第107話 弓初心者の頃はクソエイムだったので矢切りした方が早かったです

 人生で初めて動画の再生数が4桁になったからと言って、そこで浮かれてはいられない。世の中には100万再生越えの動画を連発している化け物だっているんだ。そんな人たちとの差を少しでも縮めるために俺はまだまだ頑張らなくてはならない。もう少しこの4桁の余韻に浸りたいところだけど、先に次のゲームの収録をしたい。


 自分の能力に見合ったこと。それをきちんと意識していれば伸びることは間違いなく理解できた。


 今回は、織部 コトネというキャラの人気にも助けられた。やはり、トークロイド、通称トクロは一定数のファンがいる。そのフォーマットを使うだけでこんなに再生数が伸びるとは思わなかった。


 琥珀君はよく知らない実況者を目的に動画を見ないと言っていたが、トクロはそれをクリアしていると俺は思う。ある程度の知名度が最初から担保されている状態なのだ。投稿者が目当てではなくても、トクロのキャラと声を目当てに動画を開いてくれる人がいる。特にサムネの画像を自作絵で用意できるのは俺の能力に合致していて、そこは強みになれたと思う。


 だが、それだけでは上には行けない。世の中には、俺よりもゲームの腕が立つプロゲーマーもいる。俺より絵が上手い人間も腐るほどいる。トクロの会話を考えるのが上手い人も大勢いる。今のままのスタイルで続けてもいいけれど、もう1つなにか強みが欲しい。結局のところ、動画投稿の世界というのはパイの奪い合いなのだ。その奪い合いの相手が自分と同程度の実力とは限らない。絵画コンクール小学生の部だとか、ちびっこ相撲だとか、そういう同程度の実力で勝負できる土壌が存在しないのだ。つまり、ズブの初心者でも億の総再生回数を持つ猛者と同じ土俵で戦わなければならない。


 ゲームや漫画、アニメの世界では都合よく主人公がギリギリ勝てるレベルの相手が順番に現れてくれる。だが、現実はそうはいかない。最初からラスボスと遭遇しえるのだ。そのラスボスと投稿時間やネタが被ってガチンコで勝負しなくちゃならない時もある。それが動画投稿の世界なのだ。


 というわけで、俺は考えた。投稿時間はある程度被るのは仕方のないことだ。激戦区を狙えばパイの数は多いけれど、それを狙うライバルも多い。ライバルが少ない時間帯を狙うと今度は、その時間に動画を見る視聴者が少ない。丁度いい時間帯というのは中々存在しないものだ。だから、勝利した時に恩恵がでかい激戦区で俺は勝負する。


 時間帯を被るのを許容したら今度はネタが被りすぎるのを避けなくてはならない。大手とネタが被ること。それ自体は問題ないのだ。なぜならば似たような動画ならば関連動画で俺の動画が表示されやすくなる。大手の動画を見た人が別の投稿者の視点で動画を見たいってなったら、俺の方に流れてくれるかもしれない。だが、残念なことに被りが競合している相手が多すぎると、人気投稿者の動画から関連動画が埋まっていく仕様らしいのだ。この表示のアルゴリズムは公開されてないが、多くの投稿者が分析した結果、そうなっていると推測されている。


 都合よく、大手と俺の2人だけが被っている状況なら入れ食いのチャンスではあるが、競合相手が5人10人と増えていくにつれて、ライバルたちに勝てなければ関連動画に食い込めずにネタが被っただけで沈んでいくのは必至なのだ。


 また関連動画に運よく掲載されたところで、サムネ・タイトルに目を引く要素がなければ折角のチャンスを無駄にしてしまう。関連動画に載る程度には大手のネタと被り、目を引く要素を付ける。そこで俺が考えた動画のネタがある。


 クリスレの弓武器で【矢切り】のみで【インティモース】を討伐。矢切りは単発ダメージ自体はそこまで弱くはない。しかし、射程が短い。コンボが繋がらない。弱点を狙い辛い。連撃に不向きなどメインで使うのには問題が多すぎるのだ。確かに、矢を射出するよりかは単発ダメージは大きいが、射出は多段ヒットする上にコンボを繋げて連射できるので時間当たりのダメージ。ダメージDパーPセカンドSは射出の方が圧倒的に上なのだ。


 しかも、インティモースは高い位置に弱点があるクリーチャー。弓で挑んだのならさっさと撃って倒した方が早い。実際、俺も弓のTAで3分台で倒したことがある。世界記録は2分台だから、もう少し修行が必要だ。やはり1分の壁は厚い。やはりTA勢では最速記録以外は面白おかしく編集した動画しか伸びない。人気の投稿者なら世界記録じゃなくてもそれなりに伸びるけど……俺は人気ないから最速取れなきゃTA動画を上げる価値すらない。


