第86話 師匠の想い

 食卓に並んでいるのは、唐揚げと付け合わせの野菜。それと、白飯とみそ汁という定食屋に出てきそうなメニューだ。


 俺は「いただきます」と言い、師匠が味を仕込んでくれた唐揚げを口に運んだ。口の中が熱気に包まれる。一口噛むと唐揚げの中に閉じ込められた肉汁が飛び出てきて、俺の舌を喜ばせる。


 美味い。流石は揚げたての唐揚げである。最早、無条件で美味いことが保証されている一品。揚げたての唐揚げを不味く作れる人間は早々いないだろう。いたら、逆に才能を感じるレベルだ。


 毎日のように姉さん仕込みの唐揚げを食べさせられていた身としては、師匠が作ってくれた唐揚げの味がとても新鮮に感じられた。姉さんの唐揚げは確かに美味かったけれど、毎日同じ味付けのものを食べていたらたまには違う味付けのものを食べたくなるというものだ。料理の上手さで言えば姉さんの圧勝だけど、今の俺が欲してる要素としては、師匠の方に軍配が上がる。


「Amber君。どうかな? 唐揚げの味は?」


 師匠が不安そうな顔で訊いてきた。師匠もきっと不安な気持ちだったんだろう。なにせ、姉さんの料理を普段から食べているんだから、当然比較されることになる。相手が相手だけにそういう気持ちになるのは無理もない。そういった心情を読み取れないほど俺は鈍感ではない。ここは1つ師匠を安心させてあげよう。


「師匠の方が好きですね」


「え? あ、そ、それは……もう! そういうことを訊いているんじゃなくて!」


 師匠の顔が真っ赤になってる。俺なにか変なことを言ったのだろうか。


「あ、違ってましたか。師匠は、てっきり姉さんが大量に作った唐揚げとどっちが美味いのか気になっていると思ってたので」


「あ……ああ。そ、そっちか。いや、流石に私も真鈴に料理で勝てるとは思っていない。そこは素直に負けを認める。お世辞でも好きと言ってくれて嬉しい」


 別にお世辞で言ったつもりはなかった。俺はお世辞を言えるほど器用な人間ではないし。良いと思ったものは良いと言い、悪いと思ったことは悪いと言うだけだ。


 一方で師匠も唐揚げを口に入れた。咀嚼をして飲み込むと少し顔が緩む。


「うん。練習の時より美味しく感じる。Amber君が揚げてくれたからかな?」


「そうですか? 別に俺は姉さんと違って料理が上手いわけではないし、普通ですよ。料理に関しては特別な技術はないんですから本当に」


 師匠は俺から目をそらし少し不貞腐れたような表情をする。


「いや、技術的なこととかそういうことを言いたかったんじゃなくて……ああ、もう! そういうとこだぞAmber君!」


「え? な、なんですか。俺なにかやらかしましたか?」


 口は災いの元とは良く言ったもので、俺は16年間この災いと共に生きてきた。またなにか言ってはいけないことを言ってしまったのだろうか。


「教えない」


 わからない。師匠の気持ちがわからない。解けない難問を出された俺は食事中、師匠の発言の真意をずっと考えていた。しかし、答えが見つかるはずもなく食事を終えるのであった。


「洗い物はどうしますか?」


 俺は食器類を流しまで持っていくついでに師匠に尋ねた。


「ああ、私が洗っておく。Amber君は適当に寛いでいてくれ」


「わかりました。なにからなにまですみません」


「Amber君は客人なんだから、素直にもてなされてくれ。変に私に気を遣わなくてもいいぞ」


 そうは言っても、やっぱり普段からお世話になってる師匠だからどうしても気を遣ってしまう。師匠からは色々な技術を学んだし、その他にも人生相談にも乗ってもらったりした。師匠がいなかったら、今の俺はなかったと言っても過言ではない。それだけ偉大な人物なのだ。頼りっぱなりでは申し訳ない。


