第78話 デビューまでの道のり

 私が小学生にあがるくらいまでのことだったかな。私には夢があった。私は舞台女優になりたかった。その夢は演出家の母親の影響もあったのだろう。お母さんは、仕事柄色んな役者さんが知り合いにいた。お母さんが手掛けた舞台を見に行った時、私もこういう仕事をしてみたいと思ってた。


 その夢をお母さんに話した。演出家の仕事をしているお母さんならきっと応援してくれると思ってた。けれど、そんな私の想いを裏切るかのように「真珠には無理ね」と一言。その言葉は今でも私の心に深く根付いている。


 今にして思えば、それはお母さんなりの優しさだったのかもしれない。お母さんは業界の厳しさというものを知っている。才能と実力があるのにチャンスに恵まれず、陽の目を見ないで役者生命を終える者も決して少なくない。お母さんはそういう人を数多く見てきたんだ。だからこそ、夢をキッパリと諦めさせるためにあえて冷たい言い方をしたんだと思う。成長した今でこそ、お母さんの想いというものは理解できる。けれど、当時まだ年齢1桁の私に理解できるはずがなかった。


 当時の私はまだ子供で、親という存在は絶対的なものだと思っていた。だからお母さんに否定されたことで、女優の道を目指すのを辞めてしまったのだ。親の反対を押し切るという道もあったかもしれない。けれど、お姉ちゃんのようにボロクソに怒られるのは嫌だった。毎日のように、やらかして怒られているお姉ちゃんのようにはなるまいと当時からずっと思ってた。


 私が憧れていた華やかで綺麗で清楚な女性。そう言った要素から遠ざかるように、私は活発になり、外で遊ぶ機会も増えた。お母さんはスポーツをすることは、体作りや健康のために認めてくれた。けれど、もしプロスポーツ選手になりたいって言ったら、それは反対するだろうと思うけど。あのお母さんが成績不振や故障で仕事を失うようなものに賛成するとは思えない。


 結局、私は堅実に進学して、就職して手堅い人生を歩んでいくんだろうなと思っていた。高校生になったらお小遣いを貰えなくなるから、バイトが許可されている高校を選ぶしかない。私たちの学区有数の進学校はバイトが許可されているから、必然的にそこに行くことになる。大亜兄は順調にその高校に行った。お姉ちゃんは偏差値低くて、校則がロクに機能してない高校に行ってたけど。


 本当は、陸上部が強い高校に行きたかったけれど、そこはバイト禁止だから金銭的な面で諦めるしかなかった。ハク兄は、「兄さんと同じ高校に行くのはなんか恥ずかしいから嫌だ」とか訳のわからない理屈をつけて、バイト禁止の高校を選ぶというしょうもないミスをして苦しんでいる。多分、それは建前。ただ単に受験勉強したくなかっただけだと思われる。私はハク兄と同じてつは踏みたくない。


 そんな人生設計を描いていたら、出会ったのは私の彼氏。翔ちゃんこと時光 翔也。彼は、ネットを通して配信活動をしている通称ライバーだ。中学生にして、そこそこの収入を得ている。


 私はある時、それとなく翔ちゃんに尋ねてみた。


「ねえ、翔ちゃん。どうやったらライバーで稼げるようになれるの?」


「ん? 真珠ちゃんも配信やってみたくなったの?」


「いや、そういうわけじゃないんだけど……ただ、単に興味本位だよ」


 本当にただの興味本位だった。この時はまだ、アルバイト禁止ならアルバイト以外の雇用形態で稼げば問題ない。という一休さんもニッコリするくらいの屁理屈は考えつかなかった。


「うーん。地道に活動していったら、ちょっとしたきっかけでファンが増えたからかな。こう、地道に伸びていくんじゃなくて、一気に爆発して伸びる感じ」


「そうなの?」


 こういうのってちょっとずつファンが増えていって次第に大きくなるものだと思っていた。


「僕の場合は運にも助けられた感じはあるからね。もう1度、ゼロから活動しろと言われても、今以上に伸ばせる自信はないかな」


「そっか。運も必要なんだ」


 それはどの人気商売にも言えることなんだろう。私が目指していた女優も少しの切っ掛けで伸びる伸びないの差が雲泥になる世界だ。


「でも、真珠ちゃんだったらライバーとして活動したら伸びると思うな」


「え!? や、やめてよ翔ちゃん。私、そういうの興味ないから本当に。大体にして、私って女の子っぽくないし、可愛くないし……こういうので活躍する女性って、大体メイクが得意だったり、流行に敏感でオシャレだし。私とは正反対だよ」


 私も配信者の動画を興味本位で覗いたことがある。メイクとかファッションの紹介とか、女子ウケで伸びている動画はそういうものばかりだった。私みたいな女子っぽくない子がウケるような世界ではないのだ。


「うーん。そうかな。真珠ちゃんは結構、通る声をしているしこの声質が好きって人はいると思う。やっぱりライバーは声も重要だから」


「そ、そりゃ。私だって体育会系でよく声出ししているから、声は通る方だと思ってるけど。それとこれとは話が別!」


 私は配信という未知の存在に怯えていたのだ。新しいことを始めるのに抵抗がある。そういう歳でもないのだけれど、やっぱり全世界に自分を晒すというのは少し怖いものがあった。


「あはは。まあ、無理にやるようなものでもないし。こういうのは自分が楽しいと思うからやるものだからね」


「そうだよ……全く。それに顔を晒すのも怖いし」


「ふーん。でも、今の時代ならVtuberで顔を晒さずに配信もできるけどね」


「ぶい……? なにそれ?」


「ああ。イメージキャラクターを使って活動する動画投稿者・動画配信者のこと。美少女系のキャラが多いかな。アニメ系のキャラのガワを被って配信するから、顔バレの心配とかもないし」


「ああ。なんかサムネとかで見たことあるかも」


 なんか変なメイドが、王族の女性を爆破したとかそういう動画のタイトルを見たことがあった。切り抜き系の動画はあまり見ないので、詳細は覚えてないけど。


「でも、そういうキャラクターを用意するのも大変じゃないの? 私、絵は描けないんだけど」


 絵が上手いハク兄と違って、私の絵は凡才レベル。全世界に晒していいレベルのものではない。


「うーん……丁度、企業系Vtuberの募集が出ているんだよね。そのVtuberになれば、自分でキャラクターを用意する必要がないかも」


「え? そういうのがあるの?」


「ほら。真珠ちゃんのスマホにライバー募集のページを送るよ」


 この何気ない会話が私の人生の分岐点だったと思う。もし、翔ちゃんがライバーじゃなかったら、この募集を紹介されなかったら。私の人生はもっと違うものになっていたのかもしれない。


 Vtuberとして活動して収益化が通れば、その分お金が貰える。これはアルバイト契約ではなくて、個人事業主としての契約だ。つまり、私が本当に行きたかった高校にも行くことができる。バイト禁止だからという理由で諦めなくて済む。


 私はまだ中学生だし、お小遣いは貰えている立場だから、お金にそこまでの執着はない。だけど、ハク兄の苦しい生活を見ていると収入の有無はかなりでかいと思う。一時期でも収入無しの期間は過ごしたくない。だから、稼げるだけの技術を身に付けるなら中学生から始めた方がいい。


 もし、中学生のウチに稼げるだけのアテを身に付けることができたのなら……私は本当に行きたかった高校に行くことができるかもしれない。もし、稼げなかったら、その時は素直にVtuberも高校も諦めよう。

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