第114話 小説書いてるのが知り合いにバレました

 昼休み、私は借りていた本を返すために図書室へと向かった。図書室のカウンターには宮守君がいて退屈そうにしていた。そう言えば、彼は図書委員だったっけ。


「宮守君」


「あ、賀藤さん!?」


 宮守君は私の顔を見るなり、声をあげて驚いた。なにもそこまで驚かなくてもいいのに。


「そんなにビックリしないでよ。別にサボっていたことを先生に言ったりしないから」


 私は冗談めかしてそう言った。


「この本、返却するから処理をお願いします」


「あ、うん。わかった」


 宮守君はカウンターにあるパソコンで本の返却処理をすると私にその本を返した。


「じゃあ、元の場所に戻して」


「うん」


 私は、返却処理が終わった本を元の位置に戻した。私の用事はこれで終わりなのだけれど、昼休みはまだ時間があるし今日は特に予定がない。宮守君と少し話してみるのも悪くないかもしれない。


 宮守君とは小学校低学年の時に1回。高学年の時に1回。それぞれ同じクラスになったことがある。低学年の時は割と話していた方だと思う。けれど、高学年になってからは、私に対して、態度がよそよそしくなったのを覚えている。丁度男女を意識するような時期だし恥ずかしかったのかもしれない。


 中学でもう1度同じクラスになったんだし、また前みたいに話せたらいいなって思う。


「ねえ、宮守君。ちょっといい?」


 図書室には他に生徒がいないし、今この空間には私と宮守君の2人だけだ。別に話しても問題はないと思う。


「な、なに?」


「宮守君って確か文芸部だったよね?」


「うん……そうだよ」


 私は真っすぐ宮守君を見ているのに、彼は私に目を合わせてくれない。なんだろう。私嫌われるようなことしたかな?


「じゃあ読書したりするの?」


「ま、まあ。それなりに」


「ふーん。そうなんだ。実は私も本を読むのが好きなんだ」


「え? ほ、本当?」


 宮守君が話題に食いついてくれた。私はクラスのみんなからは体育会系の運動バカのように扱われているけれど、文学には興味があるのだ。


「だから宮守君がオススメの本があったら教えて欲しいんだ」


「えっと……賀藤さんはどういうジャンルの本が好きなの?」


「ジャンル?」


 うーん。私としては、宮守君がどんな本を読んでいるのか気になったから訊いただけだけど。質問の仕方がまずかったかな。そこまで詳しく深堀りされるとは思わなかった。


「うーん。今読みたいジャンルは恋愛モノかな?」


「恋愛モノ? 恋愛モノって色々あるけど、どれ? 男性向けのラブコメ? それとも女性向けの恋愛小説?」


「うーん。私これでも女だから、女性向けの方がいいのかな?」


 よくわからないけど。


「女性向けかー。女性向けにも色々あるんだ。純愛モノだとか、ドロドロした愛憎劇、最近だと婚約破棄モノが人気だけど、どれ?」


 そこまで細分化されてるの? というより宮守君詳しすぎない? 軽い気持ちで訊いただけなのに、ここまでヒアリングする? ランプの魔人なの?


「えっと……なるべく優しい物語が読みたいから純愛系がいいかな」


「そうなんだ。ちょっと待って」


 宮守君はなにやらスマホを弄ってる。そして、本の商品紹介ページを見せてくれた。


「余命20年の伯爵令嬢。最近発売された本だけど読んでみて面白かったよ」


「余命20年……結構あるんだね」


 普通に赤ちゃんが成人する年齢だ。余命何年とかいうものは短くしないとドラマ性が生まれないと思うけど。


「まあ、なんで余命20年なのかは読めばわかるよ」


「ふーん。そうなんだ」


 余命20年の理由。それは、宮守君が見せてくれた商品紹介ページのあらすじにがっつり書いてあったけどね。主人公の伯爵令嬢は生まれながらにして、侯爵家に嫁ぐことが決められていた。そこの侯爵家は食人族として有名で、婚約とは名ばかりの“肉”としての出荷なのだ。令嬢はそのことを知らずに20歳の時に侯爵家に嫁いだ――というお話。


