第126話 もう1人の同期

 私が所属している会社の社長。里瀬 匠さんに娘さんが生まれた。正規の社員ではないとはいえ、契約を結んでいる身としてはなにか出産祝いをしなければならないのだろうか。私はそのことについて頭を悩ませていると、ケテルさんが助け船を出してくれたのだ。


「ビナーさん。私たち3期生みんなでお金を出し合って出産祝いを贈りましょう」


「はい。でも、出産祝いって何を贈っていいのかわからないんですよね」


「ふふ。その辺は私に任せて下さい。他の1期生代表と2期生代表と擦り合わせて、贈り物が被らないように調整しますから。ビナーさんはお金を出してくれれば構いませんよ」


 流石、ケテルさんは大人の女性だ。頼りになる。この上機嫌の様子じゃ、1期生の代表はマルクトさんではなさそうだ。それに関しては胃を痛める必要がないのは助かる。


 それにしても気になるのは3期生という文言だ。3期生は私とケテルさんの他にもう1人いる。と言っても、私は彼とあまり話したことがない。全体会議でたまに一緒になるくらいで、配信上でも配信外の実務やプライベートでも一切絡みがないのだ。


「あの……コクマーさんにも話は通しているのですか?」


「いえ……私も彼とは同期ながらあまり話したことはないのです。なんていうか、彼の方が私たち……というか女性陣を拒んでいるように思えるのです」


「確かに。それはわかります」


 私たちは、別に異性とのコラボ自体は規制されていない。あくまでもビジネスライクな付き合いならば許容する。箱のスタンスとしてはそうなのだ。配信内やSNSで異性と過度にイチャつかなければ、ファンも許容してくれる。そういう層を多く取り入れるように1期生と事務所が尽力してくれたお陰だ。


 たまに所謂いわゆるガチ恋と呼ばれる厄介ファンが現れることもあるけれど、スルーすれば大抵はすぐに鎮火してくれる。そう言った層は女性だけ採用、もしくは男性だけ採用の別の箱が受け入れてくれるのだ。そう考えるとV界隈も上手い具合に需要と供給が回っていると言える。


 だから、私やケテルさんとコクマーさんは同期コラボをしても問題はない。ないのだが、私のマネージャーがコクマーさんのマネージャーに打診しても、拒否の連絡しかこないのだ。


「すみませんが、ビナーさん。コクマーさんのところに、出産祝いでお金を出し合うことになったと伝えてくれませんか?」


「え? 私がですか?」


「すみません。社長は今、奥様の実家で奥様の産後ケアをしてらっしゃるので不在なんですよね……事務所のスタッフ全員が慌ただしくて、マネージャーさんたちにこれ以上負担はかけられないのです。だから、この出産祝いの問題はタレントである私たちで解決したいのです」


「それを言われたらそうですよね……」


 いくら中学生の私でも、社長が数日間いないとなると、その分の業務が下の人間に負担がかかることは想像できる。里瀬社長のことだから、それで業務が破綻するような態勢にはしてないと思うけど、マネージャーの人も忙しいであろう期間に無駄に負担はかけたくない。そういった気持ちは私も一緒だ。


「私は私で、これから他の代表と話し合いがありますから、ビナーさんにしか頼めないのです」


「わかりました。私に任せて下さい」


 確か、コクマーさんのスケジュールだと今日は事務所に来る日だ。こういうことは早いうちに済ませたいから今日中になんとかしよう。



 所属タレントの控室に入ると、そこには私が探し求めていた彼がいた。金髪のオールバックの髪型で、頬には痛々しい大きな切り傷がついている。着ているシャツも柄物だし、明らかにカタギじゃない雰囲気を醸し出している強面こわもての人だ。でも、顔は結構若い感じだし、多分20代前半くらいかな?


