第79話 動画選考
私は翔ちゃんのススメもあってか、Vストリームという会社にVtuberとして応募することになった。応募と言っても書類選考だとかそういう感じではなかった。なんと自己紹介動画を撮影して、その動画ファイルを送れという形式だった。つまり“書類”選考ではなくて、“動画”選考なのだ。
なんとも新しい時代の選考方法だなと感じた。だけど、動画の撮影経験のない私にはどうしていいのかわからない。ここは1つ翔ちゃんに相談してみようと思う。
「翔ちゃん。この会社のVtuber選考って書類選考じゃなくて動画で選考するみたい」
「へー。そうなんだ」
「私、動画撮影した経験がないからどうしていいかわからないんだ」
少し困った顔をして見せる。ちょっとあざといやり方かもしれないけれど、上目遣いをしてこれからお願い事をするような空気感を出す。
「そっか。じゃあ、僕が動画撮影手伝うよ」
「え? いいの? 本当に? ありがとう」
私がお願いする前に察してくれた翔ちゃん。流石だ。こういう細かいところで察してくれる翔ちゃんが本当に好き。そりゃ、クラスの女子からの人気も高いわけだ。
「じゃあ、とりあえず自己紹介の方向性を決めようか。真珠ちゃんがアピールしたいポイントってなにがある?」
「うーん。私のアピールポイントねえ……Vtuberってこれが出来ないとダメとかそういうのってある?」
そもそも私はつい最近までVtuberという存在すら知らなかったのだ。どうやって攻略すればいいのかすらわからない。
「Vtuberは、雑談やゲーム実況や歌配信とかがメジャーどころかな」
「全部やったことないなあ」
雑談も1人で画面に向かって話す内容も思い浮かばないし、ゲームもあんまり経験がない。歌も音楽の授業で歌ったり、たまに友人と行くカラオケくらいしか経験がない。
そんな私がアピールできるもの。それが思いつかなかったのだ。
「私の特技と言えば……まあ、スポーツ関係になっちゃうかな。バク転できるし」
「うーん。それがVtuberとしてのアピールになるのかは僕にはわからないな」
やっぱりバク転できますってアピールはダメかな。アイドルのオーディションじゃないんだし。実際にバーチャルの世界でバク転とかできるのだろうか。素人の私には全然わからない。
「色々な声が出せますってアピールもいいかもしれない」
「えー。私生まれてこの方地声以外出したことないんだけど」
「それは、僕が声の変え方や演技を教えるよ。応募の締め切りまでまだ時間があるし、それまでに鍛えられるし」
「翔ちゃんそんなことできるの?」
「うん」
翔ちゃんがコホンと咳払いをした。
「おはようございます先輩。今日も1日がんばりましょうね」
え? なにこの声。可愛い女の子の声にしか聞こえない。どういうことなの? 翔ちゃんって声変わりしてたはずだよね。一応女子である私より声が可愛いとかなんなの。
「まあ、僕も配信者だからこれくらいの特技を身に付けてたんだ」
「いいなー。私も七色の声が出せるようになりたい」
「それじゃあ声の出し方を教えるね」
こうして、私は翔ちゃんから声の出し方を教わった。まずは基礎となる声が出る仕組みから解説された。それから無理のない高音の出し方低音の出し方などを教わり、自分でも驚くくらいに声色を変えられるようになってきた。
「驚いた。真珠ちゃん凄いね。たった数日で声の切り替え方をここまで身に付けるなんて」
「そ、そうかな」
「うん。声優になれるんじゃない? 声以外の演技力を磨けば女優にだってなれるかも」
「女優か……私には無理だよ」
沢山の女優を見てきたお母さんが私に女優は無理だと言った。現場の人間の言うことだからそれは正しいんだと思う。
「無理かどうかなんてやってみないとわからないと思うけどね。大切なのはできるかできないかじゃなくて、できるようにがんばるって気持ちだと僕は思う」
「そうなのかな……」
確かに、スポーツでも気持ちで負けていると勝てないなんて言説はよく聞く。だから、スポーツに関しては負けると思って戦ったことは1度もない。
「そうだよ。だから今回のVtuberの選考も負けるもんか! って言う気持ちで臨もう」
