第73話 話し合い

 今日は匠さんと打ち合わせ……もとい話し合いの日だ。一体どんなことを言われるのだろうか。守りに徹した1回目の提出の時よりも緊張している。


 匠さんがたまたまウチの最寄駅に来ていたということで、例の滅多に客が来ないカフェを待ち合わせ場所にした。今日は、2組の客が来ているようだ。1組は30代くらいの母親と小学校低学年くらいの息子。もう1組はお世辞にも美男美女とは言えないカップルだ。


 その2組の客とは離れた席に座らせてもらった。そして、匠さんと合流して話し合いがスタートしたのだった。


「琥珀君。キミが送ったデザインを見せてもらったよ」


「そ、そうですか……」


 なんとも生きた心地がしない。死刑台に送られる囚人のような気持ちだ。匠さんがタブレット端末を取り出して、俺が送った1枚目の画像データを開く。


「まあ、中々に攻めたデザインだよね。最初見た時、思わず『マジか……』って呟いたくらいに」


 俺が送ったデザイン。それは、顔全体に蝶のタトゥーを入れてあるどう見ても見た目ヤバそうな女性キャラだった。もし、ラフ画のコメントには丁寧に『タトゥー入り』と書かれてある。これはメイクだとかボディペイントだとかそういう言い訳を自ら断っているのだ。


 自分で言うのも難だけど顔立ちはそれなりに整えてきたつもりだ。だけど、それが目に入らないくらいこのタトゥーの主張が激しい。パッと一目で見ただけで目につくのは間違いない。だって、どう見ても変態かアウトローにしか見えない。


 お淑やか、清楚、可憐、可愛い、美しい。そんなイメージなんてどう見てもない。明らかなネタキャラ枠。一応、タトゥーがないバージョンも送ってはいる。そっちは、割と正統派の美人という感じだ。だから、顔の造形は悪くないはずなのだ。


「さて。このデザインにした意図を訊こうか」


 冷淡な声色でそう尋ねられる。胃を掴まれたような感覚だ。一応、発想を飛ばしはしたが、自分では納得できる着地点には至ったはず。ただ、それを他人に納得させるというのは中々に難しいものがあるだろう。


「そうですね……えっと。中々にデザインを思い浮かばなくてですね。気晴らしに映画を観たんですよ」


 最近、映画やドラマを配信している動画配信サービスに加入をしたのだ。前々から加入したいと思ってはいたのだけれど、金銭的な問題で加入できなかった。それなりに収益を出せるようになったから、念願かなって映画やドラマを見放題になったのだ。


「クリエイターにとってインプットは重要だからね。作業に詰まった時の行動としては悪くないと思う」


「そうですよね。俺は悪くないですよね?」


「それは、話を最後まで聞いてから」


 正論で返されてしまう。


「あ、はい。それで、その映画に丁度、ほんわかした空気のお淑やかな女性が現れたんです。その時、もうビビっと来ました。この女優さんを参考にすれば、いいキャラを作れるんじゃないかって」


「うんうん。架空のキャラクターでも実在の人物がモデルになっているケースは稀じゃない。そこまではいい」


「それでですね。そのキャラは主人公と恋仲になるわけですよ。そして、まあその良い感じなことになりましてね。その時、女性が上着を脱いだら肩から腕にかけて、ドラゴンのタトゥーが入っていました」


「なるほどなるほど」


「そのキャラはですね。今でこそお淑やかで物腰が柔らかい感じですけど、昔は相当なワルだったんです。もう喧嘩っ早くて、かなり荒れた性格でした。それが紆余曲折を得て、最終的に穏やかな性格になったのです」


 匠さんは黙って頷いている。このリアクションはどうなんだ。納得してもらえたのか?


「そこで俺は思ったわけですよ。やはり、強いのはギャップ萌えであると。一見、清楚な感じの女性が実は昔はワルだったというのは結構なインパクトがあると思うんです。色々な経験を積んで、最終的に何かを悟って落ち着いた人物になる。そうなると酸いも甘いも知っている深みのあるキャラになると思ったんです」


「うーん……」


 匠さんを首を捻っている。ダメか? やっちまったか。この案は不採用か?


