第160話 自虐

 昴さんのコンタクトがあった翌日、俺はいつものように登校して授業中や休み時間に色々と考えてみた。


 昴さんは、シナリオ依頼をするんだったら早い方がいいと言ってくれた。プロでもシナリオを1から作るには時間がかかる。シナリオの完成を待っていたら、コンペの提出期限を過ぎていたなんてことになりかねない。


 つまり、プロに依頼するルートを辿るなら、俺は定期預金を解約しなければならない。年利0.4パーセントと今のご時世ではそこそこ良い定期預金をだ。


 この定期預金はキャンペーンで契約したもので、その分年利は高い。けれど、今はもうキャンペーン期間は終了しているし、同じ条件で預けることはほぼほぼ不可能だろう。つまり、下手に手をつけたくないのだ。


 満期になる5年後……俺が成人して自由に資産運用できる年齢になる頃には数万の金が入ってくる。何もしなくて数万だ。俺がVの者になって必死になって宣伝して、ようやく3Dモデルを売って……そんな苦労をして手に入れた額と同等以上のお金が何もしてないのに入ってくる。


 そうなったら預け入れていたお金と年利で得た利息で、好きなことができるようになる。成人すれば、海外旅行にも自由に行けるようになるし、自動車だって買える。ローンも組めるようになるから、少しお高い買い物もできるようになる。


 つまり、解約しないメリットも大きいわけで、それを天秤にかけた時に安易に使っていい金なのかどうかは判断がつかない。


 昼休みに、三橋と藤井と一緒に昼食を食べていたら、藤井が先に食べ終わった。食事を終えた藤井は、「ちょっと失礼」と言い、ポケットからスマホを取り出して何やら画面を見てニヤニヤしている。


「どうした藤井。面白い動画でも見ているのか?」


「違うよ賀藤君。最近ネット小説を読むのに嵌っていてね。面白い小説を見つけたんだ」


 ネット小説! 全く盲点だった。ネット小説に投稿している人は殆どが素人だろう。つまり、プロに比べて品質は多少劣るだろうけど、格安で小説を原作として使わせてくれるかもしれない。


「藤井。今、読んでいる小説を俺に送ってくれないか?」


「うん。いいよ。URL送るよ」


「なんだなんだ琥珀。活字離れの権化が小説を読もうとしているのか?」


「三橋。お前には言われたくない」


「俺だって小説くらい読むぞ。最近読んだ本で面白かったのは、走れメロスだ。初めて読んだけどいい話だったぞ」


「それ義務教育で習うやつだぞ。お前絶対授業聞いてないだろ」


 こいつ、こんなんでよく高校に入れたな。三橋と同じ高校にいるのが恥ずかしくなってきた。


「送ったよ」


「おう、ありがとう」


 俺は藤井から貰ったアドレスのリンクから飛んで、ウェブ小説のページを開いた。


【ケモミミ美少女に轢かれて死んだ俺。異世界でトラックに好かれてハーレムを築くことになった。お俺は金属のボディは趣味じゃねえのに、全く困ったぜやれやれ】


「なにこれ、あらすじ? タイトルはどこ?」


「いや、そのあらすじっぽいのがタイトルだよ」


「え? 嘘だろ」


 おいおい冗談じゃねえぞ。あらすじとタイトルの区別もつかねえのかよ。こんなタイトルだったら俺でも付けられるわ。俺の人生を振り返って、この小説風なタイトルを付けてみるか【自作3Dモデルの素材を宣伝するためにVtuberになったら予想外に人気出てしまった】ってところか? 誰が読むんだよ。こんな長いタイトル。アホか。


「まあ、とにかく読んでみるか」


 俺はページを下にスクロールさせて、プロローグから順に読んでいった。読んだ感想は……恐ろしくつまらないな。車道を走っているケモ耳美少女が唐突に出てきて、主人公を轢くのが意味わからない。この展開に“引く”わ。


 それで、異世界のなんか偉い神様が出てきて、ペットの獣人族を逃がしたせいで、お主は死んだ。ごめんねテヘペロ(意訳)ってことで、責任を感じた神様が、主人公を異世界に転生させることにした。


 まあ、意味が分からない。なんで現世で転生しないのか。異世界を経由する必要は何?