 かと言って俺に手伝えることはなく、ただソファーに座って待つことしか出来なかった。


「そう言えば師匠はギターを弾いてるんでしたっけ?」


「ああ。そうだな」


 洗い物をしながら師匠が答える。


「楽器も弾けて、CGも制作できるって凄いですよね」


「なにを言うか。Amber君だって、CG制作はもちろん。歌は上手いし、Vtuberとして人を楽しませる天才じゃないか」


「いえ。俺なんてまだまだですよ」


 実際、CGも安定して仕事が貰えるようになれるまではプロを名乗ることはできないと思っている。歌だって素人に毛が生えたレベルで、プロと比べるとやっぱりどうしても見劣りしてしまう。Vtuberとして人気が出たのも運の要素が強いのだ。どれもこれも俺はまだまだ未熟者なのだ。


「そうか。ならば、私もまだまだだな。私だって、未だに学ぶことが多い。バンド活動だってマイナーバンドの域を出ないからな」


「師匠はどうして姉さんとバンドをやってるんですか?」


 俺はちょっとした好奇心で訊いてみた。師匠と姉さんの接点が謎すぎるのだ。師匠はいい加減で頭が悪い人は好きそうじゃないし、姉さんにここまで付き合う理由はなんなんだろう。


「アイツを世の中に放流したらロクなことにならないからだ。だから、仕方なく私の監視下に置いているんだ」


「ああ……そういうことですか」


 なんだか納得してしまった。


「と言うのは冗談で。私はあれでも真鈴の作曲のセンスは高く買っている。真鈴は知識や経験に基づいて狙って良い曲を作るタイプではない。完全に感覚だけで人の心に響く曲を作っている。いわゆる天才タイプというやつだ。真鈴の作る曲を弾いてみたい。それが私がエレキオーシャンに入った理由だ」


「そうなんですか? 一応、料理以外にも才能があったんですね」


「ああ。ただ、調子に乗るといけないから、私がそう言っていたことは本人は黙っていてくれ」


「はい。わかりました。俺も姉さんが調子に乗っているところはあんまり見たくありません」


 姉さんは褒められて調子に乗ると身を崩すタイプなので、他人に叱られているくらいが丁度いいのである。


「私はな。Amber君に感謝しているんだ」


「俺にですか?」


 俺は師匠に感謝されるようなことをしたのだろうか。どちらかと言うと俺の方が恩義を感じているのに。


「ああ。エレキオーシャンの楽曲ブラッティータイム。それを歌って動画を上げてくれてたことだ」


「そんなこともありましたね」


「キミの正体を知らなかった当時。どうしてショコラがあの曲を歌ったのか謎だった。単なる偶然だったのか。それでも、私たちが活動した結果、名が知られてキミのところまで曲が届いたと思ったんだ」


 確かに師匠としては、自分たちのバンドの曲を弟子である俺が歌ったのは驚いたことだろう。俺としては単なる気まぐれの選曲だったのに。


「あの歌ってみた動画がバズったお陰で、私たちのバンドも知名度がそれなりに上がった。そのお陰でファンも増えたし、キミには感謝しているんだ」


「そんな感謝だなんて。俺はただ自分の動画投稿活動をしただけですし」


「まあ、キミの正体を知った時は少し残念に思った。私たちの名が、全く関わりのないキミにまで届いたんじゃない。ただ単に真鈴の弟だから曲の存在を知っているだけだと分かってしまったのはな」


「それはすみません……」


「謝る必要はない。勝手に都合のいいように解釈した私が悪いんだ。ただ、それでもあの動画が私にとって嬉しかったことには変わらない。だから、礼を言わせてくれ。ありがとう」


 師匠にお礼を言われるとなんだかむず痒い気持ちになってくる。別に師匠に恩を売るとかそういう下心は一切ない。そんな行動がまさか、師匠の恩返しになるとは思わなかったのだ。


「そのAmber君……キミさえ良ければだけど、もう1度キミの歌声を聴かせてくれないか?」

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