第154話 コンペの誘い

 今日は匠さんの会社のオフィスに招かれた。俺に合わせたい人がいるって言ってたけど誰だろう。俺はスタッフと来客用の表の入口からオフィスに入った。このオフィスには裏口があるらしく、そこからVtuberの演者が入ることになっている。立ち入り禁止区域にでも入らない限りは、建物の構造上は、Vの中の人と来客者がウッカリ会うことはない。


 だから、入口でウロウロしているこの人は、Vtuberの演者ではなくスタッフか何かだろう。そう思っていたら、丁度匠さんがやってきた。


「お。琥珀君に、ズミさん。よく来てくれましたね」


 ズミさんと呼ばれた隣の人も匠さんの来客なのか。なんか落ち着かない様子で目が泳いでいる。メガネをかけていて、サラサラとした髪が特徴的な女性だ。服装は野暮ったい黒色で統一されていて、お世辞にもお洒落とは言えない。


「は、はい! ご、ご機嫌麗しゅう!」


 なんだこの人は……急に変な挨拶をしたな……


 恐らく変人であろうズミさんと一緒に俺たちは会議室に通された。


「では、紹介するね。こちらはズミという名前で活動しているCGクリエイターの魚住うおずみ 龍之介りゅうのすけさんだ」


「魚住です。ズミは学生時代からのあだ名です。ハイ」


「あ、どうもよろしくお願いします」


 ん? あれ? この人見た目と声からして女性だと思ったけど、名前が龍之介……? あれ? この人の性別はどっちだ?


「そして、こちらの高校生が賀藤 琥珀君。妹の一番弟子と言ったところですかね。その才能も実力も将来性も私は高く買ってますよ」


 そこまで、徹底的に褒められるとなんか照れる。


「あ、あの! リゼさんの弟子!? 社長の妹さんの? しかも、評価が厳しい社長に実力を認められているなんて……ああ、こんなに若い才能が世にあったなんて。なんて理不尽なんでしょうか。それに比べて、僕はリゼさんより年上なのに未だに芽が出ず……同じ人間なのにどうしてこんなに差が出てしまうのでしょうか」


 この人、師匠より年上なんだ……それにしては、なんかあんまり自信がなさそうというか頼りなさそうというか……


「こちらのズミさんは本来なら、ビナーのキャラデザとモデリングを担当することになっていた人だ。ただ、ちょっとしたトラブルに巻き込まれてそれが頓挫してしまったけどね」


 そういえば、最初に俺がビナーの仕事の話が舞い込んできた時に、匠さんが言ってたな。担当者の両手が骨折して、その代わりに俺が選ばれたって。その人がこのズミさんなのか。


「ズミさん。もう両手は大丈夫なんですか?」


「はい。お陰様で、完治しました。リハビリも済んでます。いつでも仕事ができます。だから、私を見捨てないで下さい」


「いえいえ。見捨てるつもりはありませんよ。ズミさんには別の案件を持ってきてますから」


「ほ……良かったです。鳴かず飛ばずでやっとの想いで就職できたCG制作会社。社長の夜逃げで会社が潰れて、途方に暮れていたところに里瀬社長の救いの手が。しかし、不幸にも事故で両手を骨折して、その話も流れた……その時は本気でこの世との決別を考えましたよ……」


 壮絶な人生を歩んでるなこの人は……初対面ながら、ちょっと同情してしまう。


「さて、ズミさん。生命の樹に残っているセフィラは後1つ。隠されたセフィラであるダアト。このキャラの制作をズミさんにお願いしたいのです」


「もちろんやらせて頂きます! 大事な仕事の前に両手を骨折する不運の持ち主で良ければ」


 前向きなのか後ろ向きなのかよくわからない発言だ。


「そうですね。引き受けて貰えると助かります。では、詳しいお話や契約はまた後日ということで……今日はそれに関連する話があります。琥珀君にも、こういう世界があるということを聞いて欲しくて呼んだんだ。ただ、まだこの情報は非公開情報だから、公表しないで。守秘義務というやつだ」


 匠さんが俺に視線を送ってくる。俺はその視線から、この話は俺にも関係がある話だと察した。俺の素性をズミさんに明かせないからこその誤魔化しの理由付けまでしてくれた。


「近々、CGアニメーションのコンペを開催しようと思っているのです。その参加資格を有するのは、セフィロトプロジェクトのVtuberのデザイナー兼モデラー。つまり、ダアトの仕事を引き受けてくれたお陰で、ズミさんにも参加資格があります」


 それって、ビナーの制作者である俺も参加資格があるということか……? いや、待てよ。その参加条件だと、マルクトさんを作った匠さんにも、イェソドさんを作った師匠にも、参加資格があるということになる。まさか……参加すれば俺はこの2人とも勝負することになるのか?


