第142話 椿兄妹VS琥珀
俺は莉愛さんの言葉を受けて、思わず固まってしまった。師匠が俺のことを好き? そんな冗談みたいな話あるのだろうか。いや……ない。
Amber:それはないと思いますよ。俺は師匠と接する機会が多かったからわかりますけど、俺のことを好きな素振りを見せたことは1度もないですから
俺も恋愛に明るい方ではないから、確定とまでは言えない。しかし、好きな相手への好意というものはどうしても見え隠れしてしまうもの。あれだけ長い時間一緒にいたのに、好意のサインを見逃すだなんて流石の俺でもあり得ないだろう。
Hiro:本当に好意のサインがなかったと言い切れるのでしょうか?
この口調的には莉愛さんか? 言い切れる。そんな意味深な言葉を俺にぶつけてくる。確かになかったと断ずることはできないのかもしれない。でも、それは悪魔の証明と同じで、好意のサインがあった証拠は1つ見つけるだけでいいのに対して、なかったことを証明するには師匠の一挙手一投足を全て把握しないといけない。論理的に考えれば言い切れないのである。
Amber:そこまで言うのならば、莉愛さんはなにか根拠があるんですか?
なぜか俺も強く否定してしまう。自分でもなぜムキになって否定するのかがわからない。けれど、この事実を認めてしまっては……俺の中で大切にしている何かが壊れてしまうかもしれない。そんな恐怖を覚えているのだ。
Hiro:先程も言いましたが、女の勘です。琥珀さんも知っている人物だという仮定から推理したら、消去法で琥珀さんしか残らないから
Amber:消去法で残ったのが俺だけだから……それも随分と乱暴な話ですね。仮定の方が間違っている可能性もまだありますよ
Hiro:ええ。ですから、私も断定はできません。でも、ある意味確信はしてるんです
断定できないのに確信している。なんとも変な話だ。ミステリー小説で、犯人を追いつめるときに、消去法であなたしか犯行可能な人物がいないから犯人だ。決定的証拠はないけれど。そんな乱暴な推理では、駄作もいいところだろう。だから、俺は信じない。決定的証拠がないんだ。
Hiro:琥珀君。俺からもいいかな?
次は勇海さんの追撃がくる。俺は、勇海さんの申し出を了承すると、彼は続けてメッセージを送る。
Hiro:師匠のお兄さんが、やたらと琥珀君に優しいと思ってたんだ。いくら妹の弟子でも、少し不自然な程にね。最初は恋愛相談する見返りのために、やっていたのかと思っていたけど、莉愛の話を聞いて納得がいった。お兄さんは、妹の恋を叶えたいから、その相手である琥珀君に優しくしていたんだと思う
勇海さんが別の切り口で俺を攻撃してくる。
Hiro:同じ兄の立場だからわかるんだ。俺も莉愛が好きな人ができたら、全力で協力するし、その相手とは良い関係を築きたいと思う。だから、お兄さんの行動から見ても、莉愛の言ってることは間違ってないと俺は思う
兄の立場。それを言われると俺だって、妹がいる兄だ。確かに、真珠の彼氏の時光君と街で偶然会った時に、気を遣ったことがある。俺が下手なことをして、真珠と時光君の仲が悪化することになったら、悔やんでも悔やみきれない。それはつまり、妹の恋愛の邪魔をしたくない。上手くいって欲しいと思っていることと同義で……
俺が匠さんの立場だったら、わざわざ俺と師匠の仲を取り持ったりするのだろうか。俺と師匠の仲がぎくしゃくした時も、匠さんがきっかけで仲直りしたこともある。まさか……匠さんはその時から、師匠が俺のことを好きだと思っていたってことか?
俺はなんだか真実を知るのが怖くなってきた。師匠の立場から見て考えると、若干疑問が残る……だが、匠さんの行動は俺にも共感できるところがあって、それが指し示している答えはやっぱり、莉愛さんの言う通り――
Amber:莉愛さんの言っていることが事実だとしたら、俺はどうしたらいいんですか?
