第141話 良心兄妹(素質メガネいらなくね?)

 Mr.素質メガネこと藤井に恋愛相談の約束を取り付けた。ただ、現状では師匠の好きな人の情報は掴めていないのでまだ相談するべき時期ではない。その情報を知っているのは匠さんだけど……匠さんは新米パパだし、社長だし、しかも現役のクリエイターでもあるからかなり忙しい身分だ。俺に費やしている暇はないと思う。


 いや、匠さんはなんだかんだで、俺が連絡する時は無理してでも予定を空けてくれるんだけど……何回もその厚意に甘えるわけにはいかない。こうなったら、俺は俺で今までの事柄から師匠の好きな人を推理してみるしかない。その情報を藤井に伝えれば、より精密な情報になってくれる……と俺は予想する。


 しかし、恋愛経験が皆無の俺が頭をこねくり回したところで出る答えは的外れになる予感しかしない。ここで頼りになりそうなのは真珠だけど……真珠はダメだ。真珠から姉さん、姉さんから師匠経由で伝わってしまう可能性がある。そうしたら、なんで俺が師匠の恋愛事情を嗅ぎまわってるんだってなるし、そうなったら言い訳が面倒だ。


 だから、師匠とは絶対的に繋がりがない人物に相談するしかない。誰が誰と繋がっているのかわからないこのご時世。同じ地域にいる人間は危険かもしれない。という訳で絶対に師匠と近い繋がりを持つ人が近くにいない人がいい。そうなると、遠方の勇海さんを頼るしかない。まさか、勇海さんの親兄弟、もしくは親友が師匠と関係のある人物だとか、そういう相関図があるわけがない。もし仮にあったとしたら、その相関図を作り出した存在は相当頭がおかしい。そんな稀なことは絶対にありえないので、どう考えても、俺を経由しなければ師匠は届く範囲にいないだろう。


 という訳で早速勇海さんにコンタクトをとった。俺は勇海さんに事情を説明して、普段お世話になっている師匠の恋愛に協力したい旨を伝えた。


Hiro:なるほど。琥珀君の気持ちはわかった。師匠への恩返しか。素敵な考えだね。俺で良ければいくらでも協力するよ


Amber:ありがとうございます勇海さん


 やっぱり、勇海さんは気の優しい人である。彼ほど信頼できる友人も中々いないだろう。


Hiro:ただ、俺だけだと少し力不足だと思う。こういうのは女性の意見も聞き入れないとね


Amber:と言うと、莉愛さんに相談するんですか?


Hiro:そうだね。琥珀君の頼みなら、莉愛も快く受け入れてくれると思う。俺の動画の改善案を出してくれた琥珀君に、莉愛は凄く感謝していたから


 それはこちらとしてもありがたい。莉愛さんとは初対面の時には警戒されていたのか、敵視されていたように感じた。まるでどこぞの政井さんみたいなタイプかと思っていた。けれど、アレはお兄さんである勇海さんに悪影響を及ぼさないように俺を見張っていたから、そう感じただけなのかもしれない。そう思うと本当に良い妹さんだと思う。


Amber:俺としても女性の意見を聞けるのはありがたいです。是非お願いします


Hiro:ちょっと待って。莉愛に時間があるか訊いてくる


 しばらく待っていると、勇海さんから大丈夫との返答が来た。今、勇海さんの隣には莉愛さんがいて、俺とのやりとりを見ているということだ。普段、第三者に見られることを想定していないメッセージのやりとりをしていただけに、少し変な感じがする。


Hiro:こんにちは。琥珀さん。莉愛です


Amber:どうも。こんにちは。よろしくお願いします


 文章でやりとりしているから若干硬く感じる。口頭なら表情や声色でもう少し、柔らかい印象を持たせることができるのだけれど。


Hiro:それじゃあ、琥珀君の今の考えを訊かせてくれるかな?