「え、ええ! む、無理ですよ。参加者のレベルが段違いに高すぎます。里瀬社長も参加資格はあるんですよね?」


「はい。もちろん、コンペを盛り上げるために私も参加します。あ、一応コンペの運営は会社外の第三者にお願いしているので、社長だからって理由で加点されるような忖度はありませんよ。そこは安心して下さい」


「いやいや。その忖度があってもなくても、僕に勝ち目はありませんよ。里瀬社長だけでなく、その妹のリゼさんも強敵ですし、他のモデラー達もその2人と遜色ないレベルじゃないですか!」


「はい、そうですね。私が集めたモデラーは、私と同等以上の実力を持つか、または、将来的に私を食い殺す勢いがあるほどの才能の持ち主か。そうした精鋭が集まってますね。正直言って、私自身も優勝は厳しいかなと思ってます」


 匠さんは笑顔でそう言ってのけた。まるでそうした強敵たちと勝負できるのが楽しみだとでも言いたげな表情だ。


「ひ、ひい。その話を聞くだけで絶望しかありません」


「まあ、無理強いはしませんよ。ただ、ズミさん。あなたもその精鋭の内の1人だ……ということは忘れないで下さいね」


「う……」


 ズミさんはそう言われて黙ってしまった。この人はよっぽど自信がないのだろうか。


 ズミさんは用事があるので、退席してしまった。今、この空間に残されたのは俺と匠さんの2人だけだ。


「さて、琥珀君はどうする? コンペに参加するかい?」


「もちろんです! 自分の実力を試す良い機会じゃないですか!」


「ははは。心強いね。そうした、キミの自信に満ち溢れたメンタルも、強みの1つなのかもしれないね」


「自信と言えば……ズミさんは随分と自信なさげでしたよね」


 ズミさんの話になった時、一瞬匠さんの表情が固まり無言になった。そして、すぐに表情を戻して、口を開く。


「ああ。琥珀君の目から見て、ズミさんはどう思う? 率直な感想を聞かせて」


「えっと……本当に失礼かもしれませんが、俺が匠さんの立場だったら、絶対に採用しませんね」


「ほう。それはどうして?」


「だって、あの人自分に自信がないというか。自分の実力を過小評価しているというか。クリエイターは自分の腕も商品の1つじゃないですか。自分のところの商品を悪く言ったり、軽んじたりした発言をするところの商品を誰が買いたくなるのかって話だと思います」


「うん。いい着眼点だね。俺もそこが彼の弱さだと思う」


 彼……やっぱり、あの人は男性か。体格的に女性だと思ってた。


「クライアントに“できるかできないか”訊かれて……できる、やってみると自信を持って言えるクリエイターは大丈夫。できないと正直に言うのも悪くない。できないだけの理由を提示して、代替案を出せるのならね。ただ、1番ダメなのは、わからないと誤魔化すことだ。ズミさんはその1番ダメなタイプかな。ハッキリ言ってメンタルではクリエイターに向いてないよ。あの人は」


 匠さんがここまでズタボロに言うのも珍しいと思う。それだけ、あの人は向いてないということか。


「ただね。あの人の実力はそんなハンデを覆すほどあるんだ。これを見て。ズミさんの作品だ」


 匠さんはタブレット端末を俺に見せた。そこにあった1枚のCGの作品、それを見て俺は初めて師匠の作品を見た時と似たような感覚を覚えた。自分のこれまでの人生観が塗りつぶされるような、そんな衝撃を受けるほどの作品だ。もし、出会った順番が違っていれば、俺はズミさんに師事をお願いしていたかもしれない。そう思える作品だ。


「え……あの人おかしい。これが“できる”のに何で自信がないんだ?」


「流石、琥珀君。色眼鏡なしでよく作品を判断できたね。大抵の人は、ズミさんのあの態度を見ていたら、作品も大したことがないと先入観を持って見てしまう。それで評価は不当に下がってしまうんだ。だから、彼はずっと冷遇されてきた。でも、俺は彼の実力と才能を埋もれさせたくない。そう思っている」


「あの人……本当は凄い人だったんですね」


「ああ。そうだよ。琥珀君には残酷な真実かもしれないけど、ビナーの担当者候補に最初からキミの名前があった。最終選考で残った候補者は、琥珀君とズミさん。でも、選ばれたのはズミさんの方だ。その意味、わかるよね?」


 俺は、ズミさんより総合的に実力が劣っていた。だから、選ばれなかった。ズミさんが事故に遭わなければ、俺は仕事をさせてもらえなかったんだ。


「コンペにズミさん出ますかね?」


「どうだろうね」


「出て欲しいですね」


「強力なライバルなのに?」


「はい。だからこそ、出て欲しいんです」


「ははは。そうだね」


 セフィロトプロジェクトのモデラーを集めたコンペ。その開催が楽しみになってきた。やるからには、優勝を狙いたい。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る