第125話 おばさん煽り

 画面上に映し出されているのは、完成度の低いポリゴンの乳牛。俺はその乳を搾っていた。ドラッグしては離して、ドラッグしては離す作業の連続。こんなゲームなにが面白いのだろうか。俺は、そのままゲームをアンインストールをして返金処理を行った。貴重な48円を失わずに済んだが、人生で1度しかない16歳の1時間を失ってしまった。むしろ48円やるから1時間返せと言いたい。


 他人がやっているプレイ動画を見るとやりたくなる現象。ゲーム実況が全盛の今、そういった現象に名前がつけられてもいいのかもしれない。いや、あるいは俺が知らないだけで既に名前がつけられているのかもしれない。もし、名前がつけられていないのであれば、ピュベボプレッロ現象って名前を付けたい。


 ピュベボプレッロの意味は……ない。たった今秒で考えた覚えにくい名前だ。なんでこんな名前をつけたかと言うと、ただ単にこの現象がメジャーになった時に、クイズで出されることを見越してのことだ。すなわちクイズプレイヤーに対する嫌がらせ。個人的には噛んだらその時点で誤答にして欲しい。


 そんなくだらないことをやっていると通知が来ていることに気づいた。師匠からのメッセージだ。


Rize:Amber君。そのいい知らせがあるんだ


Amber:なんですか師匠


Rize:兄貴の子供が無事に生まれた。女の子だそうだ


 そういえば、匠さんは既婚者だったな。奥さんは里帰り出産という選択肢を選んで、地元に帰ったのだ。


Amber:おお、おめでとうございます


 匠さんにはお世話になっているし、出産祝いを渡した方がいいのかな。でも、俺はまだ社会経験が浅い高校生だ。出産祝いに何を送っていいのかがわからない。普段だったら、師匠に訊くことだけど……流石にお祝いを贈る対象の身内に訊くのはなんか違う気がする。父さんか母さんに訊こうかな……いや、母さんはダメだ。匠さんとの関係がバレたら、俺が仕事をしたことが白日の下に晒される。今度、父さんが1人でいる時を狙うしかないか。


Rize:ありがとう。Amber君。男所帯で育ったから、姪ができて正直嬉しい


Amber:そうですね。師匠ももう立派なおばさんですね


Rize:Amber君……?


Amber:?


 なんだ? 俺なにか変なこと言ったのか? お兄さんの娘は、師匠にとっては姪。姪ちゃんのお父さんの妹は彼女にとっては叔母さん。師匠がおばさんになったのは紛れもない事実だ。俺、関係性とかそういうの間違えてないよな?


Rize:Amber君だって、その内、叔父さんになるんだぞ!


Amber:上2人の様子を見てたら当分先だと思います


 兄さんはともかく、姉さんはまあ、無理だろう。1番可能性があるのは真珠だけど、真珠の子供から見たら俺は叔父さんではなく、伯父さんの方だ。漢字が違う。


Rize:…………


 え? なにこの無言の圧力は。わざわざチャットで「…………」って送るってことは、相当なことだぞ。里瀬家の中では俺に無言の圧力をかけるのが流行ってるのか?


Amber:ところで、もう名前は決まってるんですか?


Rize:ああ。決まってるよ。詩乃(しの)ちゃんだってさ


Amber:里瀬 詩乃。いい名前ですね


Rize:ありがとう。兄貴と奥さんが一緒になって考えたらしいんだ


Amber:へー。そうなんですか。俺も将来、子供ができたら夫婦で一緒に名前を考えたい派ですね


Rize:そうなのか。やっぱり、夫婦でいろんな意見を出し合って考えるのは楽しそうだな。私も一緒に考えたい派……なんてな


Amber:いや、ただ単に俺のネーミングセンスがないから、子供の名前が変になった時に備えて責任を半減させたいだけです


Rize:ええ……


Amber:そりゃ、自分の名字が賀藤だからって理由で自分の分身にショコラって名付けるくらいですよ


Rize:あえてそこには触れなかったけど、やっぱり名前の由来それだったのか……


Amber:子供の名づけを俺に任せたら絶対ロクなことになりません。他人がやっているプレイ動画を見るとやりたくなる現象に名前を付けたんですけど、その現象の名前がピュベボプレッロ現象ですよ


Rize:意味わからんなその名前は


Amber:師匠は俺に子供の名づけを任せられますか?


