第108話 キャットファイト助からない

 Vtuberビナーとしての配信も慣れてきた頃、私に新たなゲームを実況させる企画が進行していた。


 その名も【テラ・クラフト】空想上の地球テラを舞台に、素材を集めて家を建てたり、沸いてくるモンスターを倒してサバイバル生活をしたりするゲームだ。


 この手のゲームはサンドボックスゲームと呼ばれていて、ゲームが目的を設定するのではなく、プレイヤーが個々で目的を設定して自由に遊ぶという設計になっているのだ。その話を聞くと自由気ままにプレイできる楽なゲームっていう印象を抱いた。けれど、事務所の先輩の話では、自由度が高い分プレイヤーのセンスが問われることになるのだ。


 特に動画化するには、そのセンスの影響が非常に大きくて、他と差別化しやすい分、無名実況者でも成り上がれるチャンスがある。けれど、企画のセンスがなければ、トップ層でも落ちぶれた再生数になることも珍しくないという。


 そして、企画力以上に大切なことは、ある程度の知識とプレイヤースキル。このゲームは無知の状態だと何をしていいのかわからずに、あっと言う間に死んでしまう。1度死ねば、死の連鎖が止まらずに、ただ生き返っては死ぬのを繰り返す終わりのない終わりが待っているだけである。


 死に続けるだけの進展しない場面を視聴者に見せたら低評価が付くのは自明の理。今後の活動にも影響が出る可能性だってある。


 そんな状況を避けるために、新人の中でこのゲームが未経験だった私とケテルさんは講習を受けることになった。ここまでは良いんだけど、その講師の人がマルクトさんなのだ。マルクトさんとケテルさんは学生時代に色々あったせいで仲が悪いのだ。またこの2人に挟まれるのかと思うと胸が苦しくなる。


 女の子同士の間に挟まりたいとか言っている男の人がいて、その人が粛清される流れはよく見るけれど、この2人の間にだったら遠慮なく挟まれて欲しい。私が許可する。あ、でもこの2人は昔は好きな人が一緒だったみたいだし、その人が挟まれていたようなものか。可哀相に。


 さて、そろそろ通話アプリを繋ごうか。今日はリモートでの研修だ。あの2人が直接対面しているわけじゃないのがせめてもの救いだと思おう。


「ビナー入りました。聞こえますか?」


「こちらマルクト聞こえます」


「ケテルです。聞こえますよ」


 全員無事に集まったようだ。マルクトさん主導の研修が今始まる。


「はい。それじゃあ研修の方を始めるよ。既に会社からギフトとしてテラ・クラフトを贈っていたと思うけど、それはパソコンにインストールできてる?」


「はい。大丈夫ですよ」


「流石ビナーちゃん。ケテルは?」


「……問題ないです」


「良かった。そんな初歩的なことで躓くようなバカじゃなくて」


「誰がバカなんですか。あなた、高校時代に私より成績良かったことないじゃないですか」


「その高校時代にパソコン分からないフリして、好きな男子に教えてもらっていたのは誰? 今回もインストールわかんないとか泣きごと言うのかと思った」


 また始まった。本当に仲が悪いんだから。


「まあ、それは置いといて。それじゃあ早速ゲームを起動して。起動が終わったらマルチプレイモードを選択」


「はい。できました」


「ここまではいいね? 画面にIPアドレスを入力する項目があるのがわかる? そこのIPアドレスにこれからメッセージで送るアドレスを入力して欲しいんだ」


 マルクトさんの発言から一拍置いた後に、メッセージが届いた。そこには数字が記載されていた。これがIPアドレスか。


「はい。入力出来ました」


「そうしたら、Doneを押せば私が建てた研修用のサーバーに飛べる。これでみんなと一緒にマルチプレイができるってこと」


 マルクトさんの指示に従うと、ゲームのデータの読み込みが始まり、それが終わると広大な土地に出た。緑色の大地は立体的に表現されていて、崖や段差などがありデコボコとした道になっている。そこには茶色い立方体のブロックで構成された木々が沢山生えていて、正に手つかずの自然環境そのままだった。


