第113話 複雑な人間関係
真珠がこちらを見て目を丸くして驚いている。視線の動き的には俺と匠さんを交互に見ているようだった。俺を見て驚くのはわかるけど、なんで匠さんの方まで見ているんだ?
「社長。どうしてここに?」
真珠の隣にいた女性が匠さんに話しかけてきた。赤い縁のメガネをクイっと指で直す仕草がなんとも知的に見える。
「ああ。白石君か。私の弟の写真が展示されていてね。妹とその弟子と一緒に弟の雄姿を見たくて来たんだ」
「はいはーい。俺がその弟の昴です。良かったら俺の作品も見て下さいよ。お姉さん」
昴さんが一歩前に出て、自身の存在を白石と呼ばれた女性にアピールしている。白石さんは匠さんのことを社長と呼んでいたから、匠さんの会社の社員だろうか。見た目は大人の女性という感じで、兄さんと同い年くらいかな? そんな人がどうして真珠と一緒にいるんだ?
「その作品はどこにありますか?」
「お、嬉しいですね。興味を示してくれるだなんて」
白石さんが食いついたので昴さんは嬉しそうな顔をしている。
「ええ。コンテストに入賞者の解説を聞きながら、作品を鑑賞する機会はあまりないですから」
「へへ。それじゃあ、遠慮せずに語っちゃいますよ」
昴さんと白石さんは作品がある方に向かっていった。なんだろう。昴さんの容貌から、ホストとそれに案内される常連客にしか見えない。
「え、あ、あの……? え?」
取り残された真珠が困惑している。状況についていけない様子だ。
「あ、あの……違ったらすみません。エレキオーシャンのリゼさんですよね?」
「ん? ああ、そうだ」
「あ、やっぱりそうなんだ。その私は真鈴の妹の真珠です。いつも姉がお世話になってます」
真珠がぺこりと頭を下げた。
「ああ。真鈴の妹さんか。いやいや。私の方こそ真鈴には世話に……なっている」
社交辞令とはいえ、心にもないことを言う師匠。なんだか辛そうだ。気持ちはわかる。こちらが1000回頭を下げても足りないくらい、姉さんは師匠に迷惑をかけているはずだ。
「あ、えっと……その。さっき、弟子がどうのこうの言ってましたけど、どういうことですか?」
「まあ、色々とあってな。キミのお兄さんにCG制作や3Dモデリングの技術を叩きこむことになったんだ」
「え? そ、そうなんですか。姉だけではなく、兄までお世話になって……なんてお礼を言っていいのやら」
「気にしなくていい。両方、私が好きでやってることだ」
確かに真珠の言う通り、俺と姉さんは家系レベルで師匠にお世話になっている。本当に師匠には頭が上がらない。
「なあ、真珠。さっきの白石さんとはどういう関係なんだ?」
「え? あ、その……共通の趣味を持った仲間……?」
俺の質問を受けてちぐはぐとした回答をする真珠。なんだ共通の趣味って。
「まあ、真珠ももう中学生なんだし、どんな趣味を持とうが俺がとやかく言うことじゃないか」
わざわざはぐらかしたってことは、兄である俺には言いにくいことなんだろう。男女の違いによるものなのか、それとも家族だからこそ言いにくいものなのか。まあ、俺も気持ちはわからないでもない。俺だって、Vtuber活動しているって家族に知られたくないし。
「どうする? 真珠。この後は白石さんと一緒に回るのか?」
「うん。そうするつもり」
「まあ、そうだろうな。真珠は師匠と匠さんにも面識ないから気を遣わせちゃうからな」
「あはは。そうだね。じゃあねハク兄」
こうして、俺と師匠と匠さんは3人で写真展を回ることにした。昴さんはまだ白石さん相手に力説しているようだ。
◇
びっくりした。まだ心臓がバクバク言ってる。本当にどうして、ハク兄が社長と一緒にいるのか意味不明だった。社長の妹さんがお姉ちゃんのバンド仲間で、ハク兄の師匠。そんな偶然ってありえる? でも、社長は本当にクールというかなんというか。あんな状況になっても表情1つ変えないし、私と適度に目を合わせていた。目を合わせすぎても不自然だし、逆に合わせようとしないのも不自然。本当に自然な流れで初対面を装えるんだから、その胆力は相当なものだと思う。
写真展を後にした私は、同僚の白石ケテルさんと一緒に近くのファミレスで食事をしている。
「ああ、もう。本当にびっくりしましたよ。だって、社長と一緒に私の兄がいるんだから。本当に心臓に悪い……」