「うん。わかった。翔ちゃんが言うなら元気が出てきた」
最初はダメで元々って気持ちだったけれど、こうして励まされると絶対に受かってやるって気持ちの方が強くなってきた。やるからには勝ちたい。それは当たり前の感情だ。Vtuberオーディションも私以外にもライバルはいっぱいいるはずだ。その人たちも強い気持ちを持っているはず。気持ちで負けていたら、彼女たちに勝つことなんてできない。
そうして、私は自身の全力を出し切って動画を撮影して編集をした。編集のやり方はよくわからなかったけれど、翔ちゃんに教えてもらいながらがんばった。
動画ファイルを添付して送った結果。私は第1オーディションに合格した。
「やったよ翔ちゃん! 私受かってた」
「おめでとう真珠ちゃん」
「とりあえず、第1関門は突破ってところだね。次は、実際に会社の人と顔を合わせてオーディションするって」
「そうなんだ」
「でも……ちょっと厄介なことがあってね。次のステップに進むために、未成年者は保護者の許可が必要みたい」
実際、これが厄介だった。お母さんは間違いなく反対するだろうし、お父さんはどうだろう。頭ごなしに反対はしないだろうけど、Vtuberという存在自体知らないのかもしれない。そんなわからないものに対する不安な気持ちというのは少なからずあると思う。説得するのは大変そうだ。
「うーん。それは真珠ちゃんの親に頼み込むしかないんじゃない? 僕が解決できる問題でもないし」
「そうだよね……」
と言う訳で、私は帰宅後にお父さんに話をしてみることにした。本当に丁度いいタイミングで日本に帰ってきてくれた。もし、お父さんがいなければ私はここで次のステップに進めなかったかもしれない。
「お父さん。話があるんだ」
「ん? なんだ改まって。結婚の報告か?」
「そんなわけないじゃない! 私まだ中学生だよ! 真剣な話をするんだからボケないでよ!」
全く。中年男性というのはどうしてボケたがるんだろう。
「お父さん。Vtuberって知ってる?」
「ん? Vtuberか……ああ。知ってる。架空のキャラクターに扮して動画を配信する人たちのことだろ?」
「え? 知ってたんだ」
つい最近まで海外にいて研究漬けだったお父さんがなんで知っているんだろう。親世代はそういうことに疎そうだと思っていたけれど、少し侮りすぎていたかもしれない。
「で、真珠はそのVtuberになりたいっていうのか?」
「なんでわかったの!?」
お父さん何者なの? エスパーなの?
「え? 本気で言ってたのか!? 冗談のつもりだったのに」
冗談のつもりだったんかい。
「そう。本気なんだ。実は先日、Vtuberの選考を受けたんだ。そして1次選考を合格して……」
「2次選考に進むためには保護者の許可が必要だということか?」
「なんでわかるの!?」
まるで既に似たような状況を経験しているかのような話の通りやすさ。私としてはありがたいけど、なんか腑に落ちないような気がする。女の勘だというやつだろうか。喉に魚の骨が刺さったような、近くに地雷が埋まっているかのような予感がする。
「親はな。子供の考えていることは大体わかるもんさ」
「うん。そうなんだ。本契約の書類はちゃんと内定してからまた送られてくるらしいんだ。審査をスムーズにするために保護者が状況を把握してくれているか知りたいみたい」
「まあ、そうだよな。内定が決まってから通達するとなると、未成年者だからって親が止めに入るケースも考えられる。内定する前段階から保護者に状況を把握させるのは理に適ってはいるな」
私はお父さんに会社概要を渡した。その会社概要を見た時、お父さんの表情が一瞬なんとも言えない表情になった。なんだろう。この会社に引っかかることでもあるのかな?
「会社自体はしっかりしているところだと思う。真珠が騙されたり、酷い待遇で仕事をさせられるということはないと思う」
「じゃあ……」
「ただな。真珠。お前はVtuberという役割をきちんと全うできるのか?」
「え?」
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