第92話 狩友

 俺は、早速ゲーム機の電源を入れた。勇海さんはなにやらそわそわしている様子だ。これから始まることへの期待感が滲み出ているようだ。


「琥珀君の今の進行度はどれくらい?」


「そうですね。この前、アプデ前のラスボスを倒したくらいですかね。アプデ後の追加クリーチャーに関してはまだ手を付けてないです」


 俺は2つのデータを保持している。ショコラのデータと琥珀としてのデータだ。ショコラのデータは主に配信で視聴者参加型企画として進めている。こっちは配信の時間でしかプレイできてないから進行度はそこまで進んでない。たまに歴戦のスレイヤーが配信に来て助けてくれるけど、並のスレイヤーが退場してクエストに失敗することもある。それはまあ、ゲームだから当然ゲームオーバーになることはある。特に気にすることでもない。退場した人も申し訳ないという気持ちになっているのだから、そこは気にしてないことを伝えてフォローするしかない。


 琥珀のデータは主に友人と一緒にプレイしている。こっちは、罵倒や煽り有りの無法地帯になっている。もし、誰かが退場する。通称“乙る”ようなことがあれば、そこから責任転嫁の追求が始まるのだ。と言っても、これはプロレスのようなもので、実際は誰もそこまで怒っているわけではない。ある種、対等な立場で遠慮する必要のない相手だからこそできる信頼からくる行動なのである。


 遠距離武器を使っている三橋が後方から味方を誤射したとか、クリーチャーがダウンしている時に三橋が無駄に落とし穴を仕掛けて意味のない拘束をしたりする。罠による拘束は、使う度に敵の耐性値が高まり、拘束時間が短くなる特徴がある。つまり、三橋の行動は無駄に落とし穴の効果時間を短くしただけなのだ。


 しかも、捕獲しなきゃクリア扱いにならないクエストで、三橋はクリーチャーを殺してしまいクエスト失敗になるとか言うのもザラである。アイツは本当にロクなことをしない。


 大抵槍玉にあげられるのが三橋だが、本人に悪気はないのがタチが悪い。その癖、三橋はソロでは並以上の腕前はあるので仲間内の中では一番、ストーリーが進行しているというオチまでついている。


「今日は琥珀君のストーリーを進めようかな」


「いいんですか?」


「うん。俺はもう、一通りクリアしているからね。必要な素材も集め終わって、タイムアタックに挑戦している段階だし」


「そうなんですか。プロじゃないですか」


 TAタイムアタック勢。実在したのか。鮮やかで洗練された動きをする猛者たち。インターネット上に上げられる動画でしかその姿を確認したことがない。その存在が今こうして目の前にいるなんてなんとも恐ろしいことである。


「プロっていう程の腕前はないかな。残念だけど、現在最速記録は持ってないんだ。いずれ取りたいと思っているけど、やっぱり世界の壁は厚い」


「立ち回りの動画とか出したりしないんですか?」


 勇海さんは動画編集もしている。それだけゲームが得意だったら、動画投稿すれば人気になれると思うのに。


「残念ながら、あんまり動画が伸びないんだ。しかも、評価もあんまり高くない」


「あー……なんかすみません」


 こればっかりはどうしようもない。動画が伸びるかどうかは運に左右されるところがあるのだ。俺だって、運で伸びたようなものだ。もう1度。まっさらな状態でVtuberとしてスタートしろと言われても、今の伸びを再現できる気がしない。


「気にしなくていいよ。俺があんまりトークが上手くないのが悪いんだから……じゃあ、そろそろ狩りにいこうか」


「はい」


 俺はいつもの狩りで使っている装備に身を包み、勇海さんと合流した。


「じゃあ、早速追加クリーチャーを倒しにいこう」


 追加クリーチャーはラスボスを上回る強さだと聞く。本作はクリスレの中でも温い方だと言われてきたが、アプデで追加されたクリーチャーは生半可な防御力では一撃死するほど強いと言う。


