第140話 素質があったので名前がつきました
いつもの昼休み。変わらない日常の中で三橋が突然変なことを言い出した。
「なあ、琥珀。お前に1つ報告しなきゃいけないことがある」
「じゃあ、まずは良い知らせから聞く」
「いや、別に良い知らせと悪い知らせの二択出してねえから!」
アメリカンジョーク的な流れではなかったので、聞く気が失せた。けれど、一応三橋とはそれなりに付き合いがあるので、一応聞いてやることにした。
「俺、ついに彼女ができたんだ」
「ほーん。おめでとう」
「それだけ?」
「それだけって?」
「いや、リアクション薄ッッ!」
「うわあ! すげな! おめえ! 彼女できたんか!」
「リアクション遅い上にわざとらしいな」
「なんだよ。どうしろって言うんだよ。ワガママだなあ。俺ら高校生よ。彼女の1人や2人できてもおかしくない年齢よ? それくらいで一々大きなリアクション取るわけないだろ。分を弁えろ」
中学生の妹に彼氏ができた報告を聞いた時以上の衝撃があるわけがない。兄弟の中で1番早く恋人ができるのが末っ子だと誰が予想できたことか。
「それより、三橋。疑問があるんだけど答えてくれるか?」
「ああ、いいぞ。今日の数学の公式に関する質問以外なら答えてやる」
「お前に勉強のことを訊くくらいなら、犬に道を尋ねる方が利口だ」
「ははは、言ったなこいつー!」
三橋が俺の脛をがしがし蹴ってくる。地味に痛い。
「俺らいつも2人で飯食ってるよな? なんで、急にそこのメガネが一緒に飯食ってるんだ?」
この前、急に素質がどうのこうの言って絡んできたメガネが、掌でメガネをクイっと上げてきた。指を使え指を。
「おいおい。メガネって言うなよ。こいつにもちゃんと名前があるんだから。クラスメイトの名前を忘れたのか? 薄情なやつめ。この朴念仁! 人の皮を被った悪魔!」
「ははは、こいつめ!」
俺は三橋のふくらはぎにつま先で蹴りを入れた。なぜか今日は足技が多い。
「ば、や、やめろ。足はやめろ。俺はサッカー部の
流石にベンチ要員とはいえ、サッカー部の足に怪我をさせたら洒落にならないのでこの場は足を収めることにした。
「で、こいつの名前はなんなんだよ」
「知らんのか? こいつは藤井だよ藤井」
「下の名前はなんだよ」
「それは……言ってやれ藤井!」
三橋。お前100パーセント忘れてるだろ。
藤井がドヤ顔で掌でメガネをクイっと上げる。だから指を使え。後、名前を忘れられてるのにドヤ顔してんじゃねえ。
「僕の名前は
なにこの将棋が得意そうな名前の人は。最強のフュージョンじゃないか。これなら地球に将棋星人が攻めてきた時に、地球代表として戦ってもらえる。全宇宙の生き残りをかけた将棋サバイバルが開催されても安心だな。
「聞いて驚くなよ。藤井はな。囲碁の院生なんだよ」
「将棋じゃねえのかよ」
俺の期待を返せ。この名前で将棋をやらないのは詐欺だろ。将棋星人が地球に攻めてきたら、一巻の終わりだよ。聡太の方の藤井に任せるか、羽生の方の善治に任せるしかないよ。
「まあ、将棋も嗜む程度にはやってるよ」
出た。嗜む程度。言葉のまんま受け取ると痛い目に遭うのだ。ガチ勢が謙遜に使う言葉としても使われる。
「最近、桂馬の動き方をやっと覚えたんだ」
「そんなん小学生でも知ってるわ! お前将棋の素質ないよ」
多分、俺がやってもこいつには将棋で勝てると思う。相手の棋力が全くわからないけど、桂馬の動きを最近覚えたやつに負けるわけがない。
「それで、なんで急に三橋は藤井と仲良くなったんだよ」
「それはだな。俺たち親友になったからな! な?」
「質問Aに対して回答Aを返すんじゃない! 【作者がこのシーンを書きたかった理由はなんですか?】って問いに対して、【書きたかったから】って書くタイプかよ」
