第124話 ショコラの胸キュンエピソードコーナー

 俺は現在16歳だ。彼女の1人や2人、過去にいてもおかしくない年齢である。しかし、俺には彼女どころか、恋というものすらよく分かっていない。


 だけど、最近はそういった感情を知る努力をしなければならないと思い始めた。姉さんと双璧を成すくらい頭が悪い三橋ですら、恋がなんなのかを知っているのだ。俺がよくわかってないのはしゃくに障る。


 それに、師匠のこともある。匠さんと約束してしまった手前、俺は師匠の恋愛に協力しなければならない立場だ。それなのに、恋愛について詳しくありませんじゃ全く意味がない。俺も師匠には幸せになって欲しいから、出来る限りのことは協力するつもりだ。いざという時がいつ来るかわからない。ならば、今の内に恋愛の経験値を積んだ方がいい。そう思って、俺は俺の数字の力を使うことにした。


 そう。ショコラブのみんなの恋愛経験のエピソードを募集する。そして、どういう時に誰がときめくのか。所謂いわゆる胸キュンというものを学ぼうとしたのだ。


 そんなわけで、ショコラがSNSで募集をかけたところ、そこそこのエピソードが集まった。


 今回は視聴者からのメッセージということで、動画の収録形式を取ることにした。俺もまだメッセージの中身を見ていないから中身がどんなことが書かれているのかわからない。もしかしたら、動画サイトの規約に引っかかりかねない闇が深いメッセージが届いている可能性もある。ライブ配信で、そういったものが映ってしまったら放送事故につながりかねない。


 かと言って、事前に俺が内容をチェックをすると新鮮なリアクションが取れなくなる。企業勢ならこういう時はスタッフが事前にチェックしてくれるんだろうけど、あいにく俺は個人勢で雇っている人間もいない。だから、事前にセーフかアウトの判断ができないので生配信でのメッセージ紹介はできない。


 そんなわけで、俺は動画を撮影して編集を終えた。出来上がった動画を投稿前に最終的にチェックする。そのために動画を再生した。



「みな様おはようございます。バーチャルサキュバスメイドのショコラです」


 いつものように画面に表示されるショコラのアバターと俺の声。俺としては、相変わらず何回聞いても男の声にしか聞こえないが、大多数の人にとっては女の声に聞こえるらしい。人間の耳って不思議だなあ。


「本日はショコラブのみな様から恋愛に関する胸キュンエピソードを紹介します。事前にSNSで募集をかけておいたので多数のメッセージを頂きました。メッセージをくれた方もそうでない方もありがとうございました」


 画面のショコラがペコリと頭を下げた。


「それでは、早速エピソードを紹介します。全員匿名での紹介ですのでご安心ください」


『私が高校生の頃のエピソードです。私には好きな男の子がいました。彼はとても面倒見のいい性格でした。その面倒見のいい性格にいつも甘えていて、彼に構って欲しくて色々なイタズラをしました。中でも印象に残っているイタズラはバレンタインの日に彼のゲタ箱や机・ロッカーの中に丁寧にラッピングしたチョコを大量に入れたことです。もちろん、メッセージカードも添えました。クラスの男子全員の名前を書いて』


「悪質にも程がありますよ! なんですかこれ! バラの花が咲きかねない案件じゃないですか!」


 イタズラという軽い言葉では済まされない悪質な行為。それを受けた男子はかなり気の毒だ。


『もちろん速攻で私のイタズラだってバレました。すぐに彼に呼び出されてデコピンを食らいました。ちょっと痛かったけど、気持ち良かったです』


「ええ……」


 あえてここはなにも語らなかった。必要以上に触れてはいけないと判断したからだ。


『私はなんですぐに私のイタズラだってわかったのか彼に訊きました。すると彼はこう答えたのです。「こんなしょうもないイタズラするのはお前だけだし、このカードに書かれている筆跡もお前のものだ。いつも見ているからわかる」 もうその言葉で私の心は達しました。彼は勉強ができたので、私の宿題の面倒をよく見てくれたのです。その時に私の筆跡を覚えてくれたと思います。彼に私の筆跡をちゃんと覚えられている。意識されていることがわかったので、私はとっても嬉しくなりました。その事件をきっかけに彼のことがますます好きになりました』


「はい……ありがとうございました。イヤー、ムネキュン、デスネー」


 せっかく頂いたお便りだ。悪く言ってはいけない。これのどこがキュンだよとかツッコミをいれたくなる気持ち。それをぐっと抑えた収録時の俺は自分でも偉いと思う。


『その彼とは結局理不尽な別れを告げられましたが、今は自社の社長に――』


「はい。2人目のエピソードは聞いてないのでこれ以上は読みません。お1人様1エピソードでお願いします」


 次こそまともなエピソードが来ることを信じて、俺は次のエピソードを取り出したんだったな。ちなみにここで気づかれないようにカットを入れてある。次のお便りはとても動画で放送できないようなしょうもない内容だったからだ。子供も見ている可能性がある動画サイトで出していい内容ではない。本当にライブ配信だったら危なかった。


 そして、カットしたエピソードとは別のエピソードを紹介した。


『俺、宇宙飛行士なんだけど、初の宇宙行きが決まった時彼女に告げたんだ。そしたら彼女が「宇宙食、一緒に食べれるね」って言ってキュンときた。まあ、当然のことながら、彼女は宇宙飛行士じゃないんだから宇宙に行けないんだけどね』


「しょうもな」


 これは俺は悪くない。こんなあからさまな嘘松を送ってくる方が悪い。最後にダラダラとオチを長めに取るところがセンスの欠片もない。見ていて腹が立つ文章だ。


「あ、すみません。いいエピソードでしたね」


 明らかに嘘の取り繕い。


「はい、次いきましょ、次」


『中学の時にできた初彼女と行った初詣。ちょうど受験シーズンということもあって、俺は彼女と一緒の高校に行けますよにって願ったんだ。隣で神様に願い事をする彼女。初詣が終わった後にふと彼女に訊いてみたんだ。なんて願ったのかって。そしたら、彼女が「俺君と同じだよ」って俯きながら言ったんだ。それがもう可愛すぎて尊死した』


「?」


 画面のショコラが明らかに固まっている。


「え? 彼女はエスパーなんですか? なんで、投稿者のお願い事を知ってるんですか?」


 動画を見返して見てもわからなかった俺は最終手段に出たんだったな。


「誰か解説お願いします」


 そして、そのエピソードを最後に締めの挨拶をして動画が終了した。そして、その動画にはコメントがつけられた。


『最初のエピソードのやつ、俺もやられたことがある。どこにもバカは一定数存在するんだな』

『突然のしょうもなってディスは流石に草生える』

『最後のやつは、普段から一緒にそういう会話をしてたんじゃない?』

『俺もそう思う。お互い願いを言い合わなくても、気持ちは通じ合ってるよねってことじゃないの?』

『これがわからないやつはモテない。ちな童』

『ショコラちゃん。そういうとこやぞ』

『最後のやつの投稿者です。コメント欄に書いてあることが大体正解です。言葉足らずで申し訳ありませんでした』


 なんと、最後のやつの投稿者がコメントを直々にコメントをくれたのだ。なんかこうしてみると理解できない俺が申し訳なくなってきた。流石にこのまま放置もアレだから返信をしておくか。


『いえいえ。こちらの読解力がないだけですから、お気になさらないで下さい。素敵な投稿をありがとうございました』


 この動画を通じて、俺はまだまだ恋愛について知らないことが多すぎると改めて実感した。これからも定期的にこの動画をやって勉強した方がいいのかもしれない。

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