「それは驚いたでしょうね。お兄さんにはVのことは秘密にしているのですか?」
「ハク兄だけじゃなくて、お父さん以外の家族みんなには言ってないんですよ」
私はドリンクバーで注いだメロンソーダを飲んで心を落ち着かせた。
「ごめんなさいね。ビナーさん。私に付き合わせてしまったばかりに、こんなことになって」
「いえ。ケテルさんのせいじゃないです。それより、ケテルさんの写真凄かったですね」
「ふふ、ありがとうございます。大賞も狙える作品だと思ったのですが、佳作止まりだったんですよね。昴さんの作品ですら佳作止まりでしたから、やはりあのコンテストはかなりレベルの高いものだったと思います」
ケテルさんは優雅にカプチーノを口に含む。その仕草がなんとも落ち着いていて大人の女性って感じがする。マルクトさんとやりあっている時とは全く別人のようだ。
ケテルさんは趣味で写真を撮っている。その中でたまたま奇跡の1枚と呼べるものを撮ったのでコンテストに応募した。それが今回の騒動の始まりだった。
ケテルさんの作品は見事に佳作を取り、展示されることになったのだ。そして、その展示会に私を誘ってくれたので一緒に行くことになった。
「そんなに社長の弟さんの作品は凄かったんですか?」
「ええ。人は見かけによらないというか、あんな不真面目そうな青年の撮る写真とは思えませんでした」
「そんなにあの人の見た目ダメですか? 普通にかっこいい部類に入ると思いますけど」
「ああ、見た目がダメとかそういう話ではないのですよ。ただ、あの手のタイプは派手好きというか、躍動感のある写真を撮るのかと思ったのです。でも、あの1枚はずっしりとした不動の1枚で、そのギャップが意外に感じられたのです」
確かに、あの人は見た目的には派手なものが好きそうな感じがする。
「まあ、でも、見た目がダメかどうかと言われたら、恋愛対象にはなりませんね。私は茶髪は受け入れられない主義ですから。あの女と同じ髪色ってだけで無理です」
あの女……マルクトさんの魂の方か。あの人も確か茶髪だったな。
「やっぱり、男の人は真面目で誠実な人がいいんですよ。堅物で厳格なところがあるけれど、根は優しい。毎日がんばって辛い想いをしている私。私が本当に挫けそうな時に甘やかしてくれる。そして、甘やかしてくれたお礼に今度は私は彼を癒してあげる……そういう関係性がいいんです」
特に訊いてもないのに語りだしたケテルさん。まあ、他人の好みのタイプとかを聞くのは嫌いじゃないからいいけど。
「ケテルさんが高校時代に好きだった人もそういうタイプだったんですか?」
「そうなんですよ。みんなのまとめ役だったんですけど、その輪を乱しているのがあの女なんですよ! あの女は彼に構って欲しいがために、わざと行事をサボったり、しょうもないイタズラしたり、騒いだりしてたんですよ。まあ、でも……あの女の家庭環境を考えたらそれは仕方のないことかもしれませんが」
「家庭環境?」
「あの子は本当の父親の顔を知らないんですよ」
「え? それってどういうことですか?」
それはかなり衝撃的な事実だ。片親の子もいるにはいる。だが、物心がつく前に、死別したにしろ離婚したにしろ、父親の写真が1枚も残ってないってケースは稀だろう。
「詳しいことは私にもわかりません。彼女はこのことを詳しく踏み込まれることは嫌ってましたから」
本人が家庭環境のことを詳しく話したくないと言うのならば、それはそれ以上訊けないことだ。
「義父とも上手くやれてないみたいだし、なんていうか父性のようなものを求めていたんだと思います。だから、叱ってくれる存在についつい甘えてしまう気持ちはわかります」
「そうですね」
私もお父さんが海外生活でいない時期があったから、気持ちはわからないでもない。と言っても私の場合は、連絡を取ろうと思えば取れたし、今は家に帰ってきているしで状況は全然恵まれている方だ。
「だから、彼女は恋のライバルながら、彼に甘えることだけは許容してあげました。でも……やはり、卒業式のあれは許せません。あれは明らかなライン越えです!」
やはり、ケテルさんの恨みはかなり根深いものだ。2人が仲直りする日は……来るといいなあ。
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