 だからこそ、縛り(制限)を設けてゲームをプレイするしかない。縛りならばタイムはそこまで求められない。最速じゃなくても許される風潮があるのだ。ただ、縛りも視聴者に面白いと思わせる内容でなければならない。自己満足な縛りは視聴者の心を縛り付けることはできないのだ。


 というわけで、早速、矢切りのみで挑戦してみた。その8分後。普通に倒せた。10分すらかからず普通に沈んだのだ。あれ? もしかして矢切りって強い? ディスられるほど弱くない? 挑戦1回目でこれなら、練習すれば6分台いけそうな気がする。ってか、今回は初めてだから快適スキル持ってたけど、それを犠牲にして火力の方に振ったら5分切りは難しいまでも、5分台は出せそうな気がする。


 あれ? 矢切り強くね? 弓って撃つ必要ないんじゃない? これ普通に近接武器じゃないの? 矢は切れ味の概念がないから研ぐ必要ないし、最強じゃね?


 俺が矢切りに無限の可能性を感じていた頃、俺のスマホが鳴った。莉愛からだ。


「もしもし?」


「あ、お兄さん? その……お兄さん昨日上げた動画の再生数見ましたか?」


「ああ。1000超えてたな」


「そんな次元の話じゃないんです……その、もう再生回数が3万を超えてるんです」


「え!」


 俺は耳を疑った。昨日の時点では1000再生だった動画が、今日になって3万再生越えてるだなんて……俺は半信半疑で自分のアカウントにログインして投稿動画を見た。


「本当だ。でも、一体なんで……」


「私にもわかりません。仕事の休憩時間にちょっとチェックしてみたら、この数字になっていて……」


 全く理解が追い付いていなかった。つい最近まで2桁再生で、3桁を夢見ていた俺が4桁を通り越して更に5桁再生を記録しただなんて。


「どうしよう。お兄さん。どこかに動画が晒されているとかないですよね?」


「落ち着くんだ莉愛。俺の動画を晒すことでなにもメリットはないはず。使っている立ち絵素材も俺が描いたものだし、トクロの二次創作は公式で認められている。炎上する要素はない」


 とはいえ、不安になっているのは事実だ。コメントを確認すればなにかわかるかもしれない。再生数が伸びれば、それに比例して伸びるのがコメントである。投稿者側がコメントを受け付けない設定にしない限りは。


 画面には多くのコメントが表示されていた。その多くは好意的なコメントでホっとした。『コトネちゃんかわいいやったー』だとか『1位おめでとう。ゲーム上手いですね』と言ったコメントが多くみられた。悪意のある晒しの被害にはあってないようだ。


 だけど一番多かったコメントは……


『ショコ虐助かる』

『比較動画から来た人↓』

『ああ、やっぱりあの時ショコラちゃん撃ってた人上手かったんだね。ショコ生を見た時から見抜いていた』

『そりゃショコラちゃんも負けるわ。相手が悪すぎた』


 ショコラ……やっぱり俺が最初に撃ち抜いたショコラさんはあのVtuberだったのか!?


 でも比較動画ってなんだ? 俺はもう少し調べてみることにした。すると、ショコラさん視点でヘッドショットされる映像の後に、俺の動画でショコラさんをヘッドショットするシーンを繋げた動画が出てきた。


「莉愛……わかった。原因は俺の対戦相手にあった。莉愛も良く知っているVtuberのショコラ。俺が撃ったのはその人本人だったんだ」


「えぇ! 名前被りの別人じゃなかったんですか?」


「ああ。比較した動画があったから見たけど、間違いない」


「良かった……お兄さんは晒されていたわけじゃないんですね」


 まあ、ある意味晒し者になっていると言えばなっているが、良い意味で晒し者になっている。凄腕のスナイパーとして。


「でも、ここまでバズったのは凄いです。帰りにケーキを買ってきますね」


「え、ああ。うん。ありがとう」


 そこまで気を遣ってくれなくても良かったけれど、莉愛の上機嫌な声色を聞いたら断るに断れない。遠慮するのは却って失礼になるし、莉愛のことだから兄に遠慮されると逆に傷つくかもしれない。


 俺はこれは夢なんじゃないかというちょっとした疑念を抱きながら、矢切りの動画を編集することにした。まさか、実況スタイルを変えた途端にここまで伸びるとは思わなかった。これも琥珀君のお陰かな。後は偶然だけどショコラさんにも助けられた。この2人がいなかったら、ここまで伸びなかったかもしれない。2人には感謝してもしきれない。

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