第153話 莉愛の私怨込みの恋愛相談室

 今日は待ちに待った莉愛さんに恋愛相談する日だ。彼女は社会人だし、中々に時間が取れない中、俺のために時間を割いてくれて本当にありがたい。指定の時間になると、彼女からメッセージが届いた。


Hiro:莉愛です。兄のアカウントを借りてメッセージを送ってます


Amber:莉愛さん。琥珀です。本日はありがとうございます


Hiro:いえいえ。兄から大体の事情は聞きました。やはり、琥珀さんの師匠は、あなたのことが好きだったのですね


 改めて言われるとなんか背中がぞわぞわする感覚に襲われる。俺はこれまでの人生を振り返ってみた。小学生時代、中学生時代と、異性に好意を持たれたことは1度もなかった。初めての感覚で、しかもその相手が俺が尊敬している師匠が相手である。


 普通ならば、師弟関係と恋愛関係は結びつかないものだ。それ故に、俺は今まで、師匠の気持ちに気づくことが出来なかった。まさか。大人の女性で優れた才能と技術を持っている師匠が、まだまだ未熟な高校生にしか過ぎない俺を好いてくれるなんて思いもしなかった。


Amber:莉愛さん。俺の気持ちとしては、師匠のことは好きです


Hiro:おぉ!!


Amber:でも、それが恋愛的な感情かどうかと言うとまだわかりません。俺は師匠のことを師として尊敬していますし、その関係が壊れるのが嫌なんです。だから、師弟関係を壊さずにどうにか、この恋愛の問題を解決する方法はありませんか?


Hiro:ヘタレてますね


「うぐ……」


 俺は思わず、声が出てしまう程のダメージを負った。俺は女性に蔑まれて喜ぶ趣味はない。文字とはいえ、ヘタレと言われると悲しい気持ちになる。俺だって、恋愛感情を持っている相手なら、積極的に行ける! ……と思う。経験ないから断言はできないけど。だから、俺の感覚ではヘタレじゃないはずだ。あくまでも今回は、好きと言われた状態。つまり受動的な問題のアレであって、能動的に動けるんだったら、俺は……


Hiro:いいですか? 琥珀さん! 師匠とあなたの関係は、そんな恋愛感情の1つで壊れてしまう程の柔なものなんですか? 私はそうは思いません。師匠があなたに好意を抱いていて、琥珀さんが師匠との関係を壊したくないと思っている。お互いの気持ちを素直に伝え合えば、破局したとしてもそれで縁が完全に終了しないと思います


 莉愛さんの言葉を聞いて、俺は自分の浅はかさに気づいた。俺は、心のどこかでこの師弟関係が脆いものだと思い込んでいたのかもしれない。


Hiro:師匠が琥珀さんを弟子だと認めたんですから、師匠の方だって、琥珀さんを破門にはしたくないと思うんです。そんな相手だったら、最初から恋愛的な好意は抱きませんから


Amber:そ、そうですかね


Hiro:絶対そうです! 私の女の勘がそう言ってます!


 女の勘というパワーワード。強すぎる。でも、冗談抜きで俺は師匠の気持ちを知らない。俺と同じく、この師弟関係を大切に想っていてくれているのか。もし。俺の師弟関係における想いが一方通行のものであったとしたのなら……俺は師匠の好意を受け入れることはできないかもしれない。


Amber:わかりました。莉愛さん。1度師匠と話してみます。そしてお互いの気持ちを確認したいと思います


 莉愛さんのアドバイスのお陰で心が晴れた。よし、俺はヘタレなんかじゃないところを見せてやる。師匠を誘い出して、俺の気持ちをぶつけて、師匠の気持ちも受け止めるんだ。


 ここで相談を終了しようと、タイピングをしようとした瞬間、莉愛さんが追撃をしてきた。


Hiro:琥珀さん。まだアドバイスがあります


 まだあるのか。俺はもう自分の心に決着がついた感じはあるけれど……まあ、折角だし、莉愛さんのアドバイスを聞きたい。人生の先輩の貴重な意見を聞けるのは本当にありがたいことだ。


Hiro:想いを伝えあう場所、環境、それは必ず選んでください! どこでもいいわけじゃありませんから!


