第137話 水平思考クイズ⑤【天然由来の成分】(前編)
「それでは、3番手は私だ。このコクマーがあなた達を謎の世界に
セリフ的には、少し大げさな物言いだけれど、コクマーさんは自然に言い放った。変に芝居臭くないというか、往年の映画スターを見ているような安心感がそこにはあった。
「タイトル【天然由来の成分】」
タイトルからは不穏な空気は感じられない。だが、それで油断してはならないのが水平思考クイズだ。一見まともそうなコクマーさんがまともだという保証はどこにもないのだ。
『女はあるハーブのお陰でとても幸せな気持ちになれた。一体なぜ?』
ハーブ……? 幸せ? まさか?
「はい! ハーブは合法ですか?」
「はい。合法です」
獅子王さんが初手で訊きたかった質問をしてくれた。良かった。脱法ハーブを吸っている犯罪者はいなかったんだね!
「ハーブの種類の特定はいる?」
「いらない」
続いて福下さんが質問し、その回答を受ける。ハーブの知識がいらない知識問題ではなさそうだ。
「そうだな。ゲストがいる時にハーブの種類や効能を問う。そんな知識問題を出すわけがないか」
福下さんがブーメランを投げる。見事に刺さってますよ。それ。
しかし。インテリ集団も容赦なく質問してくるようになってきている。うかうかしていると、先に重大な要素を詰められて全く活躍できずに終わってしまいそうだ。特にショコラとビナーは出題側で参加をしていないのだから、問題を解く方で活躍しなきゃ意味がない。ここで質問をぶち込むしかない。
「幸せになったのは女だけですか?」
ショコラの質問を受けて、コクマーさんは「うーん」と唸った。そして、1秒ほど悩んだ後に口を開く。
「答えは“はい”よりだと思うけど、関係ないかな?」
なんだこの曖昧な答えは……? もしかして、結構面倒なところを突いたのか?
「ふむ、女以外に登場キャラはいますか?」
佐治さんの質問に出てきた単語“登場キャラ”。水平思考に慣れたプレイヤーなら、質問時に登場人物とは言わない。なぜなら、人間だと思っていたキャラクターが実は動物のパターンもあるし、ひねくれた時には機械だったってパターンもありえる。出題者側が意地悪で、他に重要な登場キャラがいるのにも関わらず、人間という言葉を使っただけで“いいえ”を返す可能性があるからだ。俺も慣れている方ではないが、この場合は、人間と限定しない方が強いことを知識として抑えてはいる。
「いない想定だね」
登場キャラはいない。でも、幸せになったのは女だけではない……? だとすると、考えられることは1つしかない。
「そのハーブは不特定多数の人に恩恵を与えましたか?」
「私の解釈では“イエス”と言っておく」
ショコラの質問に対する回答は、解釈によってわかれることか……なんだろうこの曖昧さは。俺の想定ではハーブの恩恵が世界中の人に幸せをもたらす作用があるものだった。しかし、不特定多数が曖昧な回答を得たことで、なんか俺の喉にねっとりと絡みついて後味の悪い感触を残す結果になった。
「女に幸せをもたらしたハーブは商品ですか?」
「はい」
ビナーの質問が炸裂する。ハーブが商品? なるほど。だとすると、女以外に登場キャラがいないのに、女以外も幸せになったという要素と噛み合う。更に言えば、不特定多数が解釈によってわかれる。ということは、それほど広い範囲に需要があるわけではないのか?
単純に考えれば、女が商品のハーブを買って何らかの満足をしたんだろう……? ん? 商品を買って満足して幸せになる。そんな当たり前のことが問題になるのか? 水平思考ならなにかもう1つのギミックが必要になる。ハーブがそのまんま幸福の作用があるんだとしたら、ハーブ毎の効能に注目しなければ問題にならない?
「ハーブは香水に加工されてましたか?」
福下さんの質問が耳に入った瞬間、俺はハッとした。そういうことか。問題文では、ハーブをそのまんま使っていたと思ったけれど……既に誰かの手によって加工されていた。それがこの問題のギミックなんだ。
「いいえ」
どうやら香水ではないようだ。ハーブ……香水。ベタと言えばベタな発想だ。だが、そのベタが刺さることもあるから大事な質問ではある。水平思考は質問数に上限がない。とにかく、質問をぶつけなければ話にならないのだ。
「ハーブは飲食に関係する商品に加工されましたか?」
獅子王さんの質問。これまた強い。食べ物と限定すると飲み物が除外される可能性もある。飲食と2つに合わせることで、情報の取りこぼしがないように配慮されている。更に“関わる”と付けることで、食べ物そのものを指したり、調味料、保存料などの可能性も視野に入れているのか。
「いいえ」
香水でも飲食でもない? なんだろう。他にハーブを加工してできるものはあるのか? 俺も悩んでいるし、リドルトライアルのみんなも悩んでいる。インテリでも思いつかないのか?
「あの……ハーブは化粧品に加工されましたか?」
「はい。いい質問だよ。ビナー君」
化粧品か! その発想はなかった。最近では男性でもメイクをする人はいるが、俺はしたことがない。多少は、肌の手入れとして洗顔フォームとかは使ったりはしているけれど、そこまで俺に縁があるものではない。だからあまり身近なものに感じられなかった。
流石はビナー。見た目も(恐らく)中身も女子だ。ここにきて、大きな前進を果たした。
あ……? もしかして、そういうことなのか? コクマーさんはゲストに華を持たせようとしてこの問題を作ったのか? 多くのケースでは、男性より女性の方が化粧品に関しては身近である。レギュラーメンバーは全員男性なのに対して、ゲストは女性と性別不明。つまり、ビナーかショコラに活躍させるためにこの問題を……? それは俺の考えすぎだろうか。
「私、解答してもいいですか?」
ビナーが積極的に動いている。娘の活躍は親としては嬉しいものだ。このままビナーに決めて欲しい。
「ビナー様! がんばって下さい!」
「ありがとう。ショコラママ」
ビナーが目を閉じて、深呼吸をする。そして、目を開き解答を述べる。
「とある企業がハーブを使って、新たに化粧品を作った。女はその化粧品を使って、綺麗になり幸せな気持ちになった!」
ビナーの素晴らしすぎる解答。どうだ? これで止めか?
「惜しいね。間違ってはないけど、要素が足りないかな?」
「お、おい! まだ要素があるのか!」
佐治さんがツッコミを入れた。俺もこれで決まったと思った。娘の活躍で大勝利で終わりたかったのに。どうして……どうして……
「回答者がショコラ君とビナー君だけだったら、おまけで正解にしてあげても良かったんだけどね。まさか、これだけのインテリ集団がいておきながら、重要な要素を見過ごしたまま正解にするわけにはいかないだろ?」
確かに。ゲストに忖度して正解扱いにしてしまうと、いつものレギュラーメンバーにも甘い採点になってしまう。回答者が全員チームであるが故のジレンマ。それが水平思考クイズの厭らしい所だ。
「むう。コクマーさん。お願い? ヒント欲しいな?」
「可愛くお願いしてもヒントは出ない」
ビナーのおねだりにも屈しないコクマーさん。中々に手ごわい。
「お願い。コクマーちゃん? ヒント出してくれたら、わたくしとっても嬉しいなって」
「帰れ」
獅子王さんには辛辣なコクマーさん。当然の反応である。
「さあ、がんばれ。時間制限はないし、ゆっくり考えてくれ」
ここはなんとしてでも娘の仇をとりたいところだ。俺にだって、学者の父さんの血は流れているんだ。インテリに負けてたまるか!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます