第121話 駄菓子を我慢すれば買えるゲーム

 トクロを用いた動画を制作し始めてから、割とすぐに収益化の条件を満たすことができた。現在は運営に収益化の申請をしている最中だ。それが無事に通れば、俺と莉愛の生活の足しにできるかもしれない。莉愛にはかなり苦労をかけたから、収益は莉愛への恩返しに使いたい。そのためにも、もっと技術やエンタメ性を磨かないとな。


 それはそれとして、ゲームの歴史は短いようで奥深い。かつて、家庭用ゲームは新品が1万円以上もする時代もあったのだ。それくらい1本のゲームを買うのにお金がかかる時代。そこから数十年も経った今では、ソフトを買う値段は落ち着いてきている。


 個人制作のフリーゲームも生まれて、ネット上で流行ったりもした。ネットを通じての決済システムが整備された今では個人制作でも有料のゲームは珍しくない。そんな中生まれてしまったゲーム業界の闇。駄菓子並の値段で虚無を体験できる時代が来てしまった。


 なぜ、そんなことを急に思ったのか。それは、俺がその虚無を押し付けられたからだ。


 俺は送られてきたメッセージをもう1度最初から読み返した。


Azalea:誕生日おめでとう勇海君。これは僕からのバースデイプレゼントだ


 小中学生時代を一緒に過ごした友人からメッセージが届いた。彼はとてもゲームが上手くて、中学を卒業するまでは放課後は毎日のようにゲームをして遊んだ。俺も彼に負けないように、ゲームの腕を磨いてきたのだ。ゲームに関して言えば、彼は俺のライバルなのだ。


Hiro:ありがとう。だけど、俺の誕生日はもうとっくに過ぎてるんだけど


Azalea:じゃあ、アンバースデイプレゼントをあげる


 『友人のAzaleaさんからギフトが届きました』というシステムメッセージと共にある1本のゲームソフトが送られた。


Hiro:なにこれ


Azalea:48円で売ってたクソゲー


Hiro:キミは48円で買ったクソゲーを俺の誕生日プレゼントにしようとしたのか


Azalea:ん? それじゃあ、同じような価格帯のソフトを100個送ろうか? そうしたら5000円弱になるし、友達に送るプレゼントとしては、まあまあいい値段すると思うよ


Hiro:ごめん。俺が悪かった。プレゼントは値段じゃないよね


 1万円相当のものだろうと100万円相当のものだろうと、いらないものはいらない。そう思えばプレゼントは値段ではないことがわかる。


Azalea:クリアしたら感想聞かせてね


 いらないものを一方的に押し付けて感想を強要してくる。夏休みの読書感想文並の理不尽さを感じながらも、俺は友人からのギフトをインストールした。


 ゲームを起動すると【MILKING SIMULATOR】というチープなタイトルロゴが表示された。画面は真っ黒。背景はなにもなし。真っ黒背景が効果的なデザインというわけではない。それは、タイトルロゴと黒背景がミスマッチ差を見ればわかる。初手は安定の手抜き。


 容量が無くてロクに背景を挿入できなかった時代ならまだしも、容量が自由に使える令和の時代に意図もなくタイトル画面に背景を設定しない時点でハズレ臭しかしない。


 俺はマウスカーソルを【はじめに】と書かれている箇所に置いてクリックした。恐らく、これがスタートボタンだと思う。これが、Readme的な役割だったら、はじめにでもいい気がするけど、スタートを意味する者だったら、【はじめに】は少し表現としておかしい。冒頭からもう日本語が怪しい。


 そして、【はじめに】を押した瞬間、ゲームがスタートした。うん。知ってた。


 安っぽい3Dの世界に降り立ったプレイヤー。画面は一人称視点で表現されているようだ。緑の草原に、荒いポリゴンの牛が突っ立っている。タイトルは確か、MILKINGがどうのこうの言ってたな……俺は英語が苦手だからこの意味がよくわからない。けれど、MILKって単語が入って、目の前には明らかに乳牛がいる。ってことは、この牛から乳搾りをするのが正解なのかな?