Amber:環境ですか?


Hiro:そうです! TPOです! それを弁えるんです! 例えば、共通の知り合いがいる場所で、そういう関係の話をしたらダメです! スーパーとかの不特定多数が行きかう場所もNGです! 落ち着ける空間、2人だけの世界を演出できるムードある場所にしてください!


 なんだろう。この莉愛さんの文脈。熱が籠っているというか、私怨のようなものを感じる。彼女の身になにかあったんだろうか。


Hiro:それと師匠のお兄さんの力を借りるのもダメですよ! お兄さんでも同伴者がいたら、恋愛関係での素直な気持ちは言えませんから!


Amber:そうなんですか。アドバイスありがとうございます


 危なかった。今は、匠さんに力を借りる発想はなかったけれど……匠さんを同伴させれば、スムーズに橋渡しができるっていう発想を思いついていたら、やらかしていたかもしれない。莉愛さんに先に釘を刺されて助かった。


Hiro:お兄さんもダメですけど、弟さんの方もダメですよ! そういう屁理屈はなしでお願いします!


Amber:ええ。わかってます。流石にそこまで変な発想はできませんって


 更に念押しをされる。匠さんがダメだったら、昴さんで。というそういうアホな発想は流石の俺でもしない。そんなアホなことをするのは、姉さんくらいなもんだ。


Hiro:琥珀さん、最後の1ついいですか?


Amber:はい


Hiro:女性が全員、グイグイ引っ張る男性や強引な人が好きだとは思わない方がいいですよ。話を聞いている限りでは、師匠さんも、私と同じでパートナーとは一緒に歩んでいきたいタイプだと思いますから


Amber:はい。アドバイスありがとうございます


Hiro:下手にリードしようとしなくても、琥珀さんの想いはきっと伝わります。がんばってくださいね!


Amber:今日は本当にありがとうございました。莉愛さんの意見は本当に参考になります。


Hiro:いえいえ。それでは失礼しますね


Amber:はい。失礼します


 俺は、莉愛さんの言葉を深く心に刻み込んだ。よし、大丈夫だ。次に師匠と2人きりで会う機会があったら、このモヤモヤとした気持ちに決着をつけるんだ。結果はどうなるかは俺もわからない。でも、絶対にこの師弟関係だけは壊してたまるか。



 琥珀さんとのメッセージを終えた私は、お兄さんの部屋を出た。お兄さんはリビングで本を読んで待っていた。


「お兄さん。パソコンありがとうございました。琥珀さんと話せて良かったです」


「うん。お疲れ様。莉愛。話はきちんとついたのか?」


「はい。彼も自分なりに腹が決まったようです。それに、色々と釘を刺しておいたので大丈夫だと思います」


「釘……?」


 おっと。いけない。係長のことはお兄さんに伝えてなかった。まあ、いいか。ちょっと変な人に告白されたなんて言ったら、お兄さん心配するだろうし。


「えっと……その、莉愛。この前、俺変なこと訊いたよな?」


「変なこと?」


「その好きな人に恋愛相談されたことがあるのかどうかって……」


「ああ。あのことですか。それがどうかしましたか?」


「その……莉愛って今、琥珀君に恋愛相談を受けていたじゃないか。だから、その……」


 あ、そういうことだったんだ。お兄さんは私のことを心配してくれたんだ。


「大丈夫ですよ。お兄さん。私は琥珀さんのことは良き友人だと思ってます。それ以上の想いはありませんよ」


「そ、そっかー。良かった。もし、莉愛が琥珀君のことが好きだったなら、とんでもない修羅場に巻き込まれるかと思って、心配してたんだ」


「そうだったんですか。お兄さん。心配ありがとうございます。嬉しいです。それとこの前は答えをはぐらかしてごめんなさい。お兄さんがそこまで心配してくださっているとは思いませんでした」


「ああ。大丈夫。今日、安心できて良かったよ」


 やっぱり、お兄さんは優しいな。お兄さんの妹で本当に良かった。でも、修羅場に巻き込まれているかどうかと言えば、どこぞの係長のせいで大変な目に遭ったけど……

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