 この口調は勇海さんかな? アカウント名が同じだから、どっちかどっちか良くわからない、


Amber:そうですね。師匠のお兄さんがわざわざ俺に相談してきたってことは……多分、師匠が好きな相手って俺も知っている人物だと思うんですよ


 これは完全な推論だ。決定的な物証はない。だが、的を外しているとは思わない。師匠の好きな相手が俺が知らない相手なら、俺に相談はしないはずだ。


Hiro:うん。それは俺も莉愛も同じ意見かな。琥珀君が協力できる範囲にあるから、協力をお願いしているんだと思う


 勇海さんと莉愛さんの後押しがあると心強い。ここの解釈が一致して良かった。


Amber:そうなんですよね。でも、俺と師匠の共通の知り合いで、且つ男性って思い浮かばないんですよ


 そこが謎な点だ。俺と師匠の共通の知り合いと言えば、姉さん、匠さん、昴さん……後は、美術館で会った真珠と白石さんか。いずれも、女性とお兄さんと弟さんだ。この中に恋愛対象となる者は……いないのか? 師匠が同性愛者なら、姉さんって可能性は……ないな。真珠と白石さんはほぼ初対面で関わりが薄いし、除外してもいいだろう。というか、仮に白石さんが対象だったら、俺にはどうしようもない。連絡先知らないし。


Hiro:そういえば、琥珀君と師匠って同じ会社の案件を受注したんだよね? だとしたら、仕事上で出会った人が共通の知り合いってことはない?


Amber:あ、1人いました。


 Vストリームのシステム構築担当の青木さん。彼はかなり年上だけど、一応独身のはず。師匠が恋に落ちても不思議ではない。


Hiro:その人はどんな人だったの?


Amber:顔にタトゥーがある女性が好きな変人です


Hiro:莉愛です。特殊な嗜好を持った人を好きになる女性は少ないと思います。その女性自体が特殊な嗜好を持っていたり、好きになった後で発覚して惚れた弱みでなし崩し的って場合は別ですが……今回は、そのどちらにも当てはまらないと思います。そんな人が好きなら、とっくに顔にタトゥーを入れているか、その人を更生させるために奔走しているはずです。その人は除外しても良いと思いました


 莉愛さんの意見ならしょうがない。青木さんは除外だ。


 でも、他で仕事で一緒に関わった人っているのだろうか……? あ。もしかして、イェソドさんか!? 師匠はイェソドさんのキャラデザとモデリングを担当している。そして、匠さんはイェソドさんのマネージャーを管理している人間だ。彼が、ショコラにメッセージを送っていることも知っている可能性が高い。つまり、そこの接点を見込んで、俺に頼んだのか?


Amber:もしかして、師匠はVtuberのイェソドさんが好きなのかもしれません


Hiro:それが本当なら可哀相だね。アイツ、三次元の女性に興味ないよ


Amber:え? そうなんですか? ってか、なんでそんなことを勇海さんが知ってるんですか?


 比較的にスムーズに進んでいた会話が若干止まった。ちょっと心配しかけたら、またすぐにメッセージが飛んできた。


Hiro:ああ。配信で一緒にゲームしてたの見たよね? その時に色々話したんだよ


 ああ、そういう繋がりがそういえばあったな……? あぁ! 勇海さんはイェソドさんと直接繋がってたんだった! あったよ。師匠と近い関わりを持つ相手との繋がり。俺も知ってたやつだよ。ゲームがアレすぎて記憶からすっぽり抜けてた。


 今更後悔しても遅い。こうなったら勇海さんの口の堅さを信じるしかない。


Hiro:莉愛です。イェソドさんはないと思います。根拠は女の勘というか。配信者にガチ恋しているんだったら、もっとわかりやすいと思います。きっと、男性の琥珀さんにしつこいくらいにイェソドさんを勧めてるかと。琥珀さんが女性だったらライバルを増やしかねないので布教しない可能性はありましたが……そうじゃない状態で布教活動をしないってことは、好きじゃないんだと思います


 女の勘と言うわりには、信頼性の高い根拠を叩きつけてきた莉愛さん。確かに、100パーセントとは言えないけど、切ってもいい情報だと思う。


 だとしたら、いよいよ相手がわからなくなる。一体誰なんだ?


Hiro:また莉愛です。すみません。女の勘ついでにもう1ついいですか? その失礼を承知で言わせてもらうんですけど……琥珀さんの師匠が好きな相手って……琥珀さんじゃないですか?

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