第80話 私の責任

 お父さんの真剣な表情。お父さんは基本的に優しいけれど、時たま厳しいことも言う。こういう時のお父さんは正に父親の威厳が凄くて、つい尻込みをしてしまう。


 私自身、経験もないVtuberの仕事を全うできるかどうかがわからない。やってもないことを「できる」だなんて軽々しく言えるのだろうか。


「どうした? 答えられないのか?」


「私は……遊びでVtuberになりたいんじゃない。私は自分の可能性を試してみたい。今まで、できないと思い込んでいて諦めていたことに立ち向かいたいの。できるかどうかはわからない。けれど、やると決めたからにはできるまでやり遂げるつもりでいる」


 お父さんは黙って頷いている。感触的にはお父さんの心が動いているかはわからない。けれど、自分の想いをぶつけないと前には進めない。


「なるほど。わかった……真珠。もう1つ質問するぞ。お前は一体誰のためにVtuberになりたいんだ?」


「え?」


 誰のため……考えたこともなかった。私がVtuberになりたいのは自分のため? バイト禁止の高校に進学しても稼げるようになるため?


「真珠は1次選考は受かったんだよな?」


「うん」


「だとすると当然、落ちた人間もいるわけだ」


 確かにそうだ。私は、自分が受かったことばかりに気を取られて、夢破れた人のことを考えていなかったのだ。


「落ちた人間の中には真剣にVtuberになりたいと思っていた人もいたかもしれない。そんな中、受かった真珠が半端な気持ちだったら……実際にVtuberとして採用された時に鳴かず飛ばずの体たらくだったらどう思う?」


 私は考えるために数秒沈黙した。そんなの答えは決まっている。


「許せない……とまではいかないけど、なんで私じゃなくてアイツがって思うかな」


「そうだ。真珠が合格したということは、少なくとも真珠は1人分の限られた枠を落したことになる。けど、それは悪いことじゃない。人間に限らず、生物とはそうやって競争して生きていかなければならない。弱肉強食の動物はもちろん、植物でさえ競争社会だ。限られた日光を奪うために高く成長したり葉を広げたりする。その結果、下の植物が日陰になり育たなくなることも珍しくない」


 私は名前も知らない誰かを日陰に追いやってしまった。私が応募しなければ、その人にもチャンスはあったかもしれない。そう考えると、私は自分の気持ちが半端であったことに気づかされた。落ちて元々、受かったらラッキー。応募時の私はそんな気持ちでいたのだ。翔ちゃんのお陰で、真剣に臨むという気持ちにはなれた。けれど、それだけでもまだ足りなかった。


「そうだねお父さん。他人を落してまで残った以上は、きちんと成果をあげなくちゃいけない。まだVtuberになれるかどうかはわからないけど、Vtuberになった後も「この人に負けたんだったら悔いはない」そう思えるような存在にならないといけないんだ」


 スポーツの世界でも代表として選ばれた以上は、代表に選ばれなかったみんなの想いを背負って戦わなければならない。私はそれを何度も経験してきたのに、いざ土俵が変わったらその想いがなくなってた。


 そういう気持ちを持つことはどの世界でやっていくにしても大切なことなんだろうと思う。


「それに、企業の人も真珠を信頼して残してくれたんだ。この子なら残しても大丈夫だと。その信頼を裏切るような真似だけは絶対にしてはいけない」


「うん。ここまで来たからには、もう私1人だけの問題じゃないんだね」


「ああ、そうだ。真珠はまだ中学生かもしれないけれど、報酬が発生する以上は責任を負わなければならない。中学生という立場に甘えていい世界ではない。そのことも忘れないようにな」


「わかったよお父さん……ありがとう。お陰で気持ちが引き締まったよ。私は覚悟を決めた。Vtuberになる覚悟。そして、そこから先も活躍しなければならない覚悟が」


 お父さんは私が次のオーディションに行くことを許諾してくれた。お父さんの言葉を胸に秘めて進むんだ。



 結論から言うと私はオーディションに受かった。晴れてVtuberになることができたんだ。もし、お父さんの言葉がなかったら、落ちていたかもしれない。


 オーディションで初めて姿を見たけれど、Vストリームの社長はかなり若くて驚いた。しかも、高身長で爽やかな外見だし、天に二物も三物も与えられた存在なんだろう。なんか世の中、不公平な気がしてきた。


 Vtuberとして採用されてからも大変だった。配信等で発言してはいけない内容とかも厳しく教えられた。動画サイト側で規定されている使用すると収益が剥がれる可能性がある単語。それは絶対に使ってはいけない最重要項目だ。普段の生活で使うことはないけれど、コメントの読み上げ等でつい使ってしまう可能性もある。


 更に、Vストリーム側で使われている放送禁止用語。収益が剥がれる心配はないけれど、社会通念上好ましくない単語が含まれている。使用したら炎上は避けられない単語ということで、次に重要なリストだ。


 そして、特に禁止はしてないけれど、避けた方がいい言葉も教えられた。人によっては不快感を示す可能性がある言葉だ。これは定期的に更新されると言う。と言うのも社会情勢というものは常に変わっていくものである。例えば、実在の事件や事故の被害者に配慮するために使用を禁止にするというもの。これは事件が発生したら更新されるし、時間が経ってほとぼりが冷めれば解除される可能性もある。


 全部覚えるのは中々に苦労したけれど、やっぱり企業勢としてやっていくには必要な知識だ。私の失言1つで、企業のブランドが地に落ちかねない。


 でも、こういうのをきっちりとリストを作ってマニュアル化してくれるのは助かる。ライバーを守るためでもあるけれど、リスナー側にも不快感を与えないような配慮が感じられる。


 無事に研修を終えた私は、ついに自分のガワとなる存在に出会うことになった。本名も顔も知らない人が作ってくれた私だけのアバター。一体どういうキャラなんだろう。清楚系な大人の淑女というキャラ設定だと聞いたから、それを想起させるデザインを想像した。きっと黒髪ロングで白いワンピースとかを着ているお姉さんかな。湖に素足を浮かべているのが似合うくらいの。


 が、そんな私の想像はガラス細工のように割れて粉々になった。


「これが、キミが演じるキャラ。ビナー・スピアというキャラだ」


 社長が渡して来た原画。それを見て私は――


「か、かっこいい」


 このバタフライマスクを着用した金髪の貴婦人に憧れの念を抱いた。こんな素敵なアバターをもらえるだなんて、Vtuberになって良かった。きっとこのキャラをデザインした人も素敵な人なんだなと思った。願わくば直接会って話がしたいけど、お互い中身がバレてはいけない存在だということで会うことは叶わなかった。今度、SNSでお礼を言わなくちゃ。


 こうして、最高のアバターと環境を手に入れた私は無事にVtuberとしてデビューすることになった。チャンネル登録者数は大幅に増えたけれど、まだ収益化には至っていない。つまり、残念ながら収入はまだない状態。


 私を拾ってくれた社長に報いるためにも、オーディションで散っていった人たちのためにも、そして応援してくれているファンのために、まずは収益化を目標にしてがんばらないと。


 私のVtuber活動はまだ始まったばかりだ。

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