俺は椿家の兄妹の連携攻撃によって、心がかなり揺れていた。攻撃のきっかけを与えたのは莉愛さんだ。それだけでは、俺の心は動かされなかったかもしれない。しかし、勇海さんのアシストがかなり効いていて、俺もどうしたらいいのかわからない。
Hiro:どうしたらいいかの前に、琥珀さんがどうしたいのか。それが重要だと思います。琥珀さんは師匠さんのことをどう思っているんですか?
確かに正論だ。恋愛ごとに関しては「どうしたらいいか?」ではなくて、「どうしたいのか?」で行動しなきゃ始まらない。流石に恋愛に疎い俺でもそれくらいはわかる。
Amber:俺は……わかりません。全く予想してなかった仮説を突きつけられて頭が混乱しています
Hiro:そうですか。それなら仕方ありませんね。本当は勢いのまま行った方がいいんですけど、無責任に焚きつけるなんて私にはできません。琥珀さんには後悔して欲しくないですから……ただ、行動しなくて後悔する方が何倍も後に残ることは覚えておいてくださいね
Amber:莉愛さん、勇海さん。ありがとうございます。このことは、誰かに喋ったりしないで下さいね
Hiro:うん。わかった。琥珀君もいい結果が出るといいね
メッセージのやりとりは終わった。しかし、俺の心に残ったしこりのようなものは消えてくれなかった。どうしてこんなことになってしまったんだろう。俺はただ、師匠のことをクリエイターとしても人間としても尊敬していて、ただずっと師弟関係が続けばいいと思っていた。俺は師匠に恋愛的な下心があって近づいたわけではない。だって、最初は俺は師匠の年齢も性別すらも知らなかったのだから。恋愛目的で近づいたわけではない相手だけに本当に複雑な気持ちなのだ。
もし、莉愛さんの言う通りに師匠が俺のことを好きだとしたら……それはとっても残酷な運命だと思う。俺は師匠との関係に変化を望んでいない。師匠のことは大切に想っている。だからこそ、この関係性が変わるのが嫌なのだ。俺と師匠が仮に付き合ったとしたら、それはもう師弟関係ではなく恋人関係だ。今までのように接することができなくなる。でも、仮にどちらかが告白してフラれたとしたら、それはそれで気まずくなって師弟関係が壊れてしまう。俺は、そんな未来を望んでいない。
俺は複雑な想いを抱えたままリビングに行った。とりあえず水を飲んで落ち着きた。コップに水を注ぎ、それを一気に飲む。少しは心が落ち着いた。
丁度、その頃兄さんがリビングに入ってきた。俺は藁にもすがる思いで兄さんに話しかけてみることにした。きっと兄さんなら解決策を教えてくれるに違いない。
「ねえ、兄さん」
「ん? どうした琥珀」
「この人とは関係を壊したくないって人を1人想像してみて」
「なんだよ急に。まあするけど」
「その人が、恋愛的な意味で自分のことを好きだと言ってきたらどうする?」
「おいやめろ。男で想像したじゃねえか。その質問するんだったら最初に言え」
「ごめん」
正論で返されてしまった。確かに俺の配慮が足りなかった。異性で想像しろだなんて一言も言わないならそうなる可能性はあった。
「よし、ちょっと想像しなおすから待っててくれ」
流石兄さん。できる男は違う。
「ん-。ん? うーん……だめだ。現在、親交がある人物が揃いも揃って男しかいない」
「なんか……ごめん」
「ははは。謝るなよ。琥珀が悪いわけじゃないさ。だから……謝るなよ……」
これが理系の大学と職場を選んだ人間の代償か。進路をそっち方面にするんだったら、高校時代に頑張らないといけないことを教えてくれた兄さんに合掌。
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