第122話 強者VS強者

 俺の元に勇海さんからメッセージが届いた。なんでも今夜、Vtuberのイェソドさんとゲームで対決するとのことだった。イェソドさんのSNSでも、つよつよゲーマーの緋色さんと対戦すると大々的に告知している。対決するゲームはなんなのか、その詳細は明かされてはいなかったが、SNSでは一時トレンドに入るくらいの盛り上がりを見せていた。


 最近注目を浴びているトクロ実況者の緋色さんとV界隈でも最強クラスと謳われているイェソドさんの対決。どんなゲームでも多いに盛り上がるに違いない。そう思った俺は配信のリマインダのページに飛んで、配信が始まるのを待った。


 配信が始まると同時にイェソドさんの姿が画面に表示された。


「オース。イェソドです。よろしくお願いします」


『オース』

『メース』

『初見です』

『初見』

『10度目の初見です』


「10度目の初見さん。いつもコメントしてくれてありがとう。あなたの名前覚えてるよ。後、10度目じゃなくて、12度目だよ。なんでちょっと鯖を読んでるの」


『え?』

『俺らが来場した回数数えてるの?』

『怖っ』

『イェソド君に意識してもらえるとか私からしたらご褒美です♡』


「あはは。冗談だよ。冗談。そんな正確に数えられるわけないじゃない。毎回たくさんコメントくれるリスナーがいるのに、1人1人数えられたら、そいつやべえやつだから」


 画面のイェソドさんがやんちゃな少年のように笑った。そういえば前回も数字のことに関してなにか言ってたな。あれも結局適当に言ったってオチだったか。


「さて、今日はゲストを待たせているからね。さっさと本題に移ろうか。と言ってもお相手はVの者じゃないんだけどね。ちょっとコネクションをこねこねして来てもらった相手。つよつよゲーマーの緋色さん。ちょっとした諸事情でリスナー側に音声は流れないからそこは許してね」


 本当に緋色さんがこの舞台に立つんだ。動画が伸び悩んでいた彼だけど、自らの動画のスタイルを変更したことによって伸びつつある。大きい企業勢のVとコラボするようになったのは友人の俺としても嬉しい。と言っても、俺も同じ箱(同じ企業もしくはグループに所属しているVtuber)のマルクトさんとは1度コラボしてるんだけど。


「そろそろ今回対決するゲームを発表するよ。それは……」


 イェソドさんが溜める。そして、口を開く。


「海外の大人気ゲーム。ミルキングシミュレーターです!」


『え?』

『なんだって?』

『なにそのゲーム』

『聞いたことがない』

『?』


 コメント欄が疑問符に塗れる。実のところを言えば、俺も知らない。こんな大々的に告知しておいてコラボ企画を進めて、ゲームの発表をして冷めることってある?


「このゲームはね。とっても面白いゲームなんだ」


『ああ、いつものクソゲーね』

『なんだいつものパターンか』

『またクソゲーをガチるのか……』

『クソゲー配信助かる』


 イェソドさんの一言で、リスナーたちは温度を取り戻した。なんだこのリスナーたち。色々と訓練されてるし、毒されすぎだろ。イェソドさんが面白いゲームって言えばクソゲーなのか……世界の共通認識と大きく乖離かいりしてやがる。


「概要欄に購入ページのURLを貼っておくから、良かったら買って。家族、恋人、友人にプレゼントすると喜ばれるよ」


 俺は別タブで購入ページを開いた。そして、値段とゲーム画面のスクリーンショットを見て察した。これはクソゲーだ。恐らく俺は一生買わないだろう。そして、大切な人にもプレゼントしないだろう。


「それでは、始めるよ」


 元のタブに戻ると既にゲーム画面が2分割で表示されていた。左側がイェソドさんで、右側が緋色さんの画面のようだ。画面には秒単位まで刻まれたストップタイマーが表示されている。RTAの動画でこのデザインのものはよく見かける。


「3、2、1……スタート!」


 イェソドさんの合図と共に両者がタイトル画面から【はじめに】を押してゲーム開始した。スクリーンショット通りのお粗末なCGが画面に表示される。90年代後期から00年代初期のレトロゲームのような。そんな印象を受ける。これで令和の時代に金を取る勇気。縄文土器は縄文時代に作られたから、その当時の実用性や考古学的価値があるんだと言うことを認識させられる至極の一作。


