第139話 いきなり嫉妬かよ。リゼらしいな

『ショコビナてぇてぇ』

『母娘百合はいいゾ』

『やっぱりショコラママは娘のことが好きなんすねえ』

『今後も積極的にコラボしていけ! ……してくださいお願いします。なんでもしますから』


 投稿された動画に付けられたコメントを見て、私は胸が締め付けられるような想いだった。もはや公認カップルのような扱いを受けるショコラとビナー。ビナーの中の人は知らないけれど、ショコラの中の人は私の可愛い弟子のAmber君だ。


 普段、あまりコラボをやらないショコラが大勢の人とワチャワチャやっている。それはそれで、動画として楽しめたのだけれど……その中に女性がいるとどうしても、複雑な気持ちになってしまう。


 彼はVtuberで私はVtuberではない。だから、当然動画でコラボはできないし、そういう意味では私は彼の横に立つことができない。


 ビナー。一体どんな人なんだろう。ショコラの中身が男性だって気づいているのかな。もしかして、気づいた上でAmber君のことが好きだったりしないのかな? そんな嫌な考えが頭の中をぐるぐると駆け巡っている。


 そして、追い討ちをかけるかのように炎上した人物を紹介する動画がオススメの欄に出てきた。Vtuberのママと娘の熱愛が発覚して、炎上したという内容だ。男性イラストレーターが、女性Vと付き合っているというリークが流れて、彼らの個人情報も調べればでてきてしまうようになった。炎上をきっかけで個人情報が駄々洩れになることも珍しいことではない。


 ママと恋仲になる娘。そのケースを目の当たりにした時、私は不安に駆られた。Vとママは密接な関係にある者もいる。仕事でもプライベートでも一緒になれば、お互い惹かれるということはありえる。


「はあ……」


 私はためいきをつかざるを得なかった。嫌な女だ。可愛い弟子が女性と接するだけで嫉妬してしまうなんて。


 ショコラがビナーを褒めて甘やかすシーンを見た時に、嫉妬のような羨望のような感情が私の中に複雑に絡み合う。私は彼の師匠。彼を導いて、育てなきゃいけない立場だ。私が役割を果たしている限りは、Amber君に甘えることは許されない。私は年上のお姉さんで、彼はまだ男子高校生。私に甘えは許されないのだ。


 そんな悶々とした気持ちを抱えて私は眠りについた。切なくて辛くて、でも嫌いじゃない。そんな感情を抱いたまま、夢の世界に入っていく。夢の内容は乙女の秘密だ。



 後日、私は用事があったので兄貴の会社に出向いていた。私がキャラデザを担当したキャラ、イェソドの新衣装をどうするのかという打ち合わせがあったのだ。


 打ち合わせは比較的スムーズに終わった。一仕事を終えて満足した私は、兄貴の時間を奪う覚悟である質問をしてみた。


「兄貴……Vtuberの演者の中の人の情報って機密情報だよな?」


「ん? ああ。そうだな。いくら操の頼みでも教えることはできないな」


 やっぱりダメか。私は思わず、肩を落としてしまった。その様子を見て兄貴は心配そうに私の顔を覗き込んだ。


「誰か気になっている人でもいるのか?」


「いや。別にそんなことはない。気にしないでくれ」


 守秘義務がある以上は、兄貴に迷惑をかけるわけにはいかない。私は会社の社員ではない。ただキャラクターを制作した外注の人間なのだ。企業の内部情報を知るわけにはいかない。


「ビナーなら心配いらない。ショコラとそういう仲にはならないさ」


「ブフォ!」


 私は思わず吹き出してしまった。私は一言もビナーのことも、ショコラのことも口に出していない。なのに、兄貴は私の思考をピンポイントで当ててきた。こういう勘の良さは昔からなんだよな。本当に兄貴はいつも私の上を行っている。勝てる気がしない。


「なぜ、恋仲になることがないと言い切れるのか。それは言えないけど、信じて欲しい。ビナーは操のライバルにはならないさ」


「わ、私は別に……ライバルだとかそういうのは」


 途中から私の声が小さくなりゴモゴモと喋ることしかできなくなった。自分でも、不自然だと思う。これじゃあ、私がAmber君のことが好きなのが兄貴にバレてるみたいじゃないか。


