第115話 押し寄せる変態たち
「みな様。おはようございます。バーチャルサキュバスメイドのショコラです。本日はお絵描き雑談配信をやっていきたいと思います」
俺はお絵描きソフトを立ち上げて、真っ白な下地に線で輪郭を描いていく。
「この話をご存知の方もいると思いますが、先日私が草原活動というゲームをしたのを覚えてますか? そのゲームで初っ端にキルされたじゃないですか。私をキルしたその相手も動画投稿者だったんですよ。それで私がキルされた瞬間もバッチリ映っていたんですね。そして、その動画の続きを見たら、なんとその人が見事に1位になってました。あれは見た時に本当に驚きましたね」
『あの動画見たけど本当に凄かった』
『まだ見てないから配信終わった後に見に行く』
驚いた理由はまだあるのだ。その動画投稿者の名前が緋色。つまり、勇海さんの動画投稿者としての活動ネームだ。俺は知らず知らずのうちに勇海さんと対戦して負けていたのだ。なんともまあ、凄い偶然としか言いようがない。
でも、勇海さんの動画が伸びているようで良かった。俺のところにも『琥珀君のアドバイスのお陰で動画が伸びた。ありがとう』という趣旨のメッセージが届いた。友人の動画が伸びるのは嬉しいことだ。
動画投稿の世界はパイの奪い合いという側面が大きい。もちろん、コラボや関連動画に出ることでお互いのファンを共有することもできるが人生の時間は有限である以上は再生時間の奪い合いはどうしても避けられない。強力なライバルを目覚めさせた気がしないでもないが、今は友人の成功を喜ぼう。
「ということで、私があの時キルされたのは仕方なかったことなんです。相手が悪すぎただけですから」
『お、そうだな』
『相手が悪かったのは確かだけど……』
「なんですか。その『相手は悪かったのは確かだけど……』って。だけどって何ですか? この後に続く言葉はなんなんですか? まさか私が下手とでも言うつもりじゃないですよね?」
『圧やめて』
『圧たすかる』
『実際上手くない』
「はい。そこ上手くないって言った人。私と草原活動で勝負な」
『ショコラちゃんとゲームできるの羨ましい』
『ごめん。草原活動やったことない』
「やったことないのに批判したんですか。全く。エアプ勢が偉そうにイキらないで下さい」
『正論で草』
『ごめんなさい』
『あやまれてえらい』
「まあ、謝ったなら許してあげます。私は心が広いですからね」
そんなこんなで喋りながら手を動かしていくと段々と描こうとしている絵が出来上がっていく。3つ首の犬。このチャンネルでなぜか人気が出てしまったキャラ、セサミを描いているのだ。
『セサミを描いていると聞いて駆け付けました』
『セサミだ! 囲め! 囲め!』
『同士よ! 集え!』
セサミガチ勢と思われるコメントが散見された瞬間、高評価と同接数が一気に増加した。
「ちょっと、なんでセサミの形が出来上がってきたら、高評価と同接数が増えるんですか!」
なにこの現象。もしかして、俺の知らないところで、セサミのファンクラブができているとか? それとも、誰かが変態的なコミュニティを形成して水面下で活動しているとか? いや、それは流石にないか。
『セサミの公式絵たすかる』
「いやいや。助からんでもろて」
実際、ショコラのチャンネル登録者の内1割くらいはセサミのファンがいそうな気がする。
『Nice SESAME.』
「ついに海外勢までセサミに浸食されましたね」
『セサミ専門のサブチャンネル作ったら?』
「セサミ専門のサブチャンネルは作りません。そっちのサブチャンネルの方が人気出たらどうするんですか。私立ち直れませんよ」
『犬の人気に嫉妬するサキュバス』
「まあ、そういう冗談は置いといて、私も個人でやっている身なのでサブチャンネルにまで手は回らないんですよね。今のチャンネルも運営するだけで結構手一杯ですし」
『個人なら仕方ないね』
『今のチャンネルも更新頻度は控えめだからね』
これでも、俺は昼間は学校に行っている高校生だし、3Dモデルの制作時間も確保したいし、時間は限られているのだ。