 そして、異世界に辿り着いた主人公は、トラックに拾われてそこからハーレムでイチャイチャするだけのクッソつまらない駄文が延々と続いていた。


 しかも性描写あるじゃねえか。なにがこれが本当のカー〇ックスだよ。作者変なクスリやってるんじゃないだろうなあ。


「藤井。お前、本当にこれが面白いと思ったのか?」


「面白いに決まってるじゃないか。これは月間総合1位の作品だよ」


「月間……? なんだそれ」


「読者は小説の続きを読みたいと思ったら、その小説を本棚に入れることができる。更に面白いと思ったら、評価点を付けることができる。本棚に入れてる読者と評価点の合計が高い作品がランキングに載れるんだ」


「へー。そうなんだ。俺も評価つけていいかな。マイナス3くらいで勘弁してやるよ」


「残念。評価は加点しかなくて、減点はないんだ」


 なるほど……加点しかしないから注目を集めた方が伸びるということか。ショコラが下馬評で順位高いのと同じようなものか。加点しかないから、目立てばその分点数は入る。ただ、マイナス点が入ると目立つのが逆効果になることもある。あの下馬評もマイナス点が付けられるんだったら、順位は入れ替わっていたと思う。なんか自分で言ってて悲しくなってきたな。ショコラの実力はトラックハーレムと同レベルかよ。


「まあ、好みにあうあわないは人それぞれだからね。ランキングに好みの作品がないならスコップしてみるのも面白いかもね」


「スコップ?」


「埋もれている作品を発掘するということだよ。新着から地道に探していくか、自分の好みのワードで検索してみるか……まあ、色々やり方はあるよ」


「ふーん。そういうのがあるんだ……」


 ランキングが似たようなのしかなかったら、スコップするか。もしかしたら、俺の好みに合致している作品があるかもしれない。


【神様から貰った麻雀牌で無双する。これが俺の七対子チートイツ能力だ!】

【勘違いから始まるすれ違いラブコメ。俺「コアラってユーカリの葉を食べるらしいよ」 ゆかり「私の歯を食べるの!?」】

【将棋星人が攻めてきたので、ドミノで倒してやるよ! って思ったら、ドミノ倒ししました。チクショー!】


 うわあ、なんだこの魔境は。これがランキング上位? これが、サイトを代表する作品? 申し訳ないけど、これより下の順位には全く期待できない。どうせ、これより酷いのが転がっているんだろ。


 そう思って、俺は何気なく新着の連載小説を読んでみた。これが中々に面白い。活字が嫌いな俺でもスラスラと読める軽い文体。なんでこれが1位じゃないのか理解に苦しむほどに凄かった。


 よし、帰ったらこの作者さんにコンタクトを取ってみよう。上手いこと説得したいな。


 帰宅後、俺はショコラの名前を伏せて、面白い作品を書く方の作者さんに小説を原作にアニメーションの原作にさせて欲しいとメッセージを送った。その返答が……


『ごめんなさい、私の一存では決められません。せっかく、お誘い頂けたのに申し訳ありません』


 う、ダメか。やはり素人とはいえ報酬は安すぎたのかと思った。そして、その作者んがSNSで呟いていた。


『初の書籍化が決定しました!! みな様のお陰です』


 あー……出版社に先を越されていたか。流石に書籍化となると作品は作者だけのものにはならない。出版社にもある程度の権利はあるはずだ。つまり、作者の一存で作品を好きにするわけにはいかなくなるのか?


 だが、突破口は見えてきた。面白い小説をスコップして、またコンタクトを取って、仕事の依頼をする。そうすれば、ある程度は依頼料を抑えることができるはずだ。高校生の小遣い程度で払えるほどに抑えたいところだけど……いけるか?

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