 ちなみにこんなナリだけど、私はあんまり恐怖心を抱いてなかった。なぜかと言うとこの人は配信では、気さくな感じの人だしよく笑う、感じのいい人。Vのアバターもダンディで紳士的な中年男性だし、声もそれに合うように渋い低音ボイスだ。割と年上好きの女性が好きそうな感じがする。


 多分、怖いのは見た目だけだと思う。変にビクビクしたらかえって失礼だから、ここは堂々と行こう。


「あのー。コクマーさん」


「ん?」


 カバー付きの本を読んでいるコクマーさんと私の目が合う。コクマーさんは本にしおりを挟んでから閉じて、それを机の上に置いた。


「読書しているところをお邪魔してすみません」


「ああ。ビナー君か。大丈夫。退屈しのぎに読んでいただけだから気にしなくて良い。私に何の用だね」


 配信で聞くよりも生の声はやっぱり感じ方が若干違う。いい機材を使っても、どうしても生声と録音した声で微妙な差異がある。同一人物だって先入観がなければ、違う人だと認識する可能性もありそうだ。


「社長がお子さん生まれたのは知ってますよね? 社長の出産祝いをするために3期生でお金を出し合うみたいなんです。だから、コクマーさんにも協力して欲しいんです」


「ああ、もちろん構わない。ただ、今、現金を持ってないから後で引き出してこよう」


 時代はキャッシュレスなのだろうか。まあ、仕事場に来ているだけなら現金の持ち合わせがなくても別にいいのだろうか。


「用件はそれだけかな?」


「あ……そうですね。折角、お話したんですから……もう少し世間話でもしませんか?」


 多分断られるだろうと思っての誘い。私の誘いに対して、コクマーさんは口をポカーンと開けて、虚を突かれた表情をしている。


「え……キミは僕が怖くないのか?」


 ちょっと気の抜けた声になるコクマーさん。さっきまで一人称が「私」だったのに「僕」に変わった。もしかして、素の一人称が出た感じなのだろうか。


「いえ。同じ箱の仲間を怖がる必要はないと思いまして」


 私の発言を受けて、コクマーさんの口角が上がった。


「あー。良かった。コホン……私はこんなナリをしているだろう? 顔に傷があるし……それで、怖がる若い子も少なくない」


「若い子……? その言い方だとおじさんっぽいですよ」


 私は冗談めかして言った。それに対して、コクマーさんは大きく笑った。


「あはは。まあ、実際おじさんだ。今年で38になるし」


「さ、38歳!? 社長より年上じゃないですか! 全然見えませんよ」


 想像以上におじさんだった。四捨五入すると40歳になる人をVtuberとして起用するなんて思い切ったことをしたな。里瀬社長は。


「私は役者になりたかった。だけど、小さい頃に負ったこの傷のせいで、演じられる役は少なかった。傷をメイクで隠すのも限界があるし、役どころとしてはアウトローな感じの役しか回ってこなかった。当然役者としては大成できずに気づけば40間近」


 傷の下りのところからコクマーさんは自身の顔の傷を指でなぞった。


「これでも演技力には自信があってね。名のある演出家から褒められたこともあった。だからこそ、この傷のせいで役者として大成できなかったのは悔しかった……顔を出さなくて済む声優にも挑戦したことがあったけれど、今時の声優は顔出しで人気を取っている側面もある。傷のせいで、事務所から顔出しNGを食らっている私の人気は伸びなかった。そんな時にVtuberの存在を知ってね。顔を隠せる演者は私にとって最高の環境だと思ったんだ」


 私はコクマーさんの話を真剣に聞いていた。私も一時期は女優になりたった時期もあっただけに、彼の話には共感できるところもあった。


「そうだったんですね。コクマーさんは全然私たちと話してくれないから知りませんでした」


「それは本当にすまなかった。こんな顔だから、女の子は怖がるんじゃないかと思って、変に気を遣ってたんだ。後……ここのタレントは若い子が多いから、おじさんだとちょっと疎外感があるというか」


「私は気にしませんよ。歳の離れた兄がいるので、ジェネレーションギャップには慣れてますから。これからは気軽に絡んで、コラボしましょうよ」


「社交辞令でもそう言ってくれると嬉しいな。ありがとうビナー君。少し元気が出た」


 別に社交辞令で言ったつもりはなかったのだけれど、元気が出てくれたようで良かった。ちょっとしたきっかけで、同期と仲良くなれたのは思いがけない幸運だったな。

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