 両者、ものすごい勢いで牛の乳首を搾っていく。俺はこのゲームをやったことないし、他のプレイ動画を見てない。比較対象がない状態だから、これが本当に速い方なのか全然わからない。だけど、スピーカーから聞こえてくる、マウスのクリック音やマウスを思いきり動かしているであろう音。その音は明らかに常人が出せる音じゃない。柔道に詳しくなくても畳に相手を投げつける音が豪快に響き渡ったら、技が上手く決まったんだなと感じる。それに似たものなのかもしれない。


 ただ、乳搾りを見せられるだけの配信が4分弱ほど続いた。そして、ついに決着の時が訪れた。


3分54秒。イェソドさんの缶が満たされて、ゲームクリアとなった。


「記録は!? 3分54秒か……かぁー!」


 イェソドさんは頭を抱えた。緋色さんの画面の方は後少しで缶が満タンになる状態。明らかにイェソドさんの勝ちなのに、どこか悔しそうな表情をしている。


 4分12秒。緋色さんの缶が溜まった。この勝負はイェソドさんの勝ちだ。誰もがそう思ったことだろう。だが、次に彼はとんでもないことを口にした。


「はい。この勝負引き分けだな。あー。悔しいな」


 引き分け? なに言ってるんだこの人。常識的に考えれば、イェソドさんの勝ちなのに。


『引き分け……?』

『僕の知ってる引き分けと違うよー』

『このゲームやったことないけど、2人がハイレベルな争いをしていることだけがわかった』


「はい。実はここでネタバラシをすると……僕たちが対決しているのは、どちらが早く缶をいっぱいにできるかという争いではないのです。その実は、どちらが先に現世界記録3分42秒を更新できるか……世界記録取得の勝負だったんだよ!」


 言ってることが頭おかしすぎる。なにこの人たち。俺と違う次元にいる人なの? しかも2人ともがんばれば更新できそうな立ち位置にいるのが、なんとも言えない。この争いは正に同じレベルでないと発生しないものだろう。レベルが低すぎれば争いにすらならない。


「というわけで、どちらかが世界記録を出すまで終われない耐久配信が今から始まるよ。カナダ在住の先駆者兄貴は震えて眠れ」


 興味本位で覗いた深淵が地獄の釜の底に繋がっていた。なんて恐ろしい人たちなんだ。


「それじゃあ、テイク2いくよ。3、2、1……スタート!」


 またもや高速で牛の乳搾りをする最強の2人。正に勇者と魔王の最終決戦のような激しさ。実力で言えば、俺はただの村人Aにしか過ぎない。モブキャラにできることはただ見守ることだ。


「時間は……! 3分58秒。あー、途中でミスったのが響いたな」


 俺の目にはミスが見られた箇所がなかった。イェソドさんが記録を落した一方で、緋色さんは記録を大きく上げて3分48秒を叩き出した。初の50秒切り。しかし、これでも世界には届かない。


「お、緋色君やるねえ。いいねえ。そうでなくっちゃ倒す甲斐がない」


 ただの乳搾りが白熱した戦いになっていく。お互いに譲らない戦い。一周5分もかからない戦いだが、数試合もすれば30分以上かかる。気づけば配信時間は1時間弱。そこそこいい時間やっているのである。


「オリャアア!」


 イェソドさんがラストスパートをかけて叫んだ。そして、叩き出した記録は3分34秒。ついに世界に届いた。


 一方で緋色さんの記録は……3分37秒。こちらも世界記録を上回った記録である。だが、ほんの数秒だけイェソドさんが速かった。


「よっし! よっし! 勝った! 勝ったぞ!」


『世界1位と2位が誕生して草』

『先駆者が一気に3位に落ちただと……』

『いい戦いだった』


「緋色君の方も世界記録出してたのか。じゃあ、今回取れなかったら僕が負けてたね。危なかった……」


 その事実に気づいたイェソドさんは疲れと安堵が詰まった溜息をついた。


「緋色君もここまで付き合ってくれてありがとう。Goodジー Gameジー


 こうして、この世界に新たな世界記録が誕生した。配信終了後、緋色さんのSNSアカウントから、対戦相手のイェソドさんと来場してくれたリスナーにお礼を言う呟きが投稿された。


 お互い、健闘し称え合う良い勝負だったし、見ていて気持ちが良かった。けれど、俺は1つの決意をした。この2人とは絶対ゲームで対決しないと。

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