第91話 椿家ご訪問

 俺は今電車に揺られている。乗ったことのない路線で優雅な一人旅……というには少し退屈が過ぎる。1駅と1駅の感覚が異様なまでに長いのだ。こちらの感覚では2分程度で次の駅に辿り着くのだが、田舎の路線というのは10分経っても次の駅が見えてこない。これが新幹線ではなく、鈍行なのだ。


 俺はもう金欠高校生ではないのだから、特急料金を全然払える。だが、そもそも新幹線が通っていない問題がある。これが田舎の鉄道なのか。


 ただまあ、席が空いていて座れるというのは助かる。助かるんだけど座りっぱなしも中々に腰に来る。メリットがメリットになってるように感じない。


 前回は勇海さんがこの電車に乗って俺の住む街まで来てくれたのか。この1駅が長い電車を乗り間違えたと言っているのだから、俺より大変な目に遭ったのだろう。それには頭が下がる。


 俺がこうして、勇海さんの元に向かっているのには理由がある。それはある日のことだった。勇海さんとゲームをやる約束をしていたのだが、お互いのスケジュールがあまり会わなくて中々にゲームが出来なかったのだ。お互い……と言うか大体俺のせいだ。匠さんの仕事関係だとか、定期試験の勉強だったりで俺が全然ゲームできる状態ではなかったのが原因だ。待たせてしまって本当に申し訳ないと思っている。


 そしてついにお互いのスケジュールがあった日のことだった。俺としてはオンラインでプレイするつもりでいたのだが、勇海さんがあることを呟いてきたのだ。


Hiro:こんなにスケジュールが噛み合わなかったのなら、オフ会の時に持ち寄って対面でゲームすれば良かったかもね


Amber:そうですね。あの時は話をするのが目的だったので、すっかりそのことが頭から抜け落ちてましたね


Hiro:そういえば、長いこと友達と対面でゲームしてないなあ


Amber:ああ、やっぱり高校とか卒業するとそういう趣味の友達とも疎遠になっちゃうんですか?


Hiro:うーん。どうだろう。俺は引き籠るようになってからは人間関係を断絶して生きてきたから……同級生の中には卒業後も関係は続いている人も中にはいると思う。けど、やっぱり学校という環境から出れば新しいゲーム友達を探すのは難しいかな


Amber:そうですね。職場ではそういう話をするイメージはあんまりないですよね


Hiro:うん。だから、琥珀君も今いる友達は大事にして欲しいな。俺みたいに人間関係を断絶して後悔して欲しくないから


Amber:アドバイスありがとうございます


Hiro:オンラインでやるゲームも楽しいけれど、やっぱり対面でワチャワチャやる感覚はもう1度味わってみたいな


Amber:なら、今度対面でゲームしましょうよ


Hiro:え? いいの?


Amber:はい。俺も勇海さんともう1度会いたいなと思ってたところです


Hiro:でも、ごめん。ちょっと予算の都合で往復の交通費出せそうにないんだ


Amber:だったら、俺が勇海さんのところに行きますよ


Hiro:いいのかい? 新幹線を使わないとは言え、高校生には結構な交通費がかかるぞ


Amber:大丈夫ですよ。丁度、まとまったお金が入ってきましたし


 300万円ほどの。


Hiro:ごめんね。高校生の琥珀君に負担をかけさせてしまって


Amber:気にしないで下さい。勇海さんの住んでいるところにも行ってみたいです


 という経緯があって、俺は電車の旅をしているのだ。うーん。ちょっとルート選び失敗したかな。多少遠回りになっても、最寄り駅から離れても、新幹線経由した方が早かったかもしれない。


 そんな後悔をしながら、なんとか勇海さんの家の最寄駅に着いた。しかし、ここから更にバスを使って移動しなければならない。俺は乗るバス停をしっかりと確認して、バスに乗った。


 バスに揺られること5分ほど。そろそろ最寄りのバス停に近づいてきた。俺は降車ボタンを押した。


「ああ、ボタン押したかったのに~」


 前に座っていた子供が嘆いている。しまった。子供より先に押してしまった。こういうのって空気読むのが難しい。早く押さないとバスが通り過ぎてしまうし、かといって子供が押したがる問題があるのだ。