「はい。ビナーちゃんもケテルも無事にこの大地に降り立つことができたね。それじゃあ、研修を始めるよ」


「よろしくお願いします」


「とりあえず、最初にすべきことは、その辺の木を切って欲しいんだ。木は素手でも問題なく壊せる」


「待って下さい。マルクト。テラクラは地面を掘って地底にいくところからスタートするんじゃないんですか? そこで地底を探索して段々と地上を目指すゲームだって、私が見た動画にはあったんですけど」


「ケテル。アンタどんなプレイ動画見てたの。そんな地底人プレイ一部の狂人しかしないの」


 地底人プレイ……そういうのもあるんだ。確かに地上からスタートするゲームを地底からスタートするって発想は面白そうだと思った。そういう企画は確かに伸びそうだし、企画力が大事だと言われた意味がわかった気がする。


「まあ、とにかく。色んな道具を作るにはまずは木材が必要になってくる。木材を作るための原木を手にするために最初は木を壊すのが基本ってわけ。画面中央にある照準を木のブロックに合わせて、クリック長押し。そうすると照準がある場所を攻撃するからやってみて」


「はい。わかりました。木に照準を合わせて……」


 クリック長押しすると木のブロックにヒビが少しずつ入り、そしてブロックが壊れて、木の素材を手に入れることができた。


 初めて手に入れる素材に私が喜びを噛みしめていると、パソコンのスピーカーからなんだかペシっペシっって不穏な音が聞こえてきた。


「痛っ! ちょっとケテル! 木を壊せって言ったでしょ! 私を殴ってどうするの!」


「攻撃がプレイヤーキャラにもヒットするか試しただけです」


「痛っ、そんなの1回試せば十分じゃない! なんで、何回も殴るの」


「長押ししろって言ったのは先輩じゃないですか」


「もう怒った。そんなに戦いがお望みなら私もやってやろうじゃなの!」


 ぺしぺし殴られていたマルクトさんのアバターが、ケテルさんの攻撃を避けて後ろに回り込んだ。そして、ケテルさんから攻撃を受けないように器用に立ち回りながらぺしぺしと殴り続ける。


「ちょ、何するんですか! こんなのパワハラですよ。職場いじめですよ。新人いじめて楽しいんですかあなたは」


「先にやってきたのはアンタだ!」


「教師からの暴力は体罰。先輩からの嫌がらせはパワハラ。でも、生徒や後輩は立場が弱いから上の人間を攻撃しても許されるんです。残念でした」


「モンペ理論やめろや!」


 なんだろう。私はなにを見せられているんだろう。これが動画の配信だったら「キャットファイト助かる」みたいなコメントがつくのだろうか。巻き込まれる立場からしたら全然助からない。むしろ助けて欲しい。


 体力が尽きたのかケテルさんのアバターがその場に倒れて消えてしまった。


「あ! 死んだじゃないですか!」


「ははは。テラクラ歴5年の私の実力を見たか。ケツの青い小娘が!」


 数秒後、何事もなくケテルさんが復活した。


「このようにプレイヤーは死んでも復活できるんだ。復活する地点はリスポーン地点って呼ばれていて、最初に設定されているのはゲームがスタートした位置。私たちはスタート地点から動いていないからすぐにケテルと合流できたってこと」


「え? もしかして、マルクトさんはその説明をするためにケテルさんを倒したんですか?」


「ん? ああ、そうね。当たり前じゃない。私が個人的な感情で後輩を殺すような外道に見えるのかな?」


 マルクトさんはさも当然かのように答えた。


「いえ、そんなことは……説明をわかりやすくするためにしてくれたことだったなんて。流石ですマルクト先輩」


「ビナーさん。あなた騙されてますよ。この女は性悪ですから」


 ケテルさんはマルクトさんに倒されて、まだ怒っているようだった。

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