 俺は操作をしようと、適当にキーボードを叩いたり、マウスカーソルを動かしたりした。しかし、なにも動かない。操作説明なんてものは48円の説明書にはついていない。ゲーム内の説明ももちろんない。ダウンロードページのゲームの概要説明に書いてあるかもしれない。けれど、海外産のゲームであるが故に英語で書かれている。そして、俺は英語が読めない。


 なんとはなしにクリックをすると、プレイヤーが手を出して乳牛の乳首を掴んだ。


 乳首を掴んだはいいけど、ここからどうすればいいんだ? 乳牛の乳首の下にはそこそこの大きさの缶が置かれている。恐らく、これに牛乳を溜めればいいんだけど、乳搾りの仕方がわからない。もう1回クリックすればいいのか?


 しかし、クリックしたところで反応しない。この手探り感がなんとももどかしい。今度はクリックしながら。マウスカーソルを動かすドラッグをしてみる。下方向にドラッグすると牛の乳首から牛乳が垂れ流し状態になった。


「おお!」


 俺は感動のあまり声が出てしまった。だが、牛乳は少量だけしか出なかった。もう1度下方向にドラッグする必要があるのか? そう思って、俺は上方向にドラッグした。そして、再度下方向にドラッグする。しかし、なにも起こらない。プレイヤーの手の位置も下方向にあるままだ。


 どうなっているんだ。このゲーム。マウスの感度が悪いのかと思って、もう1度先程と同じことをしてみる。しかし、何回もやっても反応しない。単純に検知されてないだけかと思ったけど、操作方法が違うのか?


 俺はマウスの左クリックを解除して、上方向に持っていった。すると、プレイヤーの手の位置が元に戻った。


 そこで俺は完全に理解した。このゲームのゲーム性を。これは乳搾りする時は、ドラッグで下方向に移動させる。そして、乳搾り後に再度搾るためには、上方向にドラッグせずに移動させなきゃいけない。つまり、クリックの押しっぱなしでは乳搾りできない。適切なタイミングでマウスのクリックのオン・オフを切り替えなければならないゲームだ。


 ゲームを理解した俺は乳搾りを遂行した。30分かけて缶が満タンになるまで溜めてそして、ゲームクリア。なんだこのゲームは……


 3時間後、俺はこのゲームを贈ってきた友人にメッセージを返信した。


Hiro:ゲームクリアしたよ


Azalea:どうだった?


Hiro:5分切れるようになった


Azalea:楽しんでくれたようで良かった


Hiro:久しぶりにゲームで勝負しよう。もちろん、キミがプレゼントしてくれたこのゲームで


Azalea:いいよ。どうせなら、大々的な舞台でやった方が面白いかもね


Hiro:大々的な舞台? どういうこと?


Azalea:あれ? 言ってなかった? 僕は企業勢のVtuberになったんだ。だから、その配信で一緒に勝負したら面白いかもね


 企業勢のVtuber……一体誰だろう


Azalea:全世界に恥を晒したくなかったら、尻尾を巻いて逃げていいよ


Hiro:まさか……そっちがファンに負ける姿を見せられるんだったら、受けてもいい


Azalea:決まりだね


 こうして、俺はいつの間にか友人の配信にお邪魔することになってしまった。



「うーん。残念だなあ」


 八城さんがパソコンの画面の前で腕組みをして首を傾げている。


「どうしたんですか?」


「ああ。日高さん? いやあ、僕は今、不気味の谷現象というものに遭遇していてね」


 不気味の谷現象と言えば、キャラクターの造形がデフォルメからリアルに近づくにつれて、人間は不気味に思い、嫌悪感を抱くというもの。しかし、ある一点を超えた時、リアルに近づけば今度は親近感を沸くようになる現象のことだ。この親近感のグラフが谷の形になっているからその名前が付けられたとされる。


「この牛の乳搾りをするゲーム。コンセプトはいいんだけど、グラフィックがねえ……グラフィック向上のクラウドファンディングをやってくれればお金出せるのに」


 牛に不気味な谷現象を感じてる人初めて見た。動物ならなんでもいいってわけじゃないんだ。また1つ八城さんのことを知れて、私はなんだか少し嬉しくなった。

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