 なんとも後味の悪さを残してバスから降りる俺。そして、勇海さんに電話をかけて最寄りのバス停まで着いたむねを伝えた。


「やあ、琥珀君」


 電話をかけたらすぐに勇海さんがやってきてくれた。見知らぬ土地で知り合いに出会えて少し心が安らいだ。


「こんにちは勇海さん」


「悪いね。遠路はるばる来てもらって」


「ええ。道中は結構大変でしたが、なんとか来れました」


「あはは。俺も苦労したなあ」


 そんな笑い話をしながら、椿家の自宅に向かった。家は中々に立派なものだ。土地も広いし、都心でこれくらいの家を建てるとなると相当なお金がかかるだろう。でも、地方だから地価は高くないか。


「立派な家ですね」


「うん。元は祖父母と一緒に住んでいた二世帯住宅なんだ。だから家も大きめに作ってあるんだ」


「そうなんですか」


「祖父母が亡き今もその二世帯住宅は機能しているけどね。1階は両親が住んでいて、2階が俺と莉愛のスペースだ」


 未婚の子供がわざわざ両親と別のスペースで暮らす意味はあるのだろうか。その辺の家庭の事情は複雑そうなので、あまり踏み込まない方が良さそうだ。


「友達を家に招くのは久しぶりだから緊張するなあ」


「大丈夫です。勇海さん。初見の家に入る俺の方が緊張してますから」


 謎の緊張マウントを取ったところで、椿家の自宅に入って行く。自宅と言えば、最近は師匠の家に行ったばかり。なのに、またこうしてネット上で繋がった相手の家に遊びに行く機会があるとは思わなかった。


「お邪魔します」


「こっちだ」


 俺は勇海さんに案内されるがまま廊下を通って2階へと昇っていく。この家の構造的に廊下でばったり会ったりしなければ、お互いの居住スペースに顔を出すことがないのか。まあ俺は勇者じゃないので、他人の家を探索する気はないけれど。


「ここが俺の部屋だ」


 勇海さんの部屋は光りそうなパソコンとゲーミングチェアがあり、いかにもゲーム実況者の実況部屋という感じの部屋だ。


 ただ、パソコン前に置かれているマイクの型が少し古いように感じる。見たことのない型だし、使用感からしてかなり古いものっぽい。


「凄い部屋ですね勇海さん。この環境整えるのも大変ですよね」


 俺もパソコン周りはスペックの高い環境を整えたから、どれだけの労力がかかっているかがわかる。


「ああ。わかるかい? やっぱり、使う道具はきちんとしたものを揃えないとね」


 勇海さんはどこか誇らしげにそう言った。


「でも、使っているマイクは型落ちの古いやつですよね?」


「ああ。それはね……どうしても変えられないんだ」


「どうしてですか?」


「俺がまだ小学生だった頃、ゲーム実況者に憧れていてね。俺も実況者になりたいと言ったら、誕生日プレゼントに妹が買ってくれたマイクなんだ」


 勇海さんは上を向いてどこか切なげな表情をした。


「子供のお小遣いで買える程度のものだから、当然そこまで性能は高くないし、今となっては古い型だし経年劣化で性能も徐々に落ちて行ってる。けれど、俺にとっては大切な人からもらった大切なものなんだ。故障するまでは使い続けたいと思っている」


「そうですか。すみません。そういうことを知らずに失礼なことを言ってしまって」


「ああ、気にしなくていいよ。プレゼントしてくれた当の本人すら忘れていることなんだ。俺に新しいマイク買えって言ってくるくらいだし」


 妹からのプレゼントか。前回の誕生日プレゼントは何を貰ったっけ。ちょっと高めのチョコレートだったな。その前はクッキー。またその前はマカロン。あいつ、食べ物しか寄こさないな。全部俺の胃の中で消化されたし、もう影も形もない。もし、俺が真珠から形あるものを貰っていたのなら何年も大切に扱っていたのだろうか……多分、扱ってないと思う。そう思うと勇海さんは妹さん思いのいいお兄さんなんだなと思った。

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