「よし、大体こんなもんかな」
こうして出来上がったのは、野球ボールを玩具にして戯れているセサミの線画だ。我ながらいい出来だと思う。セサミと野球ボールの組み合わせは正直トラウマが蘇りそうだった。けれど、あの悪夢のようなゲームのお陰で着想を得た構図でもある。
『かわいい』
『Excellent.』
『ショコラのホームランダービー再走しろ』
『セサミから逃げるな』
『クッソかわいいけど、こいつ魔球投げるんだよなあ』
『ちょっとトイレ行ってくる』
「ホームランダービーは再走しません。URL貼られてもやりません」
『https://www.xxx.yy.zz』
『ハランデイイ』
『ハランデイイ』
『ハランデイイ』
風の噂によると、あのゲームはセサミを攻略したところで終わりではない。セサミはあくまでも通過点でしかないのだ。最終レベルは本家にも勝るとも劣らない鬼畜な難易度が待っているとかいないとか。本当かはしらない。最終レベルに到達したと思われる人は阿鼻叫喚の呟きを行っている。けれど、恐ろしいことに、SNSでは既にゲームをクリアしたと報告した猛者がいるのだ。ゲームクリア画面のスクショがあがってないから本当かどうかは知らないけれど。
「さて、キリがいいので本日はここまでにしますか。また色塗りの方は次の配信でやりましょう。みな様、今日はお越しいただきありがとうございました」
あんまり配信時間が長くなりすぎてもいけない。そう思って俺は、ここで配信をしめることにした。
◇
僕は犬が投げるボールをただひたすらに打ちまくっていた。もう何本打ったかわからないホームラン。そんな時、僕のスマホが鳴った。僕は画面に表示される名前を見て、迷わず電話に出た。
「もしもし」
「お疲れ様です。イェソドさん。例の件の確認が終わりました」
電話口から女性の声が聞こえる。僕のマネージャーだ。
「おお、そうなんだ。で、どうだった?」
「制作者に問い合わせたところ、配信しても問題ないとのことでした」
その言葉が聞けて僕は気分が良くなった。なにせ、僕たち動画配信者にとって、ゲームの配信許可が取れるかどうかはかなり重要なことだ。一般的には配信が許可されているゲームでも、企業勢だとNGが出る。そんなケースも珍しくないのだ。それに、どこまで配信していい部分かという確認も重要なことだ。特にエンディング部分の配信を嫌がる制作元も結構いる。だからこういった確認作業は疎かにしてはいけないのだ。
「それで……本当にやるんですか? あのショコラのホームランダービーというゲームを」
「やらなきゃ許可取った意味ないよね?」
「確かに……そうですね」
「大丈夫。マネージャーのがんばりは無駄にしない。クリアしてみせるさ。あはは」
僕はそう言って笑い飛ばした。しかし、電話口からマネージャーの不安な様子が伝わってくる。
「その……耐久配信をやるんですか?」
マネージャーの声色が明らかにうんざりしているようだった。マネージャーは僕の活動記録を取るために配信を見なければならない立場だ。僕はしょっちゅう理不尽難易度のゲームをやって配信時間が長くなりがちだから、その分彼女に負担がかかってしまう。
「ん? ああ、ごめんごめん。マネージャーには言ってなかったかもしれないけど、僕さ、あのゲームクリアしたんだよね」
「そうなんですか?」
「そ、裏垢の方にクリア報告あげてる。スクショを上げていいのかわからなかったから、上げてないけど……興味あるなら、マネージャーにクリア画面のスクショ送ろうか?」
「いいえ。クリア画面なら配信で見させて頂きます」
「そっか。まあ、期待してて見ててよ僕がホームランダービーを制するところをさ」
僕は元々、理不尽難易度のゲームを平然とクリアできる腕と精神力を買われて里瀬社長に拾われたんだ。今、話題のこの理不尽ゲーをクリアするとこを配信しなければ僕がこの場にいる意味がないのだ。
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