 いや、怖いわ。どこが、純愛なの! ホラーサスペンスじゃないこれ。例え、こっから純愛展開に持っていったとしても相手が食人族の時点でお断りしたい。


「宮守君。他のはないの? 余命20年は悲しいというか、なんというか。もっと平和な物語が読みたいな」


「他の……? えーと……」


 宮守君が再びスマホを弄りだした。その時だった、私は背後にふと気配を感じた。


「宮守君。キミが書いた小説はオススメしないのかー?」


 私の後ろには、制服を着崩している女子生徒が立っていた。


「桜庭先輩!? どうしてここに」


「昼休みに私がどうしようと自由でしょ? ギャハッハ」


 宮守君は桜庭先輩を見て明らかに動揺している。相手が先輩なら挨拶しないといけないかな。


「初めまして。私は賀藤 真珠と言います」


「ん。ああ、堅苦しい挨拶は別にいいよ。私体育会系じゃないしー。そういう上下関係みたいなもの全然気にしないから」


 桜庭先輩は私に対して笑顔を向けてきた。なんだろう。このニヤニヤとした視線は。


 それよりも、さっき桜庭先輩は気になることを口走っていた。


「宮守君は小説を書いてるんですか?」


「そうそう。幽霊部員が多い文芸部なのに、毎日部室に来て執筆活動しているんだ。健気だよねー」


「桜庭先輩! やめてください。賀藤さんの前で」


 宮守君は何やら慌てている様子だ。別に嫌がることではないと思う。


「凄い。宮守君。小説書けるだなんて文才があるんだね」


「あ、いや。文才というかなんていうか。その……僕は別に……この小説を誰にも見せてないし、ただ、自己満足のために書いてるっていうか」


「そうそう。先輩の私にも見せてくれないんだぞ。こいつはー」


 消え入りそうな声の宮守君に対して、図書室には相応しくない声のボリュームの桜庭先輩。他に生徒がいないから別にいいんだろうけど。


「宮守君。なんでみんなに見せないの? もったいないよ」


 私としては書いた分を他人に見せないのはもったいなく感じる。と言っても私が文章を書いた経験は作文と読書感想文だけだけど。いずれにしても、他人に見せるために書いた文章だ。だから、自分だけが満足するために文章を書くという感覚はよくわからない。


「だって……この小説は……その。人に見せられるものじゃないんだ!」


 私は宮守君のその言葉を聞いて少し物悲しくなった。


「なんで宮守君はそういうことを言うの?」


「え?」


「だって、その創作物は宮守君が心血を注いで書いたものなんだよね? いわば自分の分身、子供のようなものじゃないの? それを生みの親である宮守君がそんな言葉で否定したら、その小説が可哀相だと思うな」


「う……」


「世界中の誰に否定されても、その創作物を絶対に肯定してあげられるのは制作者だけなんだよ。それに、誰にも公開してないものを作者である宮守君自身が見せられるようなものじゃないって言いきるってことは、その子は全世界の人に否定されたのと同じだと思う」


 私の言葉に宮守君は黙って俯いてしまった。その様子を見て私は我に返った。


「あ、ごめん、宮守君。何にも知らない私が適当なことを言って。今の言葉は忘れて」


 私は、お姉ちゃんみたいに作曲の才能がなければ、ハク兄のように絵が上手いわけでもない。創作の才能はないから生みの苦労を知ることはできない。もしかしたら、宮守君は悩みに悩んだ末に、これは人に見せられるものじゃないと断じた可能性がある。その決断は苦しみに溢れていたのかもしれない。それを何も知らない私が非難したら宮守君だって気分が悪いかもしれない。


「ごめん。宮守君。本当にごめん。生みの苦労もしらない私に言われたくなかったよね」


 1度発言した言葉というものは取り消すことはできない。もし、その消せない言葉で宮守君の心を傷つけたのなら私は誠心誠意彼に詫びなければならない。


「ううん。ありがとう。賀藤さん。僕は大丈夫。僕は別にこの作品を否定しているわけじゃないんだ」


「え?」


「自分では結構出来のいい小説だと思う……ただ、そのあまりにも自分の願望を垂れ流しているのが恥ずかしいというか、そういう意味で人に見せられないって言ったんだ」


「そ、そうなんだ」


 良かった。宮守君は別に自分の作品を否定しているわけじゃなかったんだ。


「なーなー。宮守君。それが理由で他人に見せられないって言うんだったらさー。匿名で投稿できる小説サイト出してみたら?」


 桜庭先輩がそう提案した瞬間、昼休み終了5分前のチャイムが鳴った。


「あ、そろそろ教室に戻らないと。行こ、宮守君」


「あ、うん」


「桜庭先輩。すみません。お話の途中ですが失礼します」


「またねー。真珠ちゃん。宮守君。また放課後部室でなー!」

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