「まあ、言おうとしていることはわからないでもない。造形しているキャラクターに深みを持たせようとしてくれた。それは良いことだと思う。そこまで考えてくれて、正直嬉しいかな」


 そこまで言うと匠さんは水を飲んだ。そして、一拍置いて更に続ける。


「ただ、個人的な意見だとこれは攻めすぎたと思う。日本ではタトゥーを忌避している人もいるからね。更に彫ってある箇所が女性の顔だというのも中々に繊細な問題かなと思う。男女平等の時代だけど、女性の顔は“特に”傷物にしてはいけないという意識を持っている層は多いからね。事実、2010年頃までは女性と男性では顔に傷を受けた際の障害等級に差があった。そこまで昔の話じゃないんだ」


 確かにタトゥーという設定は攻めすぎたかもしれない。Vtuberは配信の際にバストショットの映像が多い。だから、目立つ位置にタトゥーを入れるなら、顔しかないと思った。手の甲とかに入れる設定しても、そこは決して目立たないのだ。その判断は少し、配慮が足りなかったのかもしれない。


「フィクション作品なら、世界観次第では女性が顔にタトゥーを入れるのは有りかなと思う。けれど、これはVtuberだからまた話が違ってくると思う。一応、現代日本に生きている人に向けての配信だから、そこはその感覚に合わせるべきだと俺は考えている」


 確かに独特な世界観を持っているVtuberはいるけれど、その世界観は日本人向けに作られている。日本人をターゲットにしているのなら、そこの感覚は確かに合わせるべきなのかもしれない。


「タトゥー設定じゃなくて、メイクだとかシールだとかっていう設定なら、もう少し受け入れられると思う。けど、そうなったら、琥珀君の意図とはズレてくるだろ?」


「そうですね……やっぱり、若い頃の一時の過ちで消せないものを背負ったという感じを出したかったので」


「だとすると、こっちのタトゥーなしのデザインで行くべきかなと俺は思っていた。先程のタトゥー有りと比べるとインパクトは薄い。けれど、このデザインでも十分通用するとは思う。前回提出してくれたものと比べても、刺さる人には刺さるデザインをしている」


「えっと……ありがとうございます。そうですね。俺も心の中では顔にタトゥーはやりすぎかなと思ったので、なしバージョンも同梱してたんです」


 やはり、インパクトがあれば良いというものでもないのか。


「ただ……そのな。このデザインをさ……見せたんだよ。ウチの技術担当の青木に」


 ああ。最初の打ち合わせの時にいた人か。


「そうしたら、青木がこのタトゥー有りのデザインを気に入りやがった。『社長。是非このデザインで行きましょう』なんて言う始末だ」


「ええ……」


 なんていう人だ。まともそうな人に見えたのに、顔にタトゥーを入れている女性を好きな趣味趣向があったのか。


「まあ、確かに刺さっている人には刺さっているデザインだ。このデザインで出せば埋もれるということはないと思う」


 確かに供給があまりないのならば、少ないとはいえ需要を満たせば支持される可能性はある。


「さて、ここからが話し合いなんだけど……琥珀君はどうしたい?」


「え?」


「琥珀君がその場のノリやいい加減な発想で、タトゥーのデザインをしたのなら却下にしたかった。けれど、琥珀君なりの考えがあって入れたんだったら、それは尊重したい。ターゲットとして刺さっている人物も現にいることだしね」


「それはつまり……」


「俺が話したリスクを踏まえてタトゥーなしでいくのか、それとも青木のような刺さっている層をターゲットにするためにタトゥーありで行くのか。そのことをじっくりと話そうじゃないか」


 なんとも難しい決断を迫られたものだ。正直言って俺の独断では決められないと思う。だからこそ、匠さんが一緒になって話し合いしてくれることは助かる。

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