バカに理由を問う質問をした俺がバカだった。バカは理由もわからず行動するからバカなんだ。そのことはウチのバカのお陰で痛いほどわかっていたはずなのに。
「僕のアドバイスのお陰で三橋君の恋が成就したからだ。ふっ」
今度は手の甲でメガネをクイっと上げる藤井。なぜ頑なに指を使わないんだこいつは。指を庇っているのか? ピアニストでもそこまで指を大切に扱わねえよ。
「えーと。つまりどういうことだ?」
「藤井は恋愛マエストロってことだ」
「違うよ恋愛マイスターだよ」
「どっちでもいいわそんなの!」
それにしても意外だ。俺も学校の事情に詳しい方ではないが、誰と誰が付き合っているかくらいは耳に入っているものだと思ってた。藤井が誰かと付き合っているだなんて聞いたことがないな。そもそも名前すら知らんかったし。
「三橋は浅木さんと付き合ったってことでいいんだよな?」
「おうよ。藤井巨匠のアドバイス通りにしたら、一発だったぜ!」
「ほーん。で、その巨匠は今誰と付き合ってるんだ?」
「……今はフリーかな」
藤井が遠くを見つめて自分の世界に入っている。うぜえ。なんだか知らんけどうぜえ。
「え? じゃあ、彼女いない歴は?」
「うーん、まあ、あれかな。15年くらい身が軽いかな?」
「年齢じゃねえか! お前彼女いたことねえだろ!」
なにが恋愛マイスターだよ。彼女いない歴年齢の癖によく偉そうなこと言えたな。
「やめろ。琥珀。お前も同じだ。むしろ誕生日が早い分、お前の方が1年分、年数が上だ」
ぐうの音も出ない完全論破。これが彼女持ちのロジハラってやつか。正論は人を傷つける。
「琥珀。お前も藤井巨匠に恋愛相談してもらえよ」
三橋が俺の肩にポンと手を置いた。その顔はマウントを取るボス猿の如く優越感に浸っていた。1発殴りたい。コンボを決めて2発でもいい。
「なんで彼女いない歴年齢のやつに教えを乞わねばならんのだ」
「じゃあ、彼女いない歴0年の俺に相談するか?」
「あ、それは勘弁願います」
だったら、まだ藤井の方がマシである。三橋のアドバイスを聞いたら十中八九ロクなことにはならない。
まあ、でも俺は現状は特に恋愛相談とかするほど悩みを抱えてないしな。藤井の出番はなさそうだけど……いや、待てよ。そう言えば師匠が好きな人がいるとかどうとか言ってたな。藤井に相談すればもしかして解決するんじゃないのか?
「なあ。藤井。恋愛相談って、別に俺の悩みじゃなくても良いのか? 例えば、俺のお世話になってる人が今、恋愛に悩んでいて……俺はその人の恋愛を成就させてあげたいんだ」
「うーん。まあ、初めてのことだけど、やるだけやってみるよ。詳しい状況とか情報を整理できたらいつでも相談に乗るよ」
藤井は快く引き受けてくれた。なんだよ。こいつ結構いい奴じゃないか。誰だよこんな気のいい奴の名前を憶えてなかった奴は。
「ところで、そのお世話になってる人って男性だよね?」
「ん? 違うよ。女性」
「ひっ」
藤井が悲鳴をあげた。
「あ、あの……ぼ、僕はシミュレーションだと上手くいくタイプっていうか、実戦だとどうしてもダメなタイプっていうか、本番に弱いというか……女性と素直におしゃべりできないとか」
なに言ってるんだこいつ。
「いや、別にその人が直接相談するわけじゃないから安心しろって」
「で、でも……乙女の赤裸々な秘密が、は、白日の下に晒されるわけで……それってとっても厭らしいことなんじゃ」
なんだこいつ。
「お前本当に恋愛が得意なのか?」
「あ、当たり前だよ! 僕はラブコメ1万冊を読破して、ギャルゲを1000本やった男だぞ。年季が違う! 年季が! だから、任せておいてよ」
本当に大丈夫か? こいつは。なんだか不安になってきた。
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