 でも、恋仲にならないって言いきれるって言うのはどうしてだろう。もしかして、ビナーも中身が男性のバ美肉とか? でも、その割には声が中性的というよりかは女性の声に寄っている気がするけど。


 それに、この多様性の時代。男性同士が恋仲にならないとは言い切れない……いや、それは嫌だけど。Amber君がそっちの嗜好だったら、私は耐えられない。


 他の可能性としてはなんだろうか。法律的に結婚できない相手とか……? 例えば、ビナーが既に既婚者で旦那とラブラブで間に入る余地がないとか。結婚してなくても彼氏がいるパターンもあるかもしれない。


 でも、浮気、不倫なんかは人類の歴史において頻繁に行われてきた。Amber君がそれに巻き込まれない保証はどこにもない。


 最後に考えられる可能性は……あれ? そう言えば……ビナーの声。どこかで聞いたことがあったような? あ!


 私は1つの可能性に気づいてしまった。兄貴が出したヒントがなければ、気づかなかった可能性。同一人物ではないという先入観が私の思考を鈍らせていたのだ。人は思い込みをすると、不思議と真実を見失うことがある。物証があるのにも関わらず、地動説を信じられなかった人達のように。


「兄貴。答えられないなら、答えられないでいいけど。私の質問に答えてくれ」


「構わんよ」


「私はビナーの中の人と既に会ったことがあるか?」


「はい。いい質問だね」


 なぜか始まった水平思考。タイムリーなネタをぶっこんだ所で、私の疑問は確信に変わった。写真展で出会ったAmber君の妹。彼女こそが、ビナーの正体だったんだ。


「Amber君はこのことを知ってるのか?」


「恐らく知らんだろう。2人の関係を知る人物は、俺くらいなものだ」


「お互いの声を聞いて気づかないものなのかな」


「生声と機材を通した声は若干違うし、同一人物ではないという思い込みがあれば、気づかないもんさ」


 確かに。私も今の今まで、あの写真展であった女の子がビナーの正体だとは気づかなかった。普段一緒に暮らしているAmber君と妹さんでも気づかないレベルだ。それ程までに思考のロックとは恐ろしい。


 真相を知って、私はすっきりした気分になった。むしろ……ショコビナ尊いという気持ちにさえなっている。相手が妹さんなら……! Amber君が家族を大切にしているということ。だとすると、Amber君はきっと将来、家族になる伴侶も大切にしてくれるに違いない。そう考えると、どんどんイチャついて欲しい気持ちになってくる。


 兄妹愛というのは美しいな……ん? 待てよ。Amber君には姉もいたな。


 私は賀藤家の姉弟愛について考えてみた。考えてみたがものの数秒で、後悔した。全くもって尊くない。真鈴と仲が良いのは私にとって地雷だ。とにかく、あいつは許さん。



「ハク兄。ハク兄。ちょっといい?」


 リビングで勉強をしている真珠が俺に話しかけてきた。一説によると、自分の部屋で勉強するよりかは家族の共有スペースで勉強した方が効率が良いらしい。


「なんだ真珠」


「わからないところがあるんだけど……教えて?」


 真珠が上目遣いで俺を見てくる。別に俺は成績が悪いわけではないから、中坊の勉強くらいは見れるんだけど……


「今忙しいから無理」


「忙しいって何! スマホ弄ってるだけじゃん!」


「スマホを弄るイコール暇だと考えるのは良くないぞ。俺は今、調べものをしているんだ」


「調べものって何?」


「クリスレのオススメのスキル構成」


「それゲームじゃん!」


「最近、イベントクエストが配信されたからな。遠方の友達と一緒に討伐に行くんだ。それまでに少しでも実力差を埋めたくてな」


「ゲームと私の勉強どっちが大事なの!」


「ゲームに決まってんだろ」


「むー。私、もっと面倒見がいいお兄ちゃんが良かった」


「俺も面倒事を言わない妹が良かったよ」


 世の中には2種類の兄がいる。面倒見がいい兄とそうでない兄。俺は後者のようだ。その後は、真珠がぶつくさと文句を言ってきて、調べものに集中できなかったので、きちんと教えてあげた。兄妹の仲は……良くもなければ悪くもないな。普通だ。

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