「クエスト貼ったので入ってきてください」


「おっけー」


 こうして、勇海さんとクリーチャーを討伐しにいくことになった。俺のトンファーキックが火を噴く時が来たか。


 今回戦うクリーチャーは、インティモース。火山地帯に生息する5つの頭を持つ蛇の姿をしたクリーチャーだ。溶岩の中に生息していて、スレイヤーを発見すると溶岩の中から5つの首を出して、スレイヤーに攻撃を仕掛けて来る。胴体は溶岩の中に潜っていて討伐中は姿を現すことはない。だが、討伐後に溶岩から飛び出てきて、ようやくその胴体を確認できるようになるのだ。と言っても既に物言わぬ屍になっているけれど。


 俺は勇海さんと一緒にインティモースがいる地点を目指した。インティモースがいるエリアに立ち寄ると溶岩の中から5つの首が顔を出した。開幕ご挨拶代わりの咆哮。この咆哮を受けるとスレイヤーは怯んでしまい一定時間動けなくなってしまう。と言っても、クリーチャー側も咆哮で行動を消費しているようなものなので、実質的にはそこまで酷い拘束を受けているわけではない。


 だが、勇海さんは咆哮中なのに平然と動いて持っている長い槍でインティモースの頭を的確に突いた。


「え。なんで動けるんですか?」


「クリーチャーが咆哮する直前に回避行動を行ったんだよ。回避行動をとるとフレーム単位で無敵時間が発生する。咆哮の判定もその無敵時間内に収まるから、丁度いいタイミングで回避行動をとると咆哮で硬直しなくなるんだ」


 凄い。理屈はなんとなくわかったけど、人間技ではない。ゲーム用語におけるフレームとはザックリと説明すれば、時間の単位のこと。1秒よりも短い時間だ。


 フレームレートと呼ばれる1秒当たりのコマ数を設定しているものがある。そのコマの1つをフレームと呼ぶのだ。ゲームや動画は時間経過で描画や行動等の処理をしている。その時間経過を現すためにはどうしても管理するための時間の区切りが必要である。だからフレームレートやフレームという概念があるのだ。


 勇海さんの話を要約すると秒よりも短い無敵時間を利用して敵の攻撃を避けたということである。


 その後も勇海さんは圧倒的腕前により、インティモースを瞬く間に倒した。俺も何度か攻撃したけれど、恐らく倒せたのは勇海さんの功績によるところが大きい。


「ありがとうございます勇海さん。お陰で助かりました」


「まあ、丁度いい肩慣らしだったよ。ところで琥珀君。その装備の構成はどうしたの?」


「え? ああ、そうですね。攻略サイトにオススメの装備が載っていたのでそれを真似して作りました」


 俺はこういうゲームに詳しくないので、装備の構成とかを考える頭はないのだ。だから、そういう時はゲームが得意な人の知恵を借りるのに限る。


「その装備の構成は、敵の弱点を突くと威力が大きくなるっていう特性があるんだ。だけど、琥珀君はさっきの討伐で2、3回くらいしか弱点に当てられてないんだ」


「ってことは、俺の装備は無意味ってことですか?」


 騙された。あの攻略サイトを訴えてやる。


「うーん。全く無意味というわけではないんだ。ただ、プレイヤースキルにもよるし、クリーチャーとの相性もある。基本的にクリーチャーの弱点周りは危険なカウンターを食らいやすいから狙うのは難しい。それに、今回のインティモースは高い位置に弱点の頭があるから、高い位置に攻撃が届きにくいトンファーキックじゃ弱点を突きづらいんだ」


「知りませんでした。攻略サイトにはそこまで詳しく書いてなかったですから」


「その装備が悪いってわけじゃない。むしろ上手い人が仕様を理解していればかなりの火力を出せるんだけど、仕様を理解していないと扱うのは難しいかな」


「そうですね。俺は的確に弱点を付けそうもないし、別の装備に変えますか」


「うん。火力面は落ちるけど弱点以外の部位を攻撃してもダメージが通る構成を一緒に考えようか」


 ネットの情報を鵜呑みにして踊らされてしまった感じだ。ゲームでも情報の取捨選択は大切だと学んだ。そして、勇海さんのアドバイスを受けて、装備変更の旅が始まったのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る