Rize:え? それはどういう意味だ?


Amber:例えの話です。別に本当に結婚するわけじゃないんですからね


Rize:あ、そう。無理だな。Amber君に考えさせるくらいなら、私1人で考える


 さっきまで一緒に考えたい派だって言ってたのに、急に掌ドリルを食らった。女心はよくわからないな。



 兄貴に子供ができた。その報告を真っ先にしたかった相手にできた。彼とのメッセージを終えた後、私はエレキオーシャンのメンバーとの待ち合わせ場所のカフェについた。他のメンバーはまだ来てないみたいだから、私が先に席を取り他の3人を待つことにした。


 席に着いたと同時に兄貴から写真が送られてきた。姪っ子の詩乃ちゃんの写真だ。まだ目が開いてないけど小さくて可愛い。歳を取るにつれて、より一層子供が可愛く思えてくる。


「ふふ……」


 思わず笑みが零れてしまう。こんなところ、他のメンバーには見せられない。特に真鈴には。あいつは私が姪っ子を見て微笑んでいるところを見たら絶対に弄ってくる。


「そんなにニヤニヤしてどうしたんですか?」


 丁度到着したメンバーのフミカに私の様子が見られてしまった。フミカの後ろからMIYAがひょっこり出てきた。


「え? もしかして、例の彼君?」


「な、なんだ! 私に彼氏はいないぞ!」


 私は思わずスマホを机の下に隠した。いつの間にか、この2人の中では、私に彼氏がいることになっている。実際、私に彼氏はいないわけだし、誤解を解くためにも正直に話した方が良さそうだ。


「兄貴に子供が生まれたんだ」


「ええ! おめでとうリゼ」


「おめでとうございます」


「ありがとう2人共」


 2人の祝福の言葉を素直に受け取った。


「それで、私にとっては姪っ子だけど、その子の写真が兄貴から送られてきたんだ。その写真を見てたら、可愛くてつい頬が緩んでしまってな」


「へえ。そうなんだ。ねえ、私も写真見ていい?」


 MIYAが私が机の下に隠したスマホに手を伸ばした。私はすかさず、スマホを別の位置に退避させてMIYAの攻撃を躱した。


「だめだ」


「ええ。なんで。私もリゼの赤ちゃん見たい」


「私の赤ちゃんじゃないだろ! 全く……その、この写真を真っ先に見せたい人がいるんだ。だから、その人に見せるまでは待ってほしい。その後はちゃんと2人に写真送るからそれで勘弁してくれ」


「ああ。そういうことね。ごめん気が付かなくて。ふふふ」


 MIYAが微笑ましいものを見る視線で私を見る。MIYAは基本的に良い子だけれど、恋愛関係の話になると弄る側に回りやすいのが玉に瑕だ。


 3人が集まってから30分後。当然のように奴は遅刻してやってきた。


「セーフ」


「お前は、時計の何を見てセーフだと言ったんだ」


「ごめんってば。ちょっと自転車に乗り遅れてさ。遅延証明書? ないよ。自転車だから」


 全く悪びれる様子がないが、今日だけは許してやるか。


「まあ、座ってくれ」


「あれ? 今日は怒らないんだ」


「マリリン。運が良かったね。今日はリゼ機嫌がいいみたいだからさ」


「へー。また壊れたの? ずっと壊れたままでいいよ」


「お前は私をなんだと思ってるんだ! 全く……今日、兄貴の子供が生まれたんだ」


「え? そうなんだ! 良かったねリゼ……ん? リゼのお兄さんの子供ってことは、リゼはおばさんになったんだ」


 こいつ……姉弟揃って当然のように気にしているワードを言って。


「ぷ、くくく。リゼがおばさんになった。おもしろ。ああ、リゼももうそんな歳かー。あはは。リゼおばちゃん。お年玉ちょーだい。あははは……あだ!」


 これ以上煽られても不愉快なので、真鈴の鎖骨にチョップを食らわせた。Amber君は許してもいいが、こいつは許さん。

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