かけた時は、本当に嫉妬で頭がおかしくなりそうだった。でも、いいんだ。僕にはヒカリちゃんがいる。


『ヒカリちゃんは男の子と女の子どっちが好きなの?』


「えーと……男の子と女の子どっちが好きかー。うーん? 良く訊かれるんだけど、今日は思い切って言うね」


 なんだと。いつも、この手の質問をスルーしてきたヒカリちゃんがついに、どっちが好きかを言うのか。なんだろう。ドキドキしてきた。別に僕は男が好きなわけじゃないのに。


「それは……ひ・み・つ。えへ。その方が夢があるでしょ? お好きな方で想像してもいいからね」


 う、やっぱりはぐらかされた。でも、正直安心している僕がいる。もし、ヒカリちゃんが女の子が好きって言ったら、それはもう失恋に近い感情を持ってしまうかもしれない。僕は物理的に女子になれない。つまり、ヒカリちゃんは、どう足掻いても僕に魅力を感じてくれないわけで……そうなったら本当に辛い。


 でも、例外はある。それは僕が好きな真珠ちゃんとヒカリちゃんがイチャイチャしている姿を見れるんだったら……ヒカリちゃんが女の子が好きでも救われると思う。なんというか……想像するだけで尊すぎて言葉が出てこない。


「あ、そうそう。【女装子好き好き侍】さんのギフト届いていたよ。いつもありがとうね。大好き」


 う、度々名前があがる女装子好き好き侍さんめ。きっとお金に余裕がある社会人に違いない。いいなあ、社会人は推しに貢げて。僕はまだ中学生で働くことが出来ない。お金も稼げない。だから、ヒカリちゃんにプレゼントを贈ることもできやしないのだ。


 あーあ。どこかにお金が舞い込んでくる話がないだろうか。ないか。世の中、そんな都合よく回るはずがない。ただ単に、日常で満たされない想いの代替行為として小説を書いているくらいしか、能がない僕がお金を稼げるわけがない。


 その後もヒカリちゃんの雑談配信は続いた。ヒカリちゃんのトークは面白くて、男性リスナーのツボをよくわかっている感じだ。まあ、ヒカリちゃんも性別は男なんだから、その辺はわかっているのは当然だし……そこが女性ライバーとは差別化できているポイントだと思う。


「あ、もうこんな時間。寝不足はお肌の大敵だし、そろそろ配信は終わるね。みんな今日は来てくれてありがとう。またねー。ばいばーい」


 画面に向かって手を振るヒカリちゃんの姿を最後に配信は終わった。今日も楽しかったな。確かに、もう遅い時間帯だなあ。そういえば、真珠ちゃんに言われて投稿を始めた小説。そろそろ予約投稿されている時間か。あんまり伸びてない作品だけど、一応見てくれている人はいるから完結までは続けるつもりだ。



「なんだこれ……なんだこれ!?」


 思わず2回同じセリフを言ってしまった。それほどまでにこの作品は……この作品は……面白いのだ。


 なぜ、この作品が今まで埋もれていたのか。全く、俺には理解に苦しむ。映像化しても面白い要素はあるし、これは今までの中で1番の当たりじゃないのか? このヒロインにもなぜか親近感を覚えるし、上手く扱える自信がある。


 この作品を見つけたことで、俺はスコッパーとして新たなステージに立つことができた。これからも面白い作品は発掘していこう。そして、ブログとかも開設して、面白い作品があったら宣伝して、それがランキングを左右するほどの影響力を持つようになりたい。言わば、ウェブ小説界のインフルエンサー。それを……目指さないわ。俺の本来の目的を忘れるんじゃない。


 えーと……作者名はSPさん? なんか要人の護衛をしてそうな名前だなあ。そんなことは置いておいて、この人にメッセージを送るか。


 俺は、小説の感想と自分が今置かれている状況、そして、小説をアニメーションの原作として使いたい旨をメッセージに書き送信した。もちろん、少額ながら原作使用料は払うとした。一応、俺の出せる限界ギリギリの額までは払うつもりでいる。その金額で納得してもらえないなら、俺はもう諦めるしかない。ストーリーを作ったことがない。シナリオも書いたことがないド素人ショコラのドヘタクソワールドなアニメーションが出来上がるだけだ。


 いい結果が返ってくるといいな。そう思って